最終話 師として、弟子として
当日中に魔法省から悪意対策執行部が派遣され、ブルーラル魔法学校はその日一日の授業が中断され、関係する生徒を除く全校生徒は寮で待機することとなった。
「ええ……恐らく、杖が暴発してしまったと思います」
「そうですか。……なるほど。貴方がこの隠し通路を探索していたところ、倒れていた生徒とリック・アークランドを見つけ、魔法の撃ち合いになりかけたところを勝手な自爆でアークランドが倒れたと」
――以上が事前に校長から私に聞かされていた、実況見分のシナリオとなる。
……流石に全身火傷の規模となる憎悪の炎を撃ったとなっては過剰防衛にあたると思われたようで(よくある話として夫婦間の激しい喧嘩で使われる危険な魔法だが、それでも通常は髪の毛が燃える程度の規模でしかない)、殺意を認定されかねないと校長が判断を下した末の口裏合わせだ。
「あの、それより生徒についてですが――」
「ああ、ご安心ください。執行部の方で看させていただきましたが、魔法で眠らされていただけで特に命に別状はありません」
「それはよかったです」
事情聴取も終わってほっとしたのもつかの間で、今度は校長室の方へと向かわなければならない。
「……まあ、だいたい内容は予想できていますけど」
そうして二度目の校長室を訪れたのだが、そこで先に待っていたのはヤング先生。
「あ、お久しぶりですヤング先生。あれから大丈夫でしたか?」
「ええ、まあ……その、ご迷惑をおかけしてすいません」
流石に脱獄犯の口車に乗せられていたとなってはばつが悪くなるのも仕方がない。そしてもう一つ、それを理由とした処分をヤング先生は危惧しているようだ。
「……私達、どうなるんでしょうね」
「そうですね……」
「そうですね、っていくら魔法省から処分が無かったからといって、理事会がどう考えているか分からないんですよ?」
「当然、分かっていますよ」
確かにタイミング良く教頭が押し入ってきたことで話すタイミングがずれたが、ヤング先生は元より私も大きな失態を犯している。
写真立てが無くなっていたことを早く伝えていればリリーが危険な目に遭わずに済んだのかもしれないと思うと、自分自身に苛立ちが抑えきれなくなってくる。
校長の姿が見えない中、私とヤング先生は本来であれば校長が座っているはずの椅子の方を向いてじっと立っている。
「……今頃理事会で、私達の処分が決まっているでしょうか」
「良くて減給や停職、悪くて退職処分……ああ、お母さんになんて言えばいいの……」
既に処分が決まってしまった後のように絶望し始めたところで、転移魔法により校長の姿が目の前に現れる。
「校長先生!」
「おお、待たせてすまなかったな」
「私達どうなるんですか……? ……やっぱり、クビですか?」
ひっ迫した様子で詰め寄ろうとするヤング先生だったが、校長の方もまた、話し合った内容について不満が残っているような顔を浮かべていた。
「……校長先生?」
「……君達二人についての処分だが、まずはこの件については不問となることとなった」
「えっ、不問? ……本当ですか!?」
てっきり重い処分が下されると思っていたヤング先生は、不問という言葉に手放しで喜んだ。
しかしその割には表情の暗い校長を目にした私は、何か裏があると怪しんだ。
「……私達について“は”、ということですか?」
「察しが良いな。バトラー先生」
そういうと校長はいつの間にか用意していた紅茶で不満を押し流すようにして、あくまで市場を抜きにした学校の判断としてのもう一つの処分について語り始めた。
「――バスカヴィルブラック所属の二年生、リリー・ウォーカーに退学処分が下された」
「っ!? えぇっ!? ど、どうしてですか!?」
これには先程まで喜んでいたヤング先生も一転して、先程以上に動揺をしている。そして私はこの言葉を聞くなり、そうなってしまうのかと頭を抱えた。
「……一体どういうことなのか、ご説明を頂けますか? 校長」
何故一番の被害者でもある彼女が、この学校を去らなければならないのか。そしてどうしてそれを校長が認めたのか。ハッキリと理由を聞かなくては納得がいかない。
「この学校を運営する理事会の言い分として、ヤング先生が口車に乗せられていた事については、リック・アークランドの狡猾さ故の情状酌量部分があるということと、何より学校には直接的な被害が及んでいないということから不問となった。しかしリリーの場合は操られていたとはいえ実際に学校の隠し通路を開通させる等、実害が出てしまっている――」
「ならばその原因としてまず私の不注意とミスの隠蔽が挙げられなければおかしな話でしょう。私がそもそも写真立てをきちんと管理しておかなかったから――」
「ブラウンの件。あれでこれ以上教職員側で連続しての不祥事が起こってはまずいという判断じゃ」
「そんな、三賢人である貴方が公正さを欠いてどうするのですか!?」
私はあくまで罰せられるべきは私の方だと訴えたが、三賢人であるアーウィング卿は、三賢人としての回りの待遇に愚痴を漏らした。
「……これ以上三賢人の運営する学校の名に傷が付くのはまずいと、未来ある若者よりも老いた置物を理事会は優先したんじゃ」
「くっ……そんなことがあっていいのか……!」
「お前さんが怒る気持ちも分かる。しかしそれでお前さんが理事会に刃向かったところで普通に解雇されるだけで終わってしまう」
「だったらどうつもりなんですか!? 私達が救われたとして、リリーは!? 彼女は誰が救うんですか!?」
「ちょっとバトラー先生、落ち着いて! 校長に噛みついてもどうにもならないわ!」
