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どん底貧乏伯爵令嬢の再起劇。愛と友情が、なんだか向こうからやってきた。  作者: buchi


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第75話 兄の義務

しばらくして、隊長室に案内されたエドワードは、パトリック・リーズに初めて会ってