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第五節 悪の契約 2話目

「……これは……」


 恐らく今頃はモーガン先生が番をしてくれている筈だが、念の為に内側から魔法で鍵を閉めておく。そうして暗く湿った道を歩いて行くごとに、ここが以前どのように使われていたのかが分かってくる。


「……旧地下水道か?」


 今学校にひいてある水道とは別個に使われていたであろう水路から、水が音を立てて流れていっている。

 道の脇から聞こえてくる水音と、足音から響きわたる一人分の湿った足音がその場を支配していく中、私は杖の光を絶やさぬように集中して辺りを見回しながら道を進んでいく。


「……っ!」


 ――僅かに匂ってくる、何かが腐っているかのような腐敗臭。


「…………」


 念の為に杖の光を一度消し、他の物音がしないか確認をする。しかし変わらず水の流れる音だけで、他には何も聞こえてこない。


「……仕方ない」


 再び杖に明かりを灯し、一歩一歩と緊張感を高めながらも足を進めていく。そうして歩いていく内に、縦にも横にも広い空間に道は繋がる。

 広い円形の足場の外を、縁取るように水路が流れ、更に壁から数本の太いパイプからは濁った水が水路へと流れ落ちている。水路の中にはこれまで沼に沈んだ者の末路というのだろうか、白骨が幾つも沈んでいる。

 そして広場の中心には横たわる一人の少女と、ポケットに手を突っ込んで片足に体重をかけて立つ男の姿が。


「っ! リリー!」

「んー? まさか事前に出迎えを寄越してくれたのかぁー? あの爺さんは」


 男の顔は、まさに写真と全く同じものだった。ストライプ柄のシャツの上からベストを着て、長い足を強調するかのように黒いスラックスを着こなしており、その雰囲気を崩すかのように男は軽い口調で話しかける。


「よお、あんたがこの学校の先生――」

「その子に手を出すな!!」


 問答無用。そう校長からも言われてきた。だからこそ最初の一手で相手に吹き飛ばす魔法(プレッジ)を飛ばした。

 しかし――


「おっと!」

「なっ!? くっ!」


 男がとっさに杖を振るい返すとともに、私が放った魔法がはね返される。即座にリパルサーを張ることで自分自身が水路に落とされることは無かったものの、たった一度のやりとりで相手がそれなりに魔法の熟練者なのが窺える。


「……お前が反射魔法カウンタをその子に教えたのか」

「教えたっつーよりコツを掴ませてやっただけのようだぜぇ? つーか流石はブルーラルって感じかぁ? 防衛術の先生の質が良いんだろうなぁ、ちょっと俺の人格写真が教えただけですーぐに会得したみたいだからよぉー。防衛術専攻の卒業生としても嬉しいっつーか――」

「聞きたいことはもう十分、それ以上無駄に喋る必要は無い。彼女をこちらに引き渡せ」


 見たところ怪我をしている風にも見えず、ただ単に姿を現わしたこの男が魔法で眠らせたといったところか。しかしそれでも一刻も早く医務室に連れていくべきだ。


 ――目の前にいる脱獄犯が、彼女に危害を加えたのは間違いないのだから。


「引き渡す? この子を? ……嫌だね。この状況で人質になりそうなガキを渡す悪党がどこにいるんだ?」


 横たわるリリーの姿を遮るようにして、リック・アークランドという男は不敵な笑みを浮かべてこちらを睨みつけてくる。


「……人質を取っても何の意味も無いぞ」

「バーカ、あるに決まってるだろ? 例えば……そうだなー、こいつが慕っているセンセーが相手だったりしたら……なぁ?」

「……っ!」

「おっ、その様子だと当たりってところか? そういえばこいつここに来るまでの間も、どうしたら先生にもっと褒められるかってずっと写真の俺と喋ってたみたいだぜ? あんたも先生なら、こんな素直で良い子を持ってんのならいい加減褒めてやれよな」

「余計なお世話だ……」

「またまたー、そういうところがこの子を苦しめてるんだぜ? つーか、当初の予定だとこの場にはイザベル・ヤングっつう若い先生が来る予定だったんだがよー、どうしてかこいつが俺の人格写真を持ってたみたいで不思議でならねぇーな。まっ、写真に写した人格で内部工作をするなんて回りくどい真似すりゃ多少のズレも出てくるか」


 アークランドはそう言って行方不明となっていたはずの写真立てを中に放り投げてはキャッチするという挑発を繰り返しながら、更にこちらに言葉を投げかけてくる。


「それより校長ここに連れてきてくれよー。用があるのは校長だけで、それだけやってくれたらこの善良な生徒も解放してやる」

「……断ると言ったら?」

「断る? 断る!? そうだなー、そうなったらこいつを生かしておく価値もないし殺すか、なぁ!?」


 脅しつけるように杖の先を光らせるアークランド。私は何とかして時間稼ぎの一つでもできないかと、アークランドの目的を聞くことに。


「そもそもお前の目的はなんだ! なぜ校長を狙う!」

「……そっかー、学校の先生ならそもそも知らねぇよなー……魔人の造り方なんてさー」

「っ!?」


 ……まさか。そんな、有り得ない。魔人になるにしても、標的が常軌を逸し過ぎている。


「まさか……校長の心臓を――」

「ピンポンピンポーン! って、何で知ってるんだよお前。まさかお前もテストを課されているのかぁ?」


 やはり想像していたとおり、というより想像以上に恐ろしい考えを子の男は持っていた。

 人の道を外れた外道――魔人とは、そういう存在だ。そしてそんな怪物になる方法はただ一つ。

 ――生きた人間の心臓を抜き取って喰らうこと。これこそまさに常軌を逸した魔人になる、唯一無二の手段。


「テストだと……?」

「んん? なんだ、部外者か。しっかし今時の先生は物知りなんだなぁー。魔人の造り方なんて、魔法省所属の人間くらいしか…………っ!? もしかして、魔法省の人間だったりするのかぁー? なんてな」

