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バサリ!
宮城の目の前で紙の束が広がった。
「宮城くん、生徒総会の部費をまとめておいたよ。野球部と美術部で訂正があったからあとで確認して。それと文化祭の出店場所のまとめと予算の見積もり、注意事項の確認もしたから。風紀委員とも連携が必要だからサマリーを用意しておいたよ。あと、体育祭の時の備品の数がちょっと間違っていたから直しておいたよ。これがエビデンスね。行事のプライオリティだと修学旅行のアポを改めてしておいたほうがいいよね。エスカレーションはわたしがするから。パンフレットのデザイン候補もピックアップしたよ。オンスケでいけそうだけど、今のマイルストーンはタイトだから、リスクヘッジでタスクを整理し直したほうがいいかも。アジェンダは――」
突如、姫咲が怒涛の勢いで書類を広げて説明をはじめた。
宮城は困惑した。話の内容はわかる。丸投げされていた生徒会の仕事だ。だが、意図が読めなかった。
面接の場で? 今、話をする必要はない。忙しいのは事実だが、打ち合わせなら面接が終わってからすればいい。
なにを企んでいる?
ビジネス用語を連発しているのも気になる。姫咲なら「日本語でしゃべって!」と文句でも言いそうなのに。
「生徒総会は喧嘩になる時もあるから〝大変〟だよね」
なぜか、大変、という言葉を強調した気がした。
「美術部はもう少し他の部活に配慮してくれるようにお願いしたほうがいいかな。この前は〝危なかった〟よね」
今度は、危ない、を強調していた。
確実に意識してしゃべっている。なぜ?
そこで宮城は、自分たちに注がれる視線に気づいた。
――まさか。
正面を見ると、雛形の顔が青ざめていた。
視線を隣に戻す。姫咲の笑みが深くなった気がした。
「どうしたの、宮城くん? 顔色が悪いよ。疲れているなら休んだほうがいいよ。宮城くんが倒れたりしたら大変だよ。生徒会は〝責任〟ある〝大切〟なお仕事だからね」
……ここまでするのか。
姫咲の狙いを察して、宮城は戦慄した。
こいつ、生徒会がいかに大変かアピールして、役員志望者を怖がらせている。辞退させるつもりだ。
はじめに仕事ぶりを見せびらかしたのも、いかに姫咲が有能かを示して、雛形に劣等感と不安を植えつけさせる狙いだろう。自分ではついていけない、と。ビジネス用語をあえて使っていたのは、横文字で話を小難しくするためだ。
恐ろしいのは、姫咲の熱意である。
志望者にプレッシャーを与えるためだけに、さぼっていた仕事をしている。うそも混じっているだろうが、普段と比べれば大きな違いだ。
すべては生徒会室でだらけるため――家で休め。
宮城が思案しているうちに、姫咲が書類を片づけていた。
「待たせてごめんね。続きをしよっか」
「は、はい……」
雛形の声が小さい。すっかり委縮していた。
「生徒会はいろいろお仕事があって、行事がある時期は特に時間が拘束されちゃうんだけど大丈夫かな?」
「それなりに……」
明らかに流れが悪い。宮城は口を挟んだ。
「おおげさですよ。毎日やるほどの作業量ではありません」
「そうかな。宮城くんはいつもお仕事をしているよね。わたしもよく生徒会室にいるけど、必ず来るよね」
「……人手不足なだけです」
発言の信憑性は姫咲に分がある。事実なのだから質が悪い。
というか、姫咲は生徒会室でだらだらしているだけだ。手伝ってくれれば作業量は改善される。声を大にして言いたかったが、宮城はぐっとこらえた。
「そう。役員が少ないんだ。今は、宮城くんが全部の役職を一人でやってるんだよ」
「す、すごいですね……」
雛形の表情が引きつっていた。
今度は宮城までも有能扱いして、遠回しに圧力をかけている。
「誰にでもできます。慣れです」
場を和ませるために言ったつもりだった。むしろ、心の距離が遠くなった気がした。
「簡単にはできないよ(ぷぷーっ、引かれてるし)」
姫咲が苦笑いしている。うっすらと別の声がした。二重音声である。器用な技の無駄遣いだった。
「作業は単純ですし、よほどのことがなければ早い時間に帰れます」
「そ、そうですか」
「丁寧な説明だね(うさんくさー。インテリヤクザの詐欺現場みたいなんですけど)」
ことごとく裏目に出ている。
どうやら、宮城の外見にも問題があるらしい。盲点だった。初対面の時に雛形が引き気味だったのは、見た目で怖がっていたから?
「ごめんね、怖がらせるような言い方になっちゃったね。生徒会って責任が重いし、本当に大変な時があるから慎重にならないといけないんだ。雛形さんにうそをついて、生徒会に入ってもらってから大変な想いをさせちゃうなんて……わたしにはできないよ」
「会長……ッ」
感動的な空気になっているが、姫咲は他人に仕事を押しつけて昼寝ができる人間だ。そのくせ本気で忙しい時はそわそわしだす(だが、手伝わない)小心者である。茶番もはなはだしい。
すっかり二人の世界ができあがる様をながめて、宮城は理解した。
生徒会の増員を阻止するだけではない。
これは報復だ。
生徒会室でからかったのを根に持っている。
真のミスは、姫咲の怒りを買ったことだったのか。
「大変ね~」
宮城たちのやり取りをずっと見学していた藤乃森が、のどかに微笑んでいた。