第一節 改めて先生、そして新しい先生 1話目
「しっかし良かったよ本当に! 先生がいないと学校の面白さが半分になっちゃうんだもん」
「ちなみにもうもう半分は?」
「フィリップス先生の授業に決まってるじゃん!」
「へぇー、じゃあこれからは僕のレポートは楽しみに待たなくていいから。一人で先に宿題を出してきなよネイサン」
「ちょっと待ってそれは話が違うじゃないかエリオット!」
私が新たに買ってきたテーブルの上のお菓子箱に手を伸ばしながら、一年生の二人は準備室にてリリーと一緒に放課後の自習を行っている。
「そういえば、以前あげたお菓子箱ってどうなったんだい? 一年分だからまだ相当残っていると思うけど」
「…………」
「…………」
別にあげてしまったものに今更未練があるわけではない。ただなんとなく聞いてみたかっただけだった。
しかし二人にとってその話題は、あまり口にはしたくないもののようだ。
「……まさか、もう全部食べちゃったとか?」
「ち、違うんですよ先生! 二人で見つからないよう大切に食べようって言ったのに、ネイサンがこっそり食べていたのが寮の皆に見つかって――」
「僕のせいだっていうの!? 諦めて皆で食べようって言ったのはエリオットの方じゃないか!」
つまりオーロファフニール寮生の胃袋に収まって、綺麗さっぱり空箱になったということか。
「まあまあ、また買ってきたからここに食べに来るといいよ」
「ほんっと先生って最高だよ! 僕一生ついていく!」
「ついさっき宿題を忘れたことを許してくれたフィリップス先生にも同じ事を言っていなかったっけ」
「さて、何の話だったかな~」
「二人ともうるさい。勉強に集中できない」
眼鏡の奥の瞳が、一個下の少年二人の騒がしい様子に対して不満を訴えている。リリーが真剣に取りかかっているのは、前の授業で私が教えた『悪意のある魔法』に対する防衛術についてのレポート作りだった。
暇さえあればここに来てたむろしているというのが一番の理由なのだろうが、例年に比べてハイペースな二年生の防衛術に彼女は唯一ついてきてくれている。
「悪意のある魔法って、スリポーラですら人を滑らせるという悪意があると思うんだけど」
「ぶー、違うぞ間抜けめ」
「違うよネイサン。ここでいう悪意のある魔法っていうのは、魔法使いから身を堕とした魔人が使うような、相手に取り返しの付かない傷を負わせる魔法のことだよ」
「そういうこと! エリオット、賢い!」
「父さんが魔道士の地位についたとき、魔法省の人が僕にも教えてくれたんだ」
流石はグリフィス家、教育がしっかり行き届いているとしか言い様がない。
そして何故今これをやっているのかというと、校長から先にこっちを教えるようにと個別に指示を受けたからだ。本来であれば二年生の終わり頃にやる内容を今やることの意味は掴めないものの、言われたのならばやらざるを得ない。
「そもそも魔人って何さ?」
まだまだ納得いっていないのか、ネイサンは疑問に思うのももっともな部分を二人に聞くが……さて、模範解答がでるだろうか。
「その辺も魔法省の人とかに聞いてないの?」
ネイサンから指名を受けたエリオットは答えるのに窮しているようだが、魔法省から一体どういう答えを貰ってきたのやら。
私も含めた期待の視線にエリオットは戸惑いつつも、答えを語る為にゆっくりと口を開く。
「……魔法使いの中でも大きな罪を犯した時、その者の心が穢れ、その身を浸食していく。そうしてできた魔人は、人の形をしておきながら、人の姿とは思えない怪物となる」
「うん、素晴らしい模範解答だ」
「お褒め頂いて光栄です、先生」
期待していたとおり、魔法省が表向きに示している通りの“模範解答”で安心した。もし彼が聞かされていたのがより詳しい話だったら、少しばかり面倒な事になっていたかもしれない。
――本当の魔人の生まれる条件は、耳も塞ぎたくなるような酷いものなのだから。