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電話は延々とコール音が続いた。
出ない。
何度もかけ直す。不在通知が増えるだけだった。
特別棟から移動して生徒会室に行く。ドアに手をかけた。
ガチャリ。
鍵がかかっていた。
…………。
電話からチャットに切り替えて、宮城はメッセージを送った。
『おい』
ブーブーブー!
スマホが震え出す。電話がかかってきた。
しょせんはぽんこつメンタル。不穏なメッセージの重圧に耐えられるはずがなかった。
「ブロックされたわけじゃなかったようで安心しました」
「た、拓也さん? ききき気づかなくてさ~。お、怒らないで……」
「別に怒ってませんよ」
「絶対怒ってるやつぅぅぅ……」
怯えた声を上げる姫咲をよそに、美術部が空き教室で活動している理由を説明する。電話を繋げたままチャットを開き、坂口の情報を文字で送っておいた。
「説得に難航しています。手伝ってください」
「えー! 拓也くんってば、ちょっとだらしないんじゃないんですかー? もっとやる気を出してもらわないと困るっていうかー。ほら、適当にちゃちゃっとさー」
「急に元気になりましたね」
嫌味を吐いて、宮城は気を落ち着けた。
「姫咲先輩が来ればすぐに終わります。坂口先輩と話をしてくれませんか」
「やだ! 怖い!」
「あとで行くって言いましたよね」
「言ってない!」
「一分でいいんです」
「あいつ変なんだもん!」
「先輩だけが頼りなんです」
「ほ、ほんと? でもでもやっぱりアレ相手にするのはちょっと……」
「姫咲先輩には優しくしてくれますよ」
「……来てほしい?」
「お願いします」
「ちょっと待って」
手応えのありそうな反応だった。
承諾を得られたか。チョロい。ゲームで機嫌を良くしたおかげもあるだろうか。
推しが引けなければ手こずったかもしれない。ガチャも馬鹿にできないな、と宮城は内心でソシャゲに感謝した。
「あのさ」
「はい」
もうあと一押しか。姫咲の気が変わらないうちに話をつけたい。
手早く説得を済ませる算段をしながら返事を待つ。が、いつまで経っても声がしない。奇妙な沈黙が続いた。
どうした? まさか、声が聞こえなくなった?
一応、アプリの設定をたしかめる。マイクはオンになっている。電波の不調だとしたらタイミングが悪い。時間の経過で気が変わったらやっかいだ。
「『愛してるよ、ぼくのプリンセス』って言ってみて」
…………頭が沸いているのか?
電波の不調ではなく、単に姫咲がくだらない要望を出すのをためらっていただけだった。
「言ってくれたら頑張るから~! ね、一回だけ!」
簡単に終わりそうだと油断したら、とんでもない爆弾が落ちてきた。
後輩をASMRにしようとしている。
宮城は眼鏡を外して、ぎゅっと眉間をおさえた。
断れば、たちまち機嫌を悪くするだろう。
すでにめんどくさいのに、振出しに戻るのはごめんだ。
たった一度の恥で終わる。
最後の一押しだ。
しかたない。
「……愛してるよ、ぼくのプリンセス」
「ん~、どうしよっかな~」
イラッ。
「声は良いんだけど、ちょっとわざとらしかったかなぁ。採点は――どぅるるるるる(効果音)――七十点! やり直しっ」
「甘ったれるな」
「こわっ!? お願い! あと一回だけ!」
殺意が湧き上がるのを、宮城は自制心を総動員して止めた。
「……あと一回だけですよ」
「うんうん。早く早くっ」
深呼吸する。宮城は心の中で舌打ちを繰り返しながらスマホに向かってささやいた。
「愛してる」
「…………うひっ」
しゃっくりのような奇妙な音がして電話が切れた。
……うまくいったのか?
スマホの画面には通話時間が表示されていた。悪い雰囲気ではなかったはずだ。要望通りにはしなかったが……。
カツカツ。
廊下に靴音が響いた。宮城が顔を上げると、一人の生徒が現れた。
「宮城くん、お疲れ様。あとはわたしに任せて」
姫咲である。口調には自信がこもり、背筋を伸ばしたたたずまいは気品をまとっている。すっかり会長モードになりきっていた。
「トイレですか」
「……女の子に聞くのはよくないと思うな」
姫咲が気まずそうに目をそらした。さぼっている内に不安になって腹痛が起きたのだろう。トイレは姫咲の定番スポットの一つだ。
二人で廊下を歩く。再び空き教室に入った。