第89話 コスプレ事変
しかし物事は思うようには運ばないものである。
せっかくシエナを侯爵邸に引き留めることに成功したのに、リオは仏頂面をした。
「わずか一週間。その一週間が、どうしてじっとしていられないのだ」
楽しみにしていた休みの間中、シエナが外に出られないことを知ったお友達連中が騒ぎ始めたのだ。
「友達が多すぎる」
友達が多すぎるのではない。
友達が大物過ぎるのだ。
「いやだわ。シエナ、家にいなくちゃいけないの?」
すっかり仲良しになってしまったキャロライン嬢が文句を言い出した。
軍事界の大物、現元帥のブライトン公爵が目に入れても痛くない末娘である。しかも公爵が心の底から自慢していた今は無き赤毛を引き継ぐ美人な令嬢だ。
「一緒にカフェに行こうって約束しましたわよね」
アリス嬢が残念そうに言った。
これまた父のダーマス侯爵は、侯爵のくせに法曹界の重鎮だ。来るべきレイノルズ侯爵との法廷闘争において、敵に回したくない人物ナンバーワンである。
「カフェに行くことになっていたんですか?」
突っ込みを入れたのはアーネスト・グレイ。父は有能宰相だ。
ただし本人は残念性癖の持ち主で、アリス嬢に惚れ切っており、先日、一世一代の勇気を振り絞ってカフェデートの約束を取り付けたのに、シエナ嬢の都合でダメにされたと言う経緯がある。
「僕も一緒に連れて行ってほしい」
アーネストが言うと、テオドールが乗っかってきた。
「そういえば、僕は、キャロライン嬢に名前を貸してほしいと頼まれたことがあって。お礼が欲しいなあ……」
物欲しげなテオドール・クレイブンは、名門マクダネル侯爵の嫡子だ。マクダネル家は某王家の分家筋にあたり、その証拠に少々あごがしゃくれ気味だった。
母上も同じ王家の血を引いており、テオドールの悩みの為の顎を、高貴の印として自慢しているような貴婦人である。
綺羅星のような名門子弟ばかりとお付き合いしているシエナ嬢。
これに、ちょっと前までは、本物の王太子、アラン殿下が参加していて、より一層物事を面倒にしていた。
アラン殿下が減っても、いろいろとリオが思うようには物事は運ばない。
シエナが侯爵邸を出られなくなったため、全員が、ハーマン侯爵家に集合してしまったのだ。あまり社交的ではないリオとしては、何とも言えない状況だった。毎日、客だらけ。
テオドールとアーネストは、当然のように学校帰りにリオの家に一緒にやってくる。
「友達なんだから、当然だろ」
と言うが、これまで、リオの家になんか寄り付かなかったくせに。
お目当てが、キャロライン嬢とアリス嬢だと言うことはわかり切っている。
その二人が(そのほかにイライザ嬢も)今ではリオの家に入りびたりなのだ。
さらに、肝をつぶしたことに、私も騎士服を着たいわとキャロライン嬢が言い出したのである。
カフェ巡りも街歩きもできないので、よっぽど暇なのか……
「父は赤公爵として有名だったの。私も小さい頃は兄と同じように騎士になるつもりでした」
ブライトン公爵家は、何代も続く武門の家ではあるが、さすがに娘にはそんな教育はしなかったと思うのだが。
リオが首をひねっている間に、おなじみのハドソン商会が早くも呼ばれていたらしく、キャロライン嬢は赤毛の髪をたなびかせ、りゅうとした騎士姿を披露してくれた。
別に個人の趣味に口を出す気はないので、リオはお似合いですねとほめるにとどめておいたが、ブライトン公爵令嬢はせっかく騎士学校の生徒の制服を着たんだから、騎士学校へ行ってみたいわ、などと言い出した。
これに反応したのが、テオドールだった。
「ぜひ」
彼は熱心に声をかけた。キャロライン嬢が騎士学校に来てくれれば、校内デートが実現する。
街でのデートに誘う根性を自前の顎に阻まれているへたれテオドールにとっては、千載一遇のチャンスである。
校内の風紀がどうちゃら言う輩は、元帥の威光をもって黙らせる。(キャロライン嬢の父上の力で、自力ではないけれど)
「私にはどうかしら。似合うかしら?」
えっ? アリス嬢までコスプレ願望があったの?
素で驚くリオだったが、思いっきり褒め称え、そのお追従にはいくらなんでも無理があるのでは?と言うくらい大絶賛したのは、アーネストだった。彼は最後に言った。
「三人で騎士学校の見学に来ない? ちょうど競技大会があるんだ。下級生ってことで見学だけしてみれば? きっと面白いよ。そのあと、一緒にお茶しようよ。競技の解説もできるし」
狙いはそこか! トリプルデートか!(あんまり聞かないけど)
「そうそう。六人なら、そのあと街でお茶して買い物しても問題ないし」
男六人のデートってどうなの? 見た目的に。問題は本当にないのか?
シエナは、テオドールとアーネストには借りがある。
そこで、モゾモゾと微笑んだ。
否定も肯定もしない。
ダメに決まってるだろう! 何のために自宅に籠るのか、みんな、本来の目的を忘れてるだろう!
……と叫びかけたリオだったが、ハタと気付いた。
ラッフルズ家ではないが、騎士学校にシエナが居るなんて、レイノルズ侯爵でなくても想像の圏外だ。
騎士学校の競技大会は、リオとしてもぜひともシエナに見せたいなあと内心考えていた。公開行事ではないので、自分の勇姿を見せることは断念していたが、これはチャンスだ。
規律がどうちゃら言う輩は、どうせキャロライン嬢の父上が黙らせてくれる。
その上、騎士学校で美人三人とお茶をして見せつけて、さらには街に出かけて、ショッピングとお茶かあ……
この時点で、リオの脳内は、テオドールやアーネスト同様、ピンクに染まり切って、なんの役にも立たなくなっていた。危機管理はどうした。
さらに三人とも、騎士学校内でお茶したいとか言ってるけれど、全員、婚約者ではない。彼女ですらない。告白前である。ただのお友達で終わってしまったら、ただのダメ事例として、名を残すかもしれない。
「じゃあ、そうする?」
最後にリオが言った。自分で自分にトドメを刺して、それでいいのか?リオネール・ハーマン?




