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『――生徒会長の姫咲です。校内放送のお時間となりました。一回限りの予定だったこの放送も今回で三回目。みなさんの応援があって続けられています。本当にありがとう。わたしも、みなさんに声を届けられる月曜日を楽しみにしています――』
姫咲怜凪は猫を被っている。
宮城が真実を知ったのは、新学期に生徒会役員の志望書を出しに行った時だった。
生徒会室でぐーたら寝ている姫咲を目撃してしまった。さらに音漏れしているイヤホンから男の励ます声を耳にした。
はじめてのASMRだった。
『――さて、まずは先週のトピックのご紹介から。体育倉庫にできた鳥の巣で無事、雛が生まれました……ふふ、かわいいですね。わたしはスズメが一番好きなんですけど、小学校の時に――』
それからはもう、すっかり化けの皮がはがれた姫咲をそばで見てきた。
清楚で気丈な風格は演技のたまもの。本当の彼女は、プレッシャーに弱いぽんこつメンタル。掃除が大嫌いなずぼらだ。おまけに口が悪い。
仕事があれば逃げる。
生徒会室は汚す。
キレ散らかす。
ASMRを聴かないと泣く。
全校生徒から慕われる生徒会長とはかけ離れた本性である。
『――今月末には中間テストが控えています。赤点の生徒は補習となりますので注意してください――』
秘密を知った宮城は姫咲によって、強制的に副会長に選ばれた。当時、生徒会役員は会長の姫咲しかいなかった。
前期生徒会は、姫咲以外の役員が現在の三年生で構成されていた。初対面の宮城に醜態をさらしたのも、代替わりで一人になって油断したためである。
一年生の副会長就任は異例だが、禁止の規則はない。外面だけは学校一の信頼を持つ姫咲の推薦もあり、あっさりと承認された。
そして、一か月が経った現在。
生徒会役員は、いまだに姫咲と宮城の二人だけである。
『――季節では秋となりますが、まだまだ蒸し暑いです。みなさん体調管理には気をつけてくださいね。生徒会長の週間ニュースでした』
これは、欠点だらけの生徒会長の秘密を守るために、宮城が苦労する物語である。
◇
「――あぁ~~~! もうやだああああああ! はあはあ……ねえ、ふざけてんの? 三十連で外すとかこのガチャ壊れてるんじゃねえか? いいよ、やってやんよ。JKの本気見せてやっから。まずは一回、単発引いて乱数調整……チッ、またこいつかよ。おまえの顔、見飽きたわ……ねえ、そろそろヤバくない? お小遣いってレベルじゃないんですけど。怜凪の財政状況マッハで赤字なんですけど……ふーっ。落ち着け落ち着け。これで六回目のラストチャンス。失敗は許されない……お願いしますお願いしますなんでもするか――――しゃああああああ! SSRカズくんゲットォ!」
放課後。生徒会室が揺れた。
姫咲がソファーに寝そべり、スマホでゲームをしている。昼間の放送を乗り越え、すっかり元気を取り戻していた。むしろ雄叫びをあげていた。
生徒会室は広く、役員が作業できるように設備が整えられている。姫咲が使っているソファーは来客用だ。私立の名門校であるためか、裕福な財政状況が垣間見える。
一応、生徒会長用の机も用意されているのだが、ほとんど使われていなかった。
「……いい加減にしてくれませんか」
目の前の惨状を見下ろして、宮城はうんざりした。
ソファーの手前にあるテーブルには菓子のゴミが散らばっていた。だらしなくくつろぐ姫咲は裸足をぶらつかせている。床にはブレザーや靴下が脱ぎ捨ててあった。
これが、放課後における姫咲怜凪の姿である。
頭が痛い。
どこの学校に生徒会室をプライベート空間にするやつがいる。上辺だけは優等生を繕っている分私物の持ち込みは少ないが、だらしなさは目に余る。
それもこれも、生徒会の役員が二人しかいないせいだ。代替わりして一か月も経ったのに、役員は会長と副会長のみ。明らかにおかしい。
生徒会に入ろうとした者は山ほどいた。姫咲に憧れる生徒がこぞって志望書を提出した。が、すべて認められなかった。
落としたのは姫咲である。
『だらだらできなくなるからやだ!』
自分勝手な理由で誰もとらなかった。生徒の間では「下心で生徒会に入ろうとしたから失望された」という解釈で一致している。生徒会長の個人的な都合で落とされたとは夢にも思わなかっただろう。
以後、「生徒会役員は相応の者が就くべし」とかたくるしい周知が広まり、遠慮され続けている。
役員が二人である以上、自然、宮城の仕事は増える。苦労は多いが、ないがしろにはできなかった。
宮城たちの通う望陵高校は生徒の自主性におおらかな学校だ。一部には大きな権限まで与えている。
その最たるものが生徒会である。生徒間の取り決めの最終判断を任されていた。
もちろん重大な内容だと判断されれば教師が腰を上げる。が、たいていの問題は生徒間で解決するようになっていた。
生徒会の責任は重い。任期をやり遂げれば内申点に大きな加点が見込める。が、評判が下がればマイナスになりかねない。
姫咲は足手まといになっているが、生徒からの人気は絶大だ。表の顔をうまく利用すれば高い評価を得られる。宮城が生徒会を辞めないのは、ひとえに内申点のためだった。
「カズくんは顔も良いなぁ……幸せ……」
……無理かもしれない。
姫咲のだらしない顔を目にしながら、早くも心が折れかけた。
「そのキャラクター、音声だけじゃないんですか?」
十六夜カズキ。姫咲の推しキャラである。ASMRはさんざん耳にしていた。
「カズくん、原作はソシャゲの住人だし。限定ガチャ当たったんだ~」
スマホを見せびらかしてくる。液晶の中でキザな美青年がポーズを決めていたが、なにがよいのかさっぱりわからなかった。
「データですよね」
「あー、はいはい。まあ、そういう人もいるよねぇ」
姫咲が、わかってないなあ、と言わんばかりの神経を逆なでする顔になった。
「データはね、物体と違って劣化しないの。壊れないの。十年でも二十年でも手元に残せる。推しを永遠に保存できて、いつでもながめられるの。スマホだからヲタバレも防げる。最高の買い物なんだから!」
なんの役に立つのか、サービスが終了したら消えるのでは、など、いろいろと言いたいことはあるが、本人が満足しているのだから良いのだろう。
「いくら使ったんです?」
「……〇〇万くらい」
ぼかしても二桁か。気の毒に。
宮城はゴミをまとめて片づけた。
「このあと、合唱部の部長が来るんですよ」
「え、うっそ。逃げていい?」
「だから直前まで言わなかったんです」
部外者の生徒がわざわざ生徒会室まで訪ねてくる時は、たいていめんどうごとが持ち込まれる。トラブルの対応となれば疲労が大きい。姫咲にとっては絶対に避けたいだろう。
ちょうど、生徒会室のドアがノックされた。
「身なりを――」
見ると、姫咲はすでに服装を整え、コンパクトの手鏡で顔をチェックしていた。驚愕の早業である。
「お菓子がついていますよ」
「んー」
口元に食べかすがついていたのでとってやった。
あっという間に準備ができると、宮城は来客者を迎え入れた。