第85話 中央広場噴水前
「リオ!」
大きな声で話しかけられて、リオはびっくりした。
背の低い、目の回りを大きく黒く塗り、着飾った女性が立っていた。
「誰だい?」
シエナが聞いた。
「知らないよ」
女性は元気よく走ってきた。
「マドレーヌよ、マドレーヌ! 今日、会う約束したでしょ? ところで、こちらの方はどなた?」
マドレーヌ嬢は完全に騎士服姿のシエナにひっかかっていた。
リオの顔ではなくシエナを見つめている。シエナはプイと顔をそらした。あまり見られたくない。気づかれたら困る。
しかし、マドレーヌ嬢はそれを照れだと受け取ったらしい。
「あ、あら。かわいい……」
シエナは嫌そうな顔をした。かわいいと言われて喜ぶ男はいない。あ、アラン殿下がいたっけ。
「リオ、今日は一緒に武具を見に行く予定だったろ? 三人集まったし、行こうよ」
マドレーヌ嬢は、シエナを下から見つめた。
「今日はリオと二人の予定だったのだけど。でも、まあ、いいわ。あなた名前なんて言うの?」
騎士服のシエナはちょっと唇をとがらせて、答えなかった。
仕方がないので、リオが答えた。
「テオドールだよ」
「テオドール……素敵な名前ね。テオって呼んでもいい?」
「……ご勝手に」
アーネストはシエナの塩対応にどぎまぎしていた。女の子に冷たい。もう超冷たいのに、マドレーヌ嬢の方は明らかに興味津々だ。
それから、三人問題についても疑問があった。
今、この場には四人いる。リオとテオと自分アーネストとマドレーヌ嬢だ。
シエナは、三人と言っていたが、それはたぶんリオとシエナと自分のことだと思う。
でも、マドレーヌ嬢の言う三人は、リオとシエナとマドレーヌ嬢のことでは?
「リオ、早くいこうよ」
シエナがリオに向かって行った。
早くいこうよ……なにか、こう、ぐっとくるものがあったらしい。リオの目付きが蕩け始めた。アーネストからしたら殴りたい勢いだ。
「すてき……」
下の方から声がした。
「は?」
「イケメン二人の絡み。ド迫力……。テオ様すてき過ぎる。リオ様とお似合いすぎて、もう……」
「アーネスト、早く来いよ」
なり切りシエナが声をかけてきた。
「あ。そうだ。武具店だったね」
「私も行くー。デートだもん」
「ねえ、リオ、この子誰なの?」
ウザそうにシエナが聞いた。見たこともないキラキラの長い銀髪を邪魔そうにしながら。
「わー、髪じゃま。切ろうかな」
「シ……テオ、何言っているんだ。切らないで」
リオが脊髄反射であわてて言った。
「テオ様!」
マドレーヌ嬢が会話に無理やり入ってきた。
「私、名前はマドレーヌです。帝国の皇女ですわ」
「いや、名前はわかったけど、どうして僕らが武具店行くの邪魔するの?」
テオがめんどくさそうに答えた。
「邪魔じゃないです。ついていきます。何なら武具のお金払います」
「ええ? 僕たち、お金は困ってないけど」
「そうなんですか? テオ様、どちらのおうちですか?」
「おうち?」
テオ(シエナ)は本気で分からなかったらしい。
「何の話?」
「ほらあー。爵位とか」
「侯爵家だけどね。僕ら三人とも、家は侯爵家だな」
「えええー? あのフツメンの方もですか?」
フツメン、ゆーな。
「顔、レベチなのに、家格、一緒なんですねっ」
感心するところではないはずだ!
「フルネーム、教えてください。あと、住所も。お手紙出したいです」
ものすっごく要らないから。大体、普通、そんなこと初対面の人間に聞かないから。
「君、貴族なの?」
服をじろじろ見ながらシエナが聞いた。
「もちろんっ」
マドレーヌ嬢は豊かな胸を張った。
「それどころじゃありません。帝国の皇女ですよ、私は」
「皇女? ほんとなの?」
疑わしいと言った様子で、シエナが聞いた。
「本当です。半月ほど前、レイノルズ侯爵って人のお使いが来て、私の父はただの男爵じゃない、皇帝だって言ってくれて、たくさんお金をくれたんですよ。父も大喜びでした」
マドレーヌ嬢は疑われてはならないと考えたのか懸命に説明を始めた。
三人は急に真剣になって、マドレーヌ嬢の話に集中した。
「あなたの父上は、あなたが自分の子供じゃないって聞いて喜んでいたのか?」
リオが尋ねた。
「え? それは、お金を喜んでただけでぇ……」
「帝国の父上からの証拠とかはないのかね?」
ちょっとバカにしたような調子でテオ(シエナ)が聞いた。
「あるわよっ。テオ様って意地悪ね?」
マドレーヌ嬢は上目遣いにテオを見上げた。
「君を見てると、お化粧がもったいなくなるよ」
シエナが、意外なことを言い出した。
「えっ?」
「もっと可愛くなれると思うけどね」
リオもアーネストも、偽テオ(シエナ)に目が釘付けになっていた。
この女、何をしても同じだと思うけど?
