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どん底貧乏伯爵令嬢の再起劇。愛と友情が、なんだか向こうからやってきた。  作者: buchi


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第93話 リーズ伯爵邸にて

その頃、リーズ伯爵の田舎の邸宅には訪問客があった。


「リオネール・ハーマン様から依頼を受けてきております」


(ほこり)の積もった汚らしいテーブル、昔は立派だったろうが、何点か欠けている椅子、伯爵本人は酒臭かった。


「この金額をすぐにお返しいただきたいと」


「リオネール……あのガキか。なまいきな。育ててやったのに」


「聞き捨てなりませんね。あなたは学費さえ出そうとなさらなかった。あなたがリオネール様にかけた費用はほとんどないと見積もられています」


「ばかばかしい」


弁護士は立ち上がった。


「残念ですな。お支払いいただけないなら、王都の裁判所でお目にかかりましょう」


「ま、待て。リオとは甥だ。弟の子どもだ。弟の財産を兄が使ってどこが悪い」


弁護士は不愉快そうに笑った。


「その理屈で行くと、あなたの弟はあなたの財産を自由にしてよいことになりますな。あなたの弟君の相続人がこの屋敷を差し押さえても文句はないですよね」


「差し押さえ?」


伯爵は目の色を変えた。


「ダメだ。差し押さえは嫌いだ」


「それなら、この金額を今すぐお支払いください。正直、この田舎の土地と建物、王都の住居を全部売っても、リオネール様のご両親の財産と見合うかどうか」


伯爵の頭の中に、まじめに仕事をしないで賭け事や贅沢にふけり、財産をすり減らして いつの間にか社交界の噂にさえならなくなった何人かの貴族たちが浮かんだ。


彼自身、憐れみと嘲笑を持って、彼らの噂を聞いたものだった。

平民の金持ちに無理に嫁がせた娘や、ろくに教育を受けられなかった息子たちの運命も哀れなものだった。


伯爵はこれと言って贅沢もしていない。貴族にふさわしいと言われるような仕事だけを選んでこなしてきた。金にはあまりならなかったが、びっくりするような贅沢をしたつもりもない。


「なんで、そんなひどい目に合わせるのだ。これまで何の音沙汰もなかったのに」


伯爵は抗議したが、弁護士は肩をすくめただけだった。


「リオネール様が成年に達したので、本人から申し立てができるようになったのですよ。リオネール様の申し立ては、すでに裁判所で認められています。あとは、あなたが差し押さえを不当として裁判を起こすかどうかですが、まあ、勝てないでしょうね。さもなくば、爵位や領地を債権債務ごと引き取ってくれる人を探すか……まあ、こんな借金まみれで今後とも利益を生みそうにないシロモノ、引き取るような酔狂はいないでしょう」


弁護士は、言うだけ言うと、一分でもこんなところにいるのは嫌だと言った様子で立ち上がった。


「待ってくれ」


弁護士はチラリと振り返った。


「何ですか?」


「リオに、リオに伝えてくれ。そんなひどい真似はやめてくれ。そして仕送りが欲しい。金持ちになったんだろう? この家に引き取ってやったんだ。感謝してるはずだ」


「他の親族に引き取られた方が、数倍マシだったでしょうね。まだ子どもだったアッシュフォード子爵に仕事をさせた件で、児童虐待で訴えましょうか?」


「アッシュフォード子爵?」


「ハーマン侯爵の養子になったので、リオネール様は、アッシュフォード子爵を名乗っておられます。それはもう、ご立派な方で」


そう言うと弁護士は、リーズ伯爵のなりをじろじろ見た。


「その方を虐待するとは。今の言葉でいくらか追加請求が来るかもしれませんよ? リオだなんて呼び捨ては止めた方がいいですな。あなたが懇意にしているレイノルズ侯爵より、ハーマン侯爵家は格上ですからね」


