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十月のはじめは映えない時期である。
街路樹の緑はみずみずしさを失い、枯れはじめる。学校に植えられた桜は言わずもがな季節を外れている。関東地方の紅葉は十一月からであり、景観を楽しむには時が浅い。
それでも、生徒が夢中になる景色はあった。
校門の付近で小さな人だかりができていた。女子の集団が談笑しながら歩いている。通学途中の生徒がわざわざ足を止めて、遠巻きに女子たちを見物していた。
珍しい光景ではない。朝の恒例になっていた。
生徒たちの視線は、集団の中心を歩く一人に注がれている。誰かが声を上げた。
「おはようございます、姫咲生徒会長!」
ロングストレートの黒髪。清楚を絵に描いたような整った容姿。学生離れした起伏の富んだスタイル。ただ歩いているだけでも上品な雰囲気がただよう。
姫咲怜凪。
望陵高校二年生。
生徒会所属。
役職――生徒会長。
成績は入学時から学年一位を維持。スポーツ万能。生活態度も満点。父親は大企業の社長と、非の打ちどころがない。
性格も朗らかで誰が相手でも分け隔てなく接する。
生徒の手本となる人物であり、学年を問わず圧倒的な支持を集めていた。
「あの空間だけ光ってるよな」
「オーラすっげ……天使か?」
「はー、浄化される」
見物人たちは揃って道の端に寄っている。姫咲が歩くと誰もが道を開けた。まるで貴族に対する態度だ。
「怜凪ちゃん、今日は昼休みに放送があるでしょ?」
「生徒会長の週間ニュース~。あれさ、男子が急に静かになってウケるよね」
「声優みたいじゃん? さすがだよね」
盛り上がる友人たちに向かって、姫咲は、しとやかに微笑んだ。
「楽しんでもらえるように頑張るね」
きゃーきゃーと黄色い歓声が上がった。
昇降口に入って、姫咲たちが二年生用の場所に向かうと、ようやく見物人が散り散りになった。
――その背後。
とある一年生の男子が昇降口に続いた。姫咲の近くにいながら、目立たないようにうまく距離をとっていた。
宮城は姫咲と合流するのを避けるため、素早く靴を履き替えた。
「昼休み……――めんどくさい」
つぶやきに憂鬱が含まれていた。