机を叩いて訴える俺をヤング先生が抑えようとするが、こんなもの到底納得できる筈がない。
「校長も知っておいででしょう!? 身寄りのないあの子を、一体誰が引き取るというのですか!? また都合良く孤児院に戻すとでも言いたいのですか!!」
「ちょっと、本当にこれ以上は――」
「やはり、お前さんは優しいな」
俺の必死な姿に何かを悟ったのか、あるいは確信したかのようにアーウィング卿は目を細める。
「だからこそ、わしはお前さんを学校に招き入れた」
「っ、校長――」
「生徒としては難しいが、一つだけあの子をこの学校に残す方法がある」
そうして校長が提案してきたのは、それこそ魔法界でも古く形骸化したしきたりについてだった。
「……師弟の契りについて、聞いたことはあるか?」
「師弟の契り……?」
――師弟の契り。これはいにしえの魔法使いが弟子を取る時に用いたとされる、呪いに等しい契約術。師匠となる側の人間の教えに絶対に従うという誓いの元に立てられ、破った弟子はカエルに姿を変えられるという大きな危険を背負う魔法だからだ。
「……つまり――」
「つまりお前さんの弟子という形で、この学校に残ることはできるという訳じゃ」
「……しかしそれは、私一人で決めることはできません」
師弟の契りを結べば、彼女は私の弟子として学校に残ることができる。しかしそれは同時に彼女の意思の自由を縛り付ける理由にもなり得る。
「確かに彼女はそれで学校に残れるかもしれませんが、私ごときの弟子になることを望むでしょうか」
「そう思って、既に連れてきておるわい」
校長の視線の先――私が振り返ったところで、丁度校長室のドアがノックされる。
「し、失礼しますっ!」
「リリー!?」
「リリーには先に話を通している。後は、リリーが決めることじゃ」
「……!」
意を決したリリーは口を開こうとしたが、その前に私自身が彼女に謝らなければならない。
「……本当にすまなかった、リリー。私のせいで、君にまで迷惑をかけてしまった」
「うん……へっ!? やっぱりがっ、ががが、学校退学なのっ!?」
「違うちがう、そうじゃない。バトラー先生はリリーに迷惑をかけてしまったことを悔いておるのじゃ」
「…………」
校長の言葉を前にして、リリーは黙ったままだった。
「……校長先生」
「ん? なんじゃ?」
しばらくの沈黙の後、リリーは口をゆっくりと開く。
「私、し、師弟の契りをする! カイ先生の、弟子になる!」
「えっ?」
「腹は決まったようじゃな。それではお互い、自分の杖を出すように」
……ちょっと待て、もう少し考える時間があってもいいのでは?
「ほ、本当にいいのかいリリー? 契約を破るとカエルに――」
「うん、知ってる」
「知ってるなら尚のことそんな簡単に決めて――」
「違う! 私が……私がっ! 先生に嘘をついたから……あ、あの時ちゃんと、写真のことを、本当のことを言ってたら…………で、でもっ、それで、先生と離ればなれは、やだ……やだからっ!」
取り出した杖を震わせて、リリーは私の弟子になることを改めて決意する。
「……さて、ここまで必死に弟子を懇願する生徒を相手に、お前さんはどうする?」
ここまで全て予想通りといった雰囲気で笑みを浮かべる校長だが……まったく。
「校長、貴方中々に悪人ですよ」
「はて、何のことか分からんのう? ……さあ、先生も杖を構えて。わしが契約の証人になってやろう」
最後に本当にこれでいいのか、と私はリリーの目をじっと見つめる。私と目が合ったリリーは、私の意図を読み取った上での返事なのか、震える手を止めて満面の笑みを返す。
「……ハァ。後で後悔しても知りませんよ」
「しないよ! だって先生の弟子だもん!」
私の方も覚悟を決めて、杖を真っ直ぐに立てて契約する決意を固める。
「それでは、師弟の契りを始める。互いの杖を交えよ」
「…………」
「…………」
最後に校長が杖を構えると、杖の先から紅い光を伸ばし、それを糸のようにして私達二人の杖を強く結びつける。
「――ロナルド・アーウィングの名において、汝等を血より深く刻み込まれし関係とする」
最後に一瞬だけ杖を通して右腕から頭まで焼き付くような痛みが走ると、絡みついていた紅い光が消え、校長もまた杖を離して契約を結んだことを私達に告げる。
「これで契約完了じゃ。くれぐれも言っておくが、師であるバトラー先生の言うことは絶対に聞くように。じゃないとカエルになってしまうからの」
「か、カエルになるのはっ、やだ! でも、そんなことしなくても、師匠のいうことは絶対に聞くもん!」
「早速師匠呼びに変わっていますね……」
いまいち実感が湧かないが、一応念の為呪いのことについて再度校長と裏で確認をする。
「……カエルになった場合、どんな魔法でも戻すことはできないのですか?」
「いや、できる。師であるお前さんが、杖でカエルに触れるだけでいい」
「戻るのならなら良かった。万が一ということがあっては私もヒヤヒヤしますので」
「じゃがそうホイホイあってはならぬことじゃぞ」
「ええ、肝に銘じておきます」
こうして紆余曲折あったものの、学校の脅威が無事に取り除かれることとなった。そして私自身、取るとは思わなかった弟子を取ることにもなった。
「え、えへへ……し、師匠! これからも、よろしくお願いします!」
「ええ。これからも、貴方を弟子としてしっかりと導いていきましょう」
魔法界を担う、若き有望手として――
ここまでよんでいただきありがとうございました(´・ω・`)。これで本当の本当に出涸らしもなくこのシリーズ完結でございます(´・ω・`)。
またいつかどこかで、面白い小説として別作品など目に入る機会があれば幸いです。