言うだけ言うと、弁護士はさっさと出て行った。


伯爵は、汚いテーブルの上の請求書の紙を見つめていた。


莫大な金額。


確かに、当時から借金で傾きかけていたリーズ伯爵家が一時的でも持ち直したのは、弟の財産を預かることになったからだ。


当時の出入りの弁護士も、リオの財産に手をつけないように、注意していた。

だが、当時から借金の取り立てに悩んでいた伯爵は、なし崩し的に使い果たしてしまって、今では何も残っていない。


使用人たちは、伯爵を見捨てて、全員出て行ってしまった。今では、食事も自分で作っている有様だ。


たまに領民の代表が、決められた金額を持ってくる。

今の伯爵は、その金で酒と食事を買っているだけの生活だった。


突然、伯爵は何もかもが嫌になった。


手元にあった請求書を暖炉目掛けて投げたが、紙はペラペラと舞い上がったものの、テーブルの上にまた落ちてきた。


絶対にここから動かないぞと言っているようだ。



突然、ドアが軋む音がして、人が入ってきた。


「誰だ?」


その人は、あたりを見回して、伯爵に目をとめた。その顔を見て、伯爵はすぐに気づいた。


「お前は……パトリックだな?」


伯爵は思い出した。すっかり忘れていたが、息子に手紙で借金の申し出をしたのだった。


「来てくれたのか!」


パトリックは嫌そうな顔をした。


「あんまり手紙がしつこいのでね。だが、なんだ、この有様は! 座る椅子もないじゃないか。どうしたんだ」


「金がなくて……売ったんだよ。昔の椅子を集めてる人がいて……」


パトリックはすぐには返事をしなかった。


「そんなことか! 俺はもう、この家とは関係ない。まるで疫病神のようだ」


貧乏神である。


「二度と来ない。どうせ借金まみれなんだろう。もう関係ない!」


「せっかく来たのに……」


その時、伯爵の頭に、悪魔的なアイデアが浮かんだ。


「パトリック、お前は俺の長男だ!」


もう帰りかけていたパトリックだったが、嫌そうに振り返った。


「パトリック、ペンを貸せ」


「ペン?」


パトリックは内ポケットから、王都で最近流行り出した携帯用のペンを渡した。


伯爵は飛びつくようにペンを受け取ると、さっきの請求書の裏側に書いた。


『私こと、リーズ伯爵は、嫡男パトリックに爵位を含め当主としての全てを譲り、引退する』


そして自分の名前をサインすると、パトリックに渡した。


「どうせ、早いか遅いかだ。わしは隠居だ。もう、何も出来ん。全部、お前がやれ」


パトリックは顔をしかめて伯爵の字を読んだ。


「何、寝言言ってるんだ。借りたのは俺じゃない。こんなもの、何の効力もない」


だが、裏を返して、文面と金額を見ると驚いた顔をした。


「リオに? リオの両親は、金持ちだったのか?」


「うっ……」


「ひどいな。これだけあれば、リオはあんな生活、ここですることなかったのに。悪人だな、あんた」


「だが、その借金は今度はお前の債務だ。その金でお前だって学校へ行ったんだ」


「盗んだ金で学校へ行ったなんて、言われたくない。だが、どっちにしろ、こんな紙切れは無効だ。あんたとは縁を切る」


パトリックは紙切れをポケットにねじ込み、屋敷を出て行った。


伯爵がどうなろうと知ったことではない。


外へ出ると彼は走り出した。


馬車を待たせている。


中には、さっきの弁護士が見えないように気を遣いながら待っていた。


「パトリック! うまく行ったか?」


「ああ。こちらから、持ち出すまでもなく、責任放棄しやがった。これだ」


弁護士は熱心に文字を眺めた。


「すべてを譲ることになっているな。よし、これを届け出よう。当主はパトリック様だ。もう、シエナ様が他所に嫁がされる心配はない。当主のパトリック様が、認めれば明日にでもリオ様と結婚できる!」


パトリックが笑った。


「そんなことでもなければ、あの伯爵の屋敷まで出向かなかったよ! 顔も見たくないんだ! リオへのせめてもの恩返しだ」


それから、彼らは御者に向かって叫んだ。


「出発だ! 大急ぎだ。チップを弾むぞ!」




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