「何言ってるの」
思わずアーネストはつぶやいた。
「お化粧、もっとがんばった方がいいよ」
マドレーヌ嬢が真っ赤になった。
「本当に皇女様なら、証拠あるでしょ? 出してきて見せてよ。僕たち不敬罪にはなりたくないんで」
テオ(シエナ)がリオの肩に手をかけながら言った。
「特別扱いして欲しいって言うならさ。持ってきなよ。でも、リオは僕のものだからね」
リオがびっくり仰天して、シエナの顔を見た。
シエナがリオを見つめて艶然と微笑んだので、脳のネジがどこかへ飛んでいったらしい。
「シ……」
思わず近づこうとしたリオをテオ(シエナ)が押し留めた。
「リオ、もう、行こうよ」
「ちょっとお待ちなさい。私は帝国の皇女よ?」
二人の絡みを食い入るように眺めていたマドレーヌ嬢が、我に返ってストップをかけた。
「だって、今日はそんな予定じゃなかったんだもん。三人で出かける約束だったんだよ。十二時にここで待ち合わせ。ね?アーネスト?」
相手は違うが、待ち合わせ自体は間違いない。アーネストはコクコクとうなずいた。
「そこのフツメンと私が交代したらいいじゃない! そしたら、三人になるし」
だから、フツメンって言うな!
ここでアーネストが力を発揮した。
「人を美醜だけで判断しないで欲しいな」
「あ」
マドレーヌ嬢が口を押さえた。
「他にも爵位や財産も関係ありますわよね」
違う!
「僕の言ってるのは、人間的なことだよ。性格とか……」
「婚活に関係ないじゃないですか」
「結婚後の生活も考えなきゃ。相性悪いと、やっぱりダメだと思う」
言ってることは正論だが、性癖のアーネストがそれ言っていいのか?
「結婚後の幸せも考えなきゃ。まずは相手を知るところから」
「だからこそ! 今日のデートを設定しました!」
「唐突すぎると思う。まずは皇女様の証拠を見せてくれよ。話はそれからだ」
アーネスト、よく言った!
「あ、でも、君はね……」
テオ(シエナ)がさえぎった。
「もっときれいになれるよ。今はね、目の周りを黒く塗ったタヌキ」
リオとアーネストは震え上がった。タヌキ!
「お化粧じょうずな友達を探すといいよ。きっと化ける。イライザ嬢とか」
「私のことを!」
マドレーヌ嬢が叫んだ。
三人は身構えた。
不敬罪になるかもしれない。
「ダイヤモンドの原石だと!」
………………
……うん。ポジティブ。不敬罪にはならなさそう。
「じゃあ」
三人の男は連れ立って、噴水前を離れた。マドレーヌ嬢はふるふると震えている。
その背後に密かに忍び寄る人影があった。
「ダイヤモンドの原石だなんて……」
マドレーヌ嬢がつぶやいている。
「テオドール様……なんてことを。ステキ。マドレーヌ、頑張りますわ!」
人影は、イライザ嬢だった。
「マドレーヌ様」
イライザ嬢は、用心深く声をかけた。
手を組み、目をキラキラさせたマドレーヌ嬢が振り返った。
「ねえ、聞いた? 私、最高品質の大粒のダイヤモンドの原石ですって!」
そこまでは言ってない。
いや、しまった。誰もそんなこと言ってない。
「マドレーヌ様。わたくし、実はリオ様のファンクラブを主催しておりまして……」
「あっ、イライザ!」
呼び捨て……
さすがのイライザ嬢もイラついたが、相手はイライザ嬢の両手を取った。
「あなた確かアンジェリーナ・シークレットの中の人よね?」
「え? ええ。まあ」
イライザ嬢は用心深く答えた。相手のテンションがやや異常だ。
「お話があるの」
マドレーヌ嬢が言った。
お話があるのは自分の方なんだけど……とイライザ嬢は考えたが、異論はないので、乗っかることにした。
「お話ですか? ここでお話はちょっと……そうですね? あちらに食事ができるところがあります。ちょうどお昼ですから……ランチを食べませんか?」
イライザ嬢が指さした先は、キャロライン嬢が借り切った店で、アリス嬢、それに眼光鋭いラッフルズ家長男エドワードとシエナの兄のパトリックが客のふりをして食事をしている例の高級レストランだった。




