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やりたいことは捨てた。
宮城にとって、高校進学がゴールだった。
中学一年の時に空手の大会で全国優勝をした。けれど仲間からは避けられるようになった。スポーツでうまくいくほどに他人との距離は遠ざかった。三年生の頃には、なぜ空手を続けるのかわからなくなっていた。
遠くの高校に進学したのは、新しい場所でやり直したかったのかもしれない。
夢と呼べるものをなくして、なにをするかは決めていなかった。空手はもちろん、部活に入るつもりもなかった。
平穏で、無気力な日々が続いた。
新学期になっても変わらないはずだった。退屈を持て余したまま、ぼんやりと今後を考えていた。
適当にバイトでも――。
「――みなさん、こんにちは。生徒会長に就任しました、姫咲怜凪です」
意識が奪われた。
新学期のはじめに行われた全校集会だった。生徒会の任期が終わり、新しい生徒会長が挨拶をしていた。
「――今回は選挙が行われなかったため、はじめてのご挨拶となります。わたしの顔を覚えていただけたら嬉しいです――」
弛緩していた空気が締まっていた。
全校生徒が前方に注目している。
体育館の壇上に立っている生徒は女子だった。距離が遠くて、宮城からは長い黒髪くらいしか見えない。
それでも彼女の姿は誰よりもはっきりしていた。
姫咲怜凪の話は聞いたことがあった。
文武両道で人気者。生徒会長の候補が他にいなかったのは、姫咲の人気が圧倒的で誰も立候補しなかったかららしい。
「――望陵高校の校訓は『自主と自由』です。他の誰でもない、自分自身の意思を持ち、動く。集団によって意思を束縛するのではなく、それぞれの個性を尊重し、手を取り合ってほしい。生徒会は学校の窓口として、みなさんをサポートするためにあります――」
挨拶の内容は特に変わったところはなかった。にもかかわらず、驚くほど快適に耳に入ってきた。
違いは声だろうか。しゃべる速さも大きさもほどよく、耳心地に良い。
清水が流れるような優しい音。
自然と聞き入っていた。
「――生徒会は現在、わたし一人の所属となっています。新しい役員を募集しています。成績は問いません。ともに学ぶ仲間のために動きたい。優しい志を持つ方をお待ちしています――」
ただの一声で惹きつける存在感。
知りたいと思った。
孤立した宮城とは違う、他人の集まる人物だったから。
「――あなたたち一人ひとりが学校生活を楽しめるように頑張ります。よろしくお願いします」
真摯な声だった。
生徒会に入ったのは、そんな些細な理由である。