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第五節 悪の契約 1話目

「――およびですか、校長」

「ああ。例のヤング先生とのいざこざについて、色々と話しておきたいことがあってな」


 あれから数日たったが、結局写真立てが今どこにあるのか、誰の手に渡っているのか分からないまま、放課後に校長から呼び出しを受けてしまった。

 校長室といってもほとんど校長の私室に近いもので、外からの応対にはどちらかというと談話室を使うことが多い。その為かこうして辺りを軽く見回しただけで、私の準備室よりも遙かに質の高い書物の並ぶ本棚や魔道具類が並んでいて、私に対してももっと勉学に励めと威圧しているように感じる。

 そうした中でアーウィング校長は緊張感をほぐすかのように、魔法で宙に浮かせた二人分の紅茶をテーブルにまで運んではソファへと腰をかける。


「申し訳ありませんが、まだあの写真立てについては何も解明できておらず――」

「その件も含めてじゃが、今学校に一つの危機が迫っておることをお前さんにも伝えておかねばならんと思ってな」


 危機とは一体、どういうことなのか。私としては今個人的に危機に陥ってはいるが、そんな冗談など言える雰囲気はとっくに校長から消え去っている。


「お前さんに預けていたあの写真立てについても、もう少し早く話しておくべきだった」

「あの写真立てについて、何かご存じで?」

「……あの写真立てに写っていた若い男じゃが、この写真の男と同じでは無かったか?」


 そう言って校長がテーブルの上に差し出したのは、あの写真と同じ男を正面から撮った普通の写真。


「うっすら髭を生やした、目付きの悪い男……確かにこの人物と同じです」


 手元にはなくとも忘れはしないこの顔。特に偏見を持つつもりは無かったが、この雰囲気に飲まれてか悪者に見えてくるような気がしてくる。


「お前さんも知っているかもしれんが、最近シャックルズ刑務所から脱獄した者がいる」

「ふむ……脱獄者が……えっ?」

「こいつがその脱獄者だ。名前をリック・アークランドという」

「…………」


 私が顔を青ざめたことに校長は心配したが、それは校長が予想しているものとは全く違う、別の心配事だった。


「怖がる気持ちも分からなくはない。どうしてヤング先生がそんな男の写真を持っていたのかというと――」


 ――そこからは色々長々とこのアークランドという男がどんな罪を犯したのか、そしてどうしてヤング先生が持っていたのか等、経緯を校長は話してくれたが、今の私の状態ではそれをまともに頭に入れることができずにいる。


「どうやらヤング先生の母親を偽って外部から郵便で人格写真を送りつけ、得意の他人を魅了する話術で学校事情をヤング先生から引き出し、あまつさえ内部工作の手伝いまでさせていたようじゃ」

「……まずいことになった」

「その通り、まずいことになった。幸いにも正気に戻ったヤング先生から事情聴取ができているから、後手には回ってしまったが手を打つことは可能に――」


 手を打つという問題ではない。完全に私のミスだ。そもそも消えた段階で普通に校長に異変を報告すれば良かっただけの話だ。それを勝手な憶測を立てて、また一人で勝手に動いてしまっている。


「最悪だ……」

「そんなことはない。今からでもお前さんに預けておいた人格写真を用いて、尋問をすれば――」

「大変です校長!」


 ノックする余裕すらなかったのか勢いよくドアが開いたと思えば、足早に駆け寄って来たのは教頭とアメリア、そしてあくまで礼儀正しくと一礼をして遅れてエヴァンが校長室へと入ってくる。

 ……なんだか嫌な予感がする。


「失礼します」

「おお、三人ともどうしたんじゃ」

「どうしたもこうしたもありません! アメリアとエヴァンが見つけたようなのですが、この学校に、とんでもない、とんでもない――」

「落ち着くのじゃトンプソン教頭。一体何があった?」

「校長先生。隠し通路が見つかりました」

「んん? 隠し通路? ……それは鉄の鎖で封じられた扉がついていたか?」


 校長の顔つきが一気に険しくなっていく。それはまさにこの学校に危機が近づいていることを如実に示しているように感じるとともに、私の中にある不安感も膨れ上がっていく。


「はい。ワットソンが大広間に行く途中で見つけたみたいです」

「そうか……トンプソン教頭、他の生徒は扉に近づかせないよう見張りをモーガン先生にお願いして貰えないか。その他の職員は全校生徒を大広間に集めて点呼を。集会を開いて、今何が起こっているのか、現状をわしの口から伝えることにしよう。……バトラー先生」

「はい」

「早速だが隠し通路に向かって貰いたい。一応助言しておくが、わしがさっき伝えたあの男に会ったとしても、まともに会話をしてはならん。すぐに引き返し、モーガン先生と共に扉を塞ぐように。最悪魔法で扉を破壊しても構わん」

「……それほどに、ですか」

「ああ。奴はわしが直々に……始末をつけねばならんかもしれん」


 その言葉の重みに、私は思わず唾を飲み込んだ。ともすれば始末の意味が変わってくるかのような厳しい雰囲気を前に、任された仕事の重みを実感する。


「……分かりました」

「隠し通路は魔法薬学の教室に向かう廊下で見つけました。ついでに近くの生徒には近寄らないように伝えてください」

「ありがとうございます、教頭」


 教えられた場所へと早速向かう為に校長室を後にしようとしたが、その前にアメリアから呼び止められる。


「バトラーせんせぇー」

「ん? どうしたんだい?」

「実は、これが扉の前に落ちていて……」


 そうしてアメリアが手渡してきたのは、二年生から五年生までの防衛術で使う教科書。


「――っ!」


 怖気を感じ取りながら本をパラパラとめくる。するとそこには見覚えのある手癖の文字が、教科書の至る所に書き込まれている。

 ――俺はここまで必死に頑張って防衛術を勉強する生徒など、一人しか知らない。


「……ありがとうアメリア、急いで行ってくるから」


 そのまま教科書を手に校長室を飛び出した私は、年甲斐も考えずに一直線に現場へと向かっていくことにした。

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