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帰宅してから宮城は姫咲に電話した。長いコールのあとに応答があった。
「宮城くん。どうしたの?」
「……都合が悪いならかけ直します」
口調が会長モードになっている。時刻は夜になるが、人前の場にいるのか。
「ううん、大丈夫。勉強してただけだから」
……家か。
耳を澄ますと姫咲の声以外は無音だ。自宅にいるにもかかわらず振る舞いを装っている。家族に声を聞かれた場合の備えだ。徹底している。やはり、藤乃森から聞いた話は本当か。
姫咲の境遇が気になったものの、ひとまず宮城は話を続けることにした。
「明日、生徒会の相談が入りました。放課後です。テスト前ではありますが、当日中に終わりそうな内容でしたので受けました」
「そうなんだ。事前に教えてくれるなんて珍しいね」
「いきなりだと姫咲先輩が驚くと思ったので。念のためです」
「誰が来るのかな」
「神宮寺先輩です」
「は? やだ」
あまりに衝撃だったのか、姫咲の口調が素になっていた。
「姫咲先輩にも話があるそうです。勉強で忙しいとは思いますが、同席をお願いできませんか? 過度な時間はとらせません」
「えっと……わたしは邪魔になるんじゃないかな」
暗に拒絶している。予想通りではあるが、手こずりそうだ。
「神宮寺先輩は今日のことを謝りたがっていましたよ。姫咲先輩のことは尊敬していて、あんな物言いをするつもりじゃなかったそうです」
恥ずかしがって冷たくしていたなど正直に話しても簡単に信じてはもらえないだろう。心証が変わるとも思えない。相談として場を設け、神宮寺が謝罪する流れにもっていく。すぐに和解は難しいだろうが、関係改善の第一歩になるはずだ。
「一度、話を聞いてみてはどうでしょうか。誤解があるかもしれません」
「なんだか押しが強いね。ルカちゃんといつの間に仲良くなったのかな?」
「少し話しただけです。会ったのは今日がはじめてですよ」
「そう。そうなんだ……――勉強するって言ったくせに」
「? 姫咲先輩?」
後半の声が小さくて聞き取れなかった。
「相談の内容だけでも聞いてくれませんか」
「……今は勉強に集中したい、かな」
やはり説得は難しい。
姫咲を乗り気にさせる交換条件が必要だ。
これは避けたかったが……そもそも条件として成立するのか? 実績はあるが……。
ためらいがちに宮城は口を開いた。
「…………言ってほしい言葉はありますか?」
「え?」
「神宮寺先輩の話を聞いてもらえるなら、おれが、姫咲先輩の希望で好きな言葉を言います……交換条件になるのであれば、ですが」
以前、姫咲のリクエストで恥ずかしいセリフを言わされたことがある。ASMRをこよなく愛する姫咲にとっては、素人の朗読でも楽しめるらしい。
さすがに予想外だったのだろう。姫咲が笑いだした。
「なにそれ。どんなセリフでもいいのかな?」
「話を聞いてくれるなら、です」
「……ルカちゃんのためにそこまでするんだ」
感触としては悪くなかった。交換条件として成立しそうだ。
「それに、姫咲先輩にもメリットがあると考えています」
「わたしが? なんの?」
「テスト勉強の負担が軽くなるかと」
誤解が解ければストレス緩和が見込める。神宮寺の態度が姫咲を苛立たせているのは見てわかる。
姫咲のテストに対するプレッシャーは異常だ。ストレスの原因が一つでもなくなれば、多少なりとも気持ちが楽になるかもしれない。
真実は違えど、身近な人間に敵視される辛さを宮城はよく知っていた。メンタルの弱い姫咲には重荷になっているだろう。
「……よくわからないよ」
ぽつりとつぶやいて、姫咲が押し黙った。
互いに無言になる。耳に当たるスマホが冷たかった。
はやる気持ちをおさえて、宮城は返事を待った。
「――わかった。わたしに任せて」
安堵する。うまくいった。
「では、言ってほしい言葉を――」
「いいよ。言わなくていい」
姫咲の声は、微笑む顔を想起できるほどに落ち着いていた。
「ごめんね。困らせちゃったね。そうだよね。わたしらしくなかったよね」
頼られれば応える。
ぽんこつメンタルな姫咲ではなく。
皆から望まれる生徒会長として。
宮城は急に不安になった。聞かずにいられなかった。
「……なぜ、無理して周りの期待に応えようとするんですか」
「無理なんてしてないよ。全部、自分のため」
「はぐらかさないでください。おれは姫咲先輩に聞いてるんです」
電話だからこそ危うさを感じる。
模範の仮面が張りついた、穏やかすぎる声音。
もはや空恐ろしさを覚えるほどで。
返事は、沈黙の先にあった。
「お手本にならなくちゃいけないの」
またね、と姫咲が告げて電話が切れた。
◇
翌日。登校から違和感がして、宮城は顔をしかめた。
生徒から見られているような気がする。それも一人ではない。四方八方から不快な感じがした。
――なんだ?
不審に思いながらも教室に入る。クラスメイトの視線がいっせいに宮城に集中した。すぐにそれたが、奇妙な空気は拭えなかった。
なにかがおかしい。
昨日までとは違う居心地の悪さがある。
気になったものの今の時点でできることはなかった。大人しく席に着いて始業時間を待った。
「よう。朝練ないとギリまで眠れるな」
遅刻寸前で教室に入った高田が陽気に笑う。普段と同じ態度だった。宮城に注がれる視線には気づいていない様子だった。
「二人とも、ちょいちょい」
ふと、廊下側から声がした。
秋村だった。教室のドアから顔を出して、廊下に出るように手で催促している。
不可解に思って、宮城は高田と目を合わせた。同じ気持ちを示すように、高田が肩をすくめた。
廊下に出る。高田が先に口を出した。
「なんだよ。教室で話せばよくね?」
「宮城くん、ヤバい」
高田の声をさえぎって、秋村がスマホを二人の前に見せた。
「これ……」
画面に映っていたのは、宮城に抱き着く姫咲の写真だった。




