第92話 優秀な息子
アーネストは現物を、テオドールは写しをもって帰り、それぞれの父親に渡した。
どちらの父も、特にアーネストの父親は忙しい。
かなり気を遣いながらのお願いになった。
子どもの付き合いなんか知ったことかと思っていたに違いないアーネストの父だったが、レイノルズ侯爵の手紙を読むと、嫌そうな顔をした。
しかし、息子が緊張した様子でかしこまっているのを見ると、笑顔になった。
「お前もちょっと大人になったかな。この手紙が変だと思ったのだね?」
「変というか……何でしょう、違和感がありまして」
「そうだね。まず、帝国だが、学校ではそんな下世話な話は習わないだろうが、妃は公式には七十人くらいいる」
どういう感じの家族なのか、よくわからない。
「子どもは九十人くらい、いるんじゃないかと言われている」
「いるんじゃないかと言われている?」
アーネストは繰り返した。
「帝国自身、把握していないんじゃないかな。どうでもいいんだと思う。と言うのは、子どもたちの権威というか、王位継承権なども、全部母親の身分順だから」
マドレーヌ嬢の母親は死んでいて、もういないはず。身分は平民だ。
「皇帝の寵愛度も関係するらしい。まあ、意外に亡くなっておらず、帝国で元気に頑張っているのかもしれないが、いずれにしても、女の子には継承権はない。皇帝が特に目をかけた娘はそれなりの待遇らしいが、この国にいる時点で、それはないだろう」
「はあ……」
じゃあ、レイノルズ侯爵は、一体、何を目指してたのだろうか。マドレーヌ嬢などを拾って。
「レイノルズ侯爵のことはよく知らないが……外交や政治とは無縁なはずだ。私が彼の名前をよく知らないんだからね。帝国の事情をよく知らないか、お前の友達のリオが騙されることを狙ったのかもしれない。皇女様と言えば、相当な感じを受けるからな」
レイノルズ侯爵、サラッとバカにされた?
「本物の皇女様かも知れないから、うまくいけば、本国へ帰っていいことになる。ハーレム暮らしが出来る。本人にとっては自由度が下がるので、あんまり嬉しくないだろう」
「それで行くと、帝国が、自国の皇女を邪険にしたから、なにか悪影響が出ると言うのはないと?」
「邪険にするって……内容によるよね。冤罪で死刑にしたとか、皇女だから拘束したとか、そんな話にでもなれば、帝国の名誉に関わると、抗議してくる可能性はあるかも知れん」
「リオが、デートや婚約を断ったんです」
一挙に、グレイ侯爵の緊張というか真剣度が落ちた。
宰相は、口元に薄笑いを浮かべた。
「帝国の皇女が外を出歩いて、男にデートを迫ったら、本人が拘束されるよ。国の恥だって。リオの対応は、まあ、当然だって言われるだろうな」
「わかりました」
まあ、セドナやこの国の王家や社会のあり方しか知らないのだから、当然の心配かも知れない。
「だが、侯爵家ともあろう者が、勝手に帝国と連絡を取ればスパイと見做されかねない。この手紙は預かっておいていいかな?」
「はい。それから、父上の手元にあることは、誰にも話しません」
侯爵はニコリとした。
なかなかよく気の回る息子に育った。
成績も頭も良い。今回は友達が心配でと、自分を煩わせにきたが、よく聞けば、しっかりした内容だった。
友達も名家の令息、令嬢ばかりの上、みな優秀だと聞く。
侯爵も子どもはかわいい。優秀な息子をもって、グレイ宰相はまったく誇らしくなってきた。いい縁談があるだろう。
自慢の息子だ。
息子の息子の変態事情を彼は知らない。嫁が耐えられるかよくわからない。




