第90話 男六人校内デート
下級生と言う触込みで、銀髪、赤毛、黒髪の三色とりどりの絵のように美しい三人の騎士がやって来た。
迎え撃つは、騎士学校でも(身分だけ)最高のテオドール、アーネスト、リオの三人だ。
美人騎士三人は目立ちまくったが、さすがに気配りのシエナが混ざっているだけあって、手を回してくださった元帥様にご迷惑が掛かってはいけないからと、静かに特別席におさまった。
競技場内がよく見える。
競技場がよく見えると言うことは、競技者からもよく見えるわけで、出場できない下級生はとにかく、腕に覚えがあり、出場を許された上級生たちは皆、目を見張った。
「なに?あのイケメン揃い」
「俺、なんか間違った道に進みそう」
いやいや。本能ってエライよね。間違っていません。
「まあっ。こんなところで、お勉強なさっていたのですね。リオ様」
アリス嬢、惜しい。そこはアーネスト様と言って欲しかった。
「キャー。リオ様ったら、なかなか健脚なのね。5人ごぼう抜きだわ」
剣の試合だけではなくて、なぜか徒競走もあった。
もしもし? キャロライン嬢、テオドール様もあそこにいますよ? こっちを見ている。あ、転けた。テオドール様、ちゃんと足元、見ないと危ないですよ?
「あのう。私たち、今は男性なので、男言葉で話さないとまずいのでは?」
シエナが気を回した。
そこは、リオを見て欲しい。
「じゃあ、練習ね!」
キャロライン嬢、嬉しそう……
競技の間中、なんの必要もなければ、誰も嬉しくない練習を重ね続ける令嬢方。
練習の甲斐あって、キャロライン嬢は試合の後、いそいそとやってきたテオドールに向かって「やあ、テオ」とぶちかました。
そして気安げに肩に手を置いたので、テオドールは気が遠くなりそうだった。
「アーネスト、久しぶり」
と言ったのはアリス嬢で、彼女は剣とか、編み上げのブーツだとか、馬用の鞭とか、手袋だとか、騎士用の戦闘的な持ち物で身を飾っていた。
全部危険ブツ。しかもアリス嬢はいつものほんわか笑顔ではなくて、キリリと顔を引き締めていた。
うっとりする……
唯一シエナとリオだけが、普通な感じだった。
「リオ。町へ出るらしいけど、こいつら役に立つのかな?」
こいつらとは、青くなったり赤くなったりしている令息たちだ。
なんて的確な質問だろう。言葉の選択が適切。
こいつら、か。
しかし、テオドールは男らしくキャロライン嬢と肩を組み、アーネストはアリス嬢の馬用の鞭の解説を始めて、それぞれふらふらと、勝手に街に向かって歩き出していた。
男六人は、ブライトン公爵家が手を回していた高級レストランに向かっていた。
騎士姿の男が六人も集まって、宝石店くらいならまだしも、下着販売店や、かわいいヌイグルミ専門店や今評判のスイーツ店などを周り始めたら、ヘンタイ呼ばわりくらいでは済まない。騎士学校が存続の危機に立たされてしまう。
レストランでもたいがい異常なのだが、リオが優勝したので、お祝いという恰好を取ることにした。
リオ便利。
だが、レストランに入る前に事件は起きた。
「テオドール様あ」
甘ったるい声が響いた。
「探したんですのよお」
テオドールは見た。
数十人の女子が、町娘が、目をキラキラさせながら、手に手にテオドール様命と書かれたウチワや、飾り文字で愛してると書いたボードを持って騒いでいるのを。
そして、その先頭には、かのマドレーヌ嬢が立ち、女性にして胴馬声と言うのか、腹に響くようなよく通る声で叫んだ。
「愛してます、テオドール様!」
本人を目の前にしての、この大胆な愛の告白で、周りは大盛り上がりに盛り上がり、街中ということもあって女性だけではなく、大勢の人たちの目をかっさらった。
イケメン テオ!
「テオドールが?」
アーネストは信じられないような目つきで、その女性たちを眺めた。
そんなことってあるんだろうか?
テオドール自身も茫然としている。彼らは安全とわかっているレストランに大急ぎで入った。
「シエナ……」
席に着くや否や、むしろ厳しい声で、リオが言った。
「シエナの騎士姿……テオドールと名乗ったよね?」
「え。ええ。お名前をお借りしました」
「あの子たち、どう見てもシエナ目当てだよね?」
テオドールは自分を落ち着かせようとしていた。
「ぼ、僕じゃないことはわかっていました」
彼は言葉を続けた。
「これまでも、最近、手紙が多くて、驚いていていたんです」
「何の手紙?」
手厳しく聞いたのはアリス嬢だった。
「それはその……デートのお申し込みや絵姿はないのかとか……でも、自分でもおかしいと思っていたので、返事はしませんでした。素晴らしい銀の髪とか書いてあったので……」
まあ、誤解を解く気にもなれないようなシロモノだった。
「テオドールのところへ、マドレーヌ嬢からの手紙はない?」
尋ねたのはリオだった。
「家に帰ればあるかも……」
「職務不履行だな」
リオは満足げに笑った。
「どう言う意味ですか?」
突っ込んだのはキャロライン嬢。
「皇女様のマドレーヌ嬢は、僕狙いのはずだった。その条件で、レイノルズ侯爵から資金援助を受けていた。だけど、シエナの騎士姿を見て、考えを変えたんだ」
「どうしてリオ様狙いだったのですか?」
納得がいかないらしいキャロライン嬢が聞いた。
「レイノルズ侯爵家のポリスは、アラン殿下に狼藉を働いたとして投獄されている。だが、シエナが婚約者だったことにすれば、情状酌量の余地があると考えているのだ」
たちまちキャロライン嬢の眉がキリリと上がった。
「あのボリスなんかと!」
「レイノルズ侯爵は、シエナが僕と婚約していなければ無力だと考えた。そのためには、僕とシエナを切り離したいのだ」
シエナの家は没落している。姉はレイノルズ侯爵家のボリスと結婚を嫌がって駆け落ちして以来、行方知れずと言うことになっている。シエナはまだ学生だし、無力だろう。
ハーマン侯爵家のリオがいない限り……
「そんなこと、ないわ!」
キャロライン嬢が叫んだ。




