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頑張りましたね、姫咲先輩  作者: 勝花
第1話:姫咲怜凪は×××××××
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 望陵高校では、実験室などの特別教室が集まる特別棟がある。移動教室の授業で利用されるとともに、芸術系の部活動の練習場所になっていた。


 特別棟の廊下を歩いていると、宮城は異音を耳にした。

 釘をハンマーで打つような音もすれば、やすりがけするような摩擦音もする。たしかに耳障りだ。


「失礼します。生徒会です」


 空き教室のドアを開ける。相手は無断で教室を使用している。ノックする礼儀は持ち合わせていなかった。


 ガリガリガリガリガリ。


 異音がさらに大きくなった。音の原因は一目ではっきりした。


 教室の中心で、机が積み重なってピラミッドのようになっていた。いったいどうやって乗せたのか疑問に思うほど頂点は高い。一応、汚れに配慮する気はあるのか、床にブルーシートが敷かれていた。


 机の頂上には、巨大な木材が置かれていた。これまたどうやって運んだのか、宮城を覆うほどの面積だ。木材の手前には脚立があった。


 美術部の男は脚立にまたがり、一心不乱に作業していた。木材をノミで削り、顔の形に整えている。無視――いや、気づいていないのか。


 宮城は脚立の付近まで歩き、整形途中の木材を見上げた。


「鬼の像ですか」


「悪魔だ!」


 男が勢いよく振り向いた。宮城は頭の中で男の情報を思い起こした。


 坂口優斎(さかぐちゆうさい)。美術部部長の二年生。絵画や彫刻のコンクールで表彰された実績を持つ、才能豊かな人物だ。


 クセモノの一人でもある。生徒会の仕事で一度顔を合わせた時の印象では、扱いにくそうな男だった。クセモノ度合いは才能に比例するのか、望陵高校にはこの手合いが多い。


 坂口が脚立から降りてくる。伸ばし放題の髪をまとめて後ろに縛っていた。作業のためだろう。薄汚れているのを除けば美男子だった。


「メフィストフェレスを彫っているのだよ。ゲーテの〝ファウスト〟は知っているか? わたしはあれを実物にして悪魔の生命を直に感じたいのだよ」


 ファウストとは、悪魔メフィストフェレスと契約して若返ったファウスト博士が人生の快楽や悲哀を体験する戯曲だ。ドイツ文学の傑作である。


 宮城は作成途中の像を見上げた。積まれた机でできた作業台にあるのは顔と胴体の部分か。顔面は醜悪な化物だが、胴体は小綺麗な燕尾服のようになっている。


「大きな作品ですね」


「大きければ大きいほど美しい。圧倒される」


「こういう物は、完成してから台座に運ぶのでは?」


「不安定な足下で作業するから鬼気が宿るんじゃあないか」


 一人で様子を見に来て正解だったかもしれない。逃げ腰状態の姫咲を連れて行くとボロを出す心配がある。小心者は強面にめっぽう弱いが、変人も相性が悪い。というより宮城もできれば相手にしたくなかった。


「たしかに苦労しそうですが、美術室でも作業はできるのでは?」


「準備室のスペースが足りない。ギャラリーに未完成の作品を見せてしまっては感動が薄れてしまうだろう」


 ……どれだけ作品を置いているんだ。


 美術室は授業でも使っている。坂口は放置も視野にいれていたようだが、本来、作品は片づけなければならない規則だ。準備室はそれなりの広さがあるはずなのに置き場がないという。よほど作品をため込んでいるのだろう。


 事情はわかったが、生徒会として見過ごすわけにはいかなかった。


「この教室を使う許可は出していません」


「芸術は誰かの許しを得るものではないよ」


「教室は学校が管理している場所です」


「インスピレーションが湧けば、そこがキャンパスだ」


 話が通じない。説得しようにも会話が成立しなければ論外だ。


「合唱部が迷惑しています。早急に作業を止めてください」


「む? 部長が紹介してくれたのだがな」


「どういうことです?」


「先日話した時に、この教室が空いているのを教えてくれたのだよ」


「それは本当に、この教室を利用することを勧めるニュアンスでしたか?」


「さあ? 見ての通り、快適な場所だ」


 合唱部側の不利益を考えていない。どうせ、都合よく解釈したのだろう。


「生徒会の権限で、強制的に作品を撤去することもできます」


「ううむ、困るな。ところで、きみは一年だろう? 生徒会の役員だからといって、後輩に口出しされても簡単には納得しかねるな」


 ……やはり、言われるか。


 教室に向かう前から懸念を抱いていた。

 宮城は一年生だ。大多数の生徒からは、副会長の肩書に疑いの目を向けられているだろう。特に上級生からはよく思われていない。


「また来ます」


「む? 意外とあっさり引き下がるじゃあないか」


「挑発に乗るつもりはありません」


「冷静な後輩くんだ。んん、きみとは以前に会ったか……?」


「副会長の宮城です」


「一年で副会長か。大したものだ」


「二人しかいないだけですよ」


「さっきの非礼は謝罪しよう。なに、少し試しただけさ。わたしも大人から見れば若輩者だ。年齢で下に見られる気持ちはわかるのでね」


 坂口がにやりと笑った。


「安心したまえ。中間テストまでには片づける。芸術は壊れるのも含めて芸術だ。どうやってうまく壊すか悩んでいてなぁ。爆発でもさせようか。ハッハッハ」


 興味のない話を聞く気にもなれず、宮城は黙って教室を出た。

 廊下を歩く。坂口が作業を再開したのか、背後からやすりがけの音がする。


 もちろん諦めたわけではない。


 実力行使に出てもいいが、それは最終手段だ。


 乱暴な解決方法は生徒会の支持率を下げかねない。できれば避けたい。めんどうな事態は、宮城にとっても願い下げだ。


 ――休息はとれただろう。


 姫咲怜凪のブランドイメージを守るために、本人を利用する。

 宮城はスマホを取り出した。


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