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頑張りましたね、姫咲先輩  作者: 勝花
第1話:姫咲怜凪は×××××××
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 合唱部の部長は大人しそうな男子だった。名前は川本有音(かわもとあると)。二年生のはずだが、宮城よりも頭一つ分は背が低い。緊張した様子で左右に目をやると、おそるおそる前を見た。


 目の合った姫咲は、しとやかに微笑んだ。


「こんにちは。川本くんだよね」


「う、うん。覚えてたんだ……」


「もちろん。合唱曲を集めたCDを提出してくれたよね。すごくよかったよ」


「聴いてくれて……っ!」


 感激しているようだが、部活動の活動内容に目を通すのは生徒会長の義務になっているだけだ。宮城は、姫咲がぶつぶつ文句を言いながら音源を再生する現場を目撃していた。


 ソファーまで案内して、しばらく川本の話を聞く。説明が終わると、姫咲が口を開いた。


「美術部の騒音……」


 先週から美術部が、合唱部の練習場付近で活動をはじめたらしい。それだけなら気にしなかったのだが、やけにうるさい音がするのだとか。


 姫咲が顔を横に向けて、隣に座る宮城を見た。


「隣は空き教室だよね?」


「使用の申請は出されていません」


 美術部には美術室が活動の場として与えられている。わざわざ移動する意図が読めなかった。


「物音がちょっとうるさくて。釘を打つ音かな……カーン、カーンって。様子を見に行ったことがあるんだけど、かなり大きい物を作っているみたいなんだ」


「美術部の部長に相談はしましたか?」


「部長なのに情けないんだけど、その、直接注意するのは……」


 接点のない相手に文句を言う勇気がなかったのだろう。当事者だけの議論が必ずしもうまくいくとはかぎらない。仲裁役として生徒会に助けを求めるのは、望陵高校では自然な流れだった。


 ただ、おおらかな校風で助長したのか、部長の中には生徒会でも手を焼かされるクセモノが多数いる。合唱部はまともなようだ。かたや、美術部といえば……。


 宮城は目だけを動かして隣を盗み見た。姫咲は真剣な顔で話を聞いている。少なくとも表面上は。内心では、いかにうまく逃げようか頭を働かせているに違いない。


「他に相談できる人もいなくて、もう、生徒会長だけが頼りで……」


 良い点を突いた。


 姫咲は頼られるのが好きだ。特に「姫咲だけ」というニュアンスに弱い。


 生徒会の立場上、相談を受けるしかないのだが、モチベーションは大きく変わる。


 このあとの展開は決まっていた。


 姫咲が立ち上がった。もったいぶった仕草で数歩進むと、さらりと髪をなびかせながら振り向いた。


「生徒のトラブルを解決するのは生徒会の役目。わたしにできることがあればなんでも協力するよ」


「あ、ありがとう! さすが姫咲さん!」


「そんな……自分のためだよ。わたし、人のために働くことが好きで。みんなが楽しく学校生活を送れるようにお手伝いできたら嬉しいんだ」


「ご立派ぁ……」


 いけしゃあしゃあと言ってのける。昼休みに逃亡した人間とは思えない発言だ。


「わたしから美術部に話をしておくね。安心して待っていて」


 川本が感動した様子で生徒会室から出ていった。


 予想通り、トラブルの相談だった。すんなり解決するといいのだが……ん?


 宮城が視線を移すと、姫咲はソファーに寝そべっていた。スマホを取り出している。再びゲームをはじめたのか、音楽が流れていた。


「なにしてるんですか?」


「スタミナ溜まったから消費してるー」


「注意しに行くんですよね」


「拓也がいるからわたしいらなくない?」


 こいつ、五秒前の発言を忘れたのか?


 スマホを取り上げて電源を消す。姫咲が「あー! セクハラ! 鬼畜眼鏡!」と悲鳴を上げて取り返そうとするのを、腕を左右に振って阻止する。


 ところが、姫咲の抵抗は思いのほか激しかった。腕に飛びついてきたせいでスマホが手から吹っ飛んだ。


 眼前に迫ったスマホを、宮城は反射的にもう片方の手で受け止めた。不意の事態で余計な力が入った。手元でビキッと不吉な音がした。


「ちょお! スマホ壊れる! ゴリラか!」


「暴れないでください」


「いじわるするから……ってか、えっぐ。格闘技やってたんだっけ? USJ?」


「UFC(アメリカの総合格闘技団体)をテーマパークにしないでください。おれがやってたのは空手です」


 スマホを返す。細かく言うと、UFCは団体名であって競技名ではない。めんどうだったので指摘しなかった。

 姫咲はスマホを取り返すと、抱きかかえるようにして体を丸めた。


「お腹痛い。あとで行くから先に行ってて」


 来ないのはわかっている。


 無理に連れて行こうとすればごねられるだろう。宮城にとっても昼間の疲労が残っている。めんどくさい。


 生徒会は姫咲の影響力で成り立っている。だからこそサポートに徹しているのだが……。


 宮城はため息をついた。ひとまず詳細を把握しておこう。


「来てくださいよ」


「はいはーい! いってらっしゃい、宮城くんっ!」


 途端に、姫咲がとびきりの笑顔になった。性別問わず魅了されそうな美しい表情もいらだちしか湧かない。なにがいってらっしゃいだ。


 今のままでは、いずれ対処できないほど負担が重くなるかもしれない。


 改革が必要だ。


 生徒会役員を増やし、姫咲を働かせる。


 ソファーにダイブする生徒会長を尻目に、宮城は改めて決心した。


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