第80話 いい友達
もう二度と会うことはないだろう。
どれほど惹かれていたとしても。
こんな思いがあることすら知らなかった。
どんな事でも思い通りになり、それが物足りないとすら思っていた日々だったが、一介の貴族になってみると、自分の意志が通らないことばかりだった。仮の身分上、たとえ男爵家でも身分が上だからかなわない。だが、逆に知恵を巡らせて、それだけで突破することもできた。
でも、シエナだけは叶わない。
厳しい掟が彼を縛っていた。
「さすがに、マンスリー・レポート・メンズ・クラシックとアンジェリーナ・シークレット一位同士ね」
「なぜ殿下はシエナ嬢を選んだのかしら?」
「そりゃあ、一位の女性ですもの。興味もあるでしょう」
そうか。
「一夜の思い出を」
ずいっとリオが一歩踏み出した。
「殿下、私の婚約者です」
「大丈夫ですわ。殿下はそんな人ではありません」
アラン殿下はシエナの手を取って、フロアは向かった。
「リオの心配はもっともだよ!」
アラン殿下は言った。ここ数日ぶりの王侯貴族らしからぬ口のききぶりだった
本当は君を連れて行きたい。だけど叶わぬ夢だって知ってるから! 仕方ない。仕方ないんだ。
殿下はにこやかに微笑みながら、ごく普通に一曲ダンスを踊った。
「ねえ、シエナ嬢」
アラン殿下は言った。
「とてもお世話になりました。ほんとだよ?」
「まあ。殿下にそのようなことを言っていただけるとは! この上ない光栄ですわ」
そんな冷たいことを言って。
知っているよ。もっと違う状況だったら、絶対に、僕に夢中になっていたはず。
実際には、僕が君に夢中になってしまっただけだけどね。
あのリオのせいで。
でも、あのリオを取り上げたら、シエナはきっと泣く。
だから僕は君を連れて行かない。
「君とは、いい友達になれた」
「殿下と友達だなんて、そんな失礼なこと、思ってもおりません」
「違うよ。僕は、友達が作れないんだ。臣下しかいないんだよ。この国で、初めて友達ができたんだよ。友達って、本音を言ってくれる人さ」
「ジョゼフ様がおられるではありませんか」
「友達は、対等な立場で本音を言う人のことだ」
「それなら、最初から私は殿下のご身分を存じ上げておりましたわ。ジョゼフ様と一緒です」
「君は僕の友達になりたくないの?」
「え?」
シエナがアラン殿下の顔を見た。
なんだか、とても困った顔をしていた。
「もしも、殿下がおっしゃる友達が、自分の立場を考えずに殿下を真摯に案ずる人という意味なら……」
「うん。それだ。臣下は立場があるからね。でも、君たちゴート人はみんなゴートの国王陛下に忠誠を誓っているからね」
君のことは大事なんだ。
だけど、愛情は独占したがる。所有したがる。リオが燃え上がっているのはそのせいだ。その望みはかなえられない。
だから、アランのは友情。
「本当の友情は貴重なものだ。相手を大事に思うだけじゃない。押しつけじゃだめだ。新の友情は、きっと謙虚で、思慮深いのだろう」
「友情って、そんなに難しい定義があったのですか?」
シエナがほんのり笑った。
「あるんだよ。だからこそ、とても貴重なんだ」
「殿下は王侯ですわ。そのことは決して忘れません。ですが、アラン殿下はとても魅力的なすばらしい方で、まじめで一生懸命な方です。だから、お友達になりたいです」
うれしいけど、悲しいような。
「僕らは友達だ」
だけど、僕の友情は君に上げられる最高のプレゼントなんだよ。いつか分かる日が来る。
それから、ダンスが終わったので丁重にリオの許に送り届けた。
国王陛下に揶揄われたときは、涼しい顔で、
「アンジェリーナシークレットの女性となら、踊ってみたいと思いませんか?」
と返し、王妃殿下には
「通訳を務めてくれた女性なのです。よく知っていますので、気楽なのと、婚約者のいる女性の方が誤解を生まなくていいかなと思いまして」
と返事した。
ジョゼフからはいい加減にしてくださいよとあきれられたし、王妃様からは「やっぱり若いから、美人にばかり寄っていくのよねえ」と点数を下げられたが、それはやむなしだ。