「“元”魔法省所属ですけど、何か」


 私は威嚇の意味を込めて語気を強くした。しかしこれが逆に相手の琴線に触れてしまったようだ。


「そうか、魔法省か……この俺を、才能溢れる若人たる俺を、シャックルズにぶち込みやがった屑の一員なのかお前もよぉ!!」

「だったらどうするつもりです? 負けを認めて降参しますか?」


 本当ならそうあれば良かったのだが、この男がとった行動が今度は俺の琴線に触れることになってしまう。


「人質作戦はやめだ。ガキは殺す」


 それまでのおちゃらけていた雰囲気も無くなり、心の底から湧き上がってくる本気の殺意がアークランドに宿る。

 ――しかしその方がこっちとしても分かりやすく、そして容赦する必要も無かった。


「ガキ一匹守れなかったことを後悔しながら死――ッ!?」


 無言で振るう攻撃魔法。それも同じ種類を一発ではない。アークランドが防御に徹するまで、徹底的に連続でありとあらゆる魔法を撃ち続ける。


「お得意のカウンタはどうした? たかが“元”魔法省の、一介の教師の攻撃すら捌ききれないか?」

「ぐっ、くぅぅっ……」


 無理もない。ほとんどの攻撃をはね返すのがカウンタの強みだが、同時にそれは弱みともなる。魔法をはね返す度に自身に負担がかかり、それが多発多種類ともなればその負担は計り知れない。そんなものなど、常人なら耐えることなどできる筈がない。


「おっ、お前も苦しいはずだろっ!?」

「この程度が? お前に利用されたヤング先生やリリーの苦しみ比べれば、この程度がどうしたというんだ!!」


 当然ながらアークランドの反射魔法カウンタによって魔法は返ってくる。しかしそれもまた俺自身が発動した反射魔法カウンタによって、更に倍になって返っていく。


「止めろっ、やめてくれぇええっ!!」

「止めるならそっちが勝手に止めたらどうだ? 今ならシャックルズに行く前に楽に死ねるぞ」


 そうしてトドメの代わりとして、渦を巻くように杖を振るって杖の先を反対側の手のひらに乗せる。

 ――憎悪の炎。渦巻く憎しみを炎に変えて、相手に叩き込む魔法がそこから生まれる。


「お前に対する憎しみがこれだけ湧き上がっている。これだけあれば、骨をも焼き尽くせる」

「っ! や、止めろ! そんな魔法使っていいと思っているのか!? 魔法省の人間が――」

「だから言っているだろう? “元”、魔法省の人間だと」


 轟々と燃えさかる炎が、それまで耐えていたカウンタの魔法を切らすきっかけとなり、アークランドの蒼く冷めた表情を明るく照らす。


「魔人化もこの魔法も、仕組みは酷似している。ならばこの魔法で死ねるのならば、ある意味本望だろう?」

「やっ、止め――」


 ――渦は真っ直ぐに突き進んでアークランドの身体を掻っ攫っていくと、そのまま水路の深くへと沈んでいった。


「……白骨死体にはならずに済みそうだな」


 水に沈めたことで全身火傷くらいだろう、後で回収すれば問題ない。それよりも今はリリーの無事を確認しなければ。


「リリー! リリー!」

「……んぅ? ふぁあ……あ」


 改めて確認したが、身体に異常は見受けられない。本当に魔法で眠らされていただけのようだ。


「無事で良かった……」

「先生……先生!? えっ、おっ、どうして!?」

「どうしてって……それよりもリリー! 写真立てを隠し持っていただろう!?」

「えっ、あぅ……ご、ごめんなさい……」


 目を覚ますなりしょぼくれるリリーを前に、ひとまず安堵の息を漏らす。よくよく話を聞いたところ、アメリアと一緒に泊まった日に誰よりも早く起きたリリーは写真立てに気づき、会話をしている内に防衛術について相談をしたのだという。


「先生を、驚かせようと思って……反射魔法を……」

「ハァ……全く。いいかい? 学校っていうのは、ちゃんと習う順番も考えて授業をしているんです。それに一つ言わせて貰うけど、あの男は防衛術専攻の卒業生だったようだけど、あの男の反射魔法よりも私の反射魔法の方が上なんだから、ちゃんと私から防衛術を習うように」

「……先生、嫉妬?」

「していません。ちゃんとカリキュラム通り、君や他の生徒を導いていかなければならないんですから」


 ひとまず歩けるようなら大丈夫だと、リリーに先に扉の方へと向かうように指示を出す。

 そして私は水に沈んだアークランドを拘束魔法でふん縛り、そのまま引きずるようにしてリリーの後を追っていった。

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