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頑張りましたね、姫咲先輩  作者: 勝花
第5話:姫咲怜凪は頑張りたい
43/43

42(完)

 後日。昼休みに、ある生徒の人生を左右する大一番があった。


 校庭裏である。人目につかない場所に一組の男女がいた。


 高田が藤乃森と話している最中だった。


「ぜんぜん聞こえないねー。もうちょい近くに行けばよかったなー」


 二人の頭上、教室のベランダから見下ろす形で、秋村がぼやいた。


 隣には宮城もいた。下にいる高田たちの声は拾えない。が、要件は知っていた。


「人の告白をのぞき見はよくないだろ」


「翔陽くんが心配じゃん。あたしたち友達でしょ」


 友達を心配する秋村の目は、とても楽しそうにいきいきとしていた。


 ――今日、高田は藤乃森に告白する。


 一目惚れからはじまった男の恋は、今まさに、一つの結末を迎えようとしていた。

 告白の場を用意したのは宮城である。しつこい高田に折れて、藤乃森を呼び出していた。


「――おれの、お母さんになってください!」


 不意に、大声が響いた。雨雲を吹き飛ばすような晴れ晴れとした声だった。


 ……やりやがった。


 距離が離れてもはっきり聞こえた高田の告白に、宮城はドン引きした。秋村も同じ心境なのか、あちゃーと額をおさえていた。


 藤乃森の答えは聞こえなかった。が、まもなく彼女だけが去っていく様子から、結果を察することができた。


 宮城たちは急いで校庭裏に行った。高田は四つん這いになって崩れ落ちていた。実にみじめである。秋村が彼の肩をそっとたたいた。


「ドンマイ、翔陽くん」


「……――宮城ぃぃぃっ」


 なぜか、高田は宮城に向かってゾンビのごとく這いずり寄った。目には涙が光っている。男泣きである。


「この、幸せ者がああああ!」


「なんだ、気持ち悪い」


 足下をつかもうとする手を避けながら、宮城は事情を聞いた。


 百人中百人が断るであろう高田の告白に、藤乃森は困った顔でこう答えたそうだ。


『ごめんね。わたし、怜凪ちゃんと宮城くんのママなの』


「三人家族……ッ! おれはどうすればいいんだ……」


「もう黙れよ」


 なんだこの茶番は。


 制服のポケットの中が震える。スマホに着信があった。電話だ。宮城はなおもすがってくる高田をあしらって、電話に出た。


「――ごめんね。お友達、慰めてあげてね」


 藤乃森だった。タイミングがやけにいい。気づかれていたのだろう。


「すみません。不快にさせました」


「ううん、かわいい子ね」


 藤乃森の声は、普段と同じくにこにこしていた。やはり、〝かわいい〟の基準がよくわからない。


「宮城くんにちょっとお願いしたくて。今からだけど……いいかしら?」


「おれも先輩の時間をとらせましたし、構いませんよ」


「怜凪ちゃんが生徒会室にいるの。宮城くんに手伝ってほしいことがあるみたい」


 生徒会の仕事をするために、昼休みに生徒会室に行く日はある。姫咲は用事がなくても頻繁に寄るため、特に珍しいことではなかった。


 ただ、伝達のやり方が少し不可解だった。直接連絡すればいいのに、なぜ、わざわざ藤乃森に呼ばせたのだろうか。先日、宮城は雛形を使って川本を呼び出したが、川本のように後ろめたいことはしていない……頼みづらい作業なのか?


「早く行ってあげてね~」


 わずかな疑念こそあったが、すぐに気持ちを切り替える。宮城は、秋村に慰められる高田を尻目に生徒会室に向かった。


 廊下を歩くと、雑談する生徒の集団とすれ違った。宮城をちらりと見たが、すぐにそれる。あけすけに観察する視線はなくなっていた。


 姫咲の交際疑惑によって起こった騒ぎはすっかり落ち着いていた。それは、姫咲が放送で懇願した効果が大きい。本人のいない場では話題になっているかもしれないが、少なくとも宮城が感じていた嫌な雰囲気は消えていた。


 神宮寺によると、今、二年の間では、姫咲が放送で漏らした「カズくん」なる人物が本命の彼氏ではないか、とうわさになっているらしい。宮城も事情を聞かれたが、知らぬ存ぜぬで押し通した。


 新たなうわさについては宮城の出る幕はなかった。警戒すべきは騒ぎを起こした張本人の動向だが、今のところ大人しくしている。


 川本は、姫咲の本性がよほどショックだったのか意気消沈としていた。部活動を休んでいるらしく、周囲に姫咲のことを話す素振りもなかった。


 仮に姫咲の本性を流したとしても、信用されるには相応の材料が必要になるだろう。入学してからおよそ一年半、姫咲が得てきた生徒の信頼は大きい。交際疑惑とはわけが違う。姫咲に対する中傷と見なされ、逆に責められかねないだろう。


 ――懸念がゼロとまでは言えない。しかし……。


 正直なところ、宮城は川本が口を滑らす恐れはないと踏んでいた。


 認めるのは癪だが、川本は暴力をちらつかせても屈さなかった。それだけ自身の美学を大事にしている証拠だ。


 姫咲が校内放送で生徒を感動させたのは、川本にとって理想を叶えた瞬間だった。姫咲の本性をバラせば感動に水を差すことになる。芸術(と呼ぶには歪曲しているが)を汚すような真似はしないはずだ。


 川本の心を折ったのは姫咲だが、そこまで計算があったとは思えない。天才は重要な局面で最高のパフォーマンスをする。姫咲はやはり〝もっている〟人間なのだろう。


 生徒会室に着く。宮城はドアを開けた。


「あ……」


 ソファーの定位置にいた姫咲が立ち上がった。様子がどこかよそよそしかった。


「なにを手伝えばいいですか」


「え? あ、あれ。あれだったでしょ」


 返事が上の空である。しきりに目が動いていた。


 怪しい。放置すると、あとでめんどうな事態になりそうだ。早急に対処したほうがいい。


「正直に吐いたほうが楽ですよ」


「なんで悪いことしたみたいになってんの!?」


 姫咲が怒り気味になって、制服のポケットから小さな物を出した。


 きれいに包装された小箱だった。宮城は、以前、姫咲が友達に贈るために用意した物を思い出した。


「また誰かのプレゼントですか?」


「……ん」


 姫咲が口をとがらせて、宮城の前に小箱を差し出した。みるみるうちに顔が赤くなっていった。


「? なんですか」


「~~っ、だから、誕プレ! 拓也にあげてなかったでしょ」


「…………マジか」


 思わず、宮城の口調が乱れた。


 戸惑いながら、箱を受け取る。手のひら大のプレゼントは、握りつぶしてしまいそうなほど軽かった。


「べ、別にいやなら、返してくれていいし、いやなら……いやだった……?」


「……すみません。はじめてもらったのでどうしたらいいか……開けてもいいですか?」


「お、おうよ」


 宮城は慎重に包装を解いて、小箱を開けた。


「イヤホンですか」


 ワイヤレスのイヤホンである。黒色を基調としたシックなデザインだった。


「拓也、安いの使ってたじゃん。これはね、LDAC対応でトランスデューサーがガチだから音質が段違い。ノイズキャンセルも高性能なやつだから遮音性もバッチリ。もちろんマイク内蔵だから通話できるし。あ、これ、カナル型ね。拓也、音漏れいやでしょ」


「機能はよくわかりませんけど……高かったんじゃないですか?」


「あー、聞いちゃう? イヤホンは妥協できないからねー。二年分ってことにしといて」


 宮城は無言でイヤホンをじっと見た。なんとも言えない感情が胸のあたりでつかえていた。姫咲が不安そうな声を出す。


「……気に入らなかった? メーカーにこだわりあるの? ヘッドホンのほうが良かった? ちゃんと聞いとくべきだった――」


「いや……嬉しいです。大事に使います」


 うまく言葉が出てこなかった。が、つたない感謝でも気持ちは伝わったようだ。姫咲の表情が明るくなっていた。


「さっそく聴いてみてよ。すごいんだから」


「そうですね」


「ウォークマンに繋ぐから、イヤホン貸して」


「おれのスマホがありますよ」


「遠慮すんなよー。あと、これね。家にパソコンくらいあるでしょ」


 姫咲が新たに小さな物を取り出した。USBメモリである。


「なんです?」


 途端に、姫咲が偉そうな顔になった。


「カズくんシリーズの音声データ。特別にあげるんだから感謝してよね」


「いらねーです」


 ぎゃーぎゃーと文句を垂らす姫咲を受け流し、宮城はイヤホンの片側を渡した。ソファーに座ってスマホを操作する。


「拓也」


 隣を見ると、姫咲がイヤホンの片側を耳につけていた。


「いつも、ありがとね」


 飾り気のない、はにかんだ笑顔に。


「こちらこそ」


 うっすらと笑って、宮城は片耳にイヤホンをつけた。


 まもなく音楽のイントロがはじまった。新品のイヤホンは機能通り、遮音性が高かった。耳元だけに流れるメロディに浸る。二人だけの生徒会室は、しばらく無音になった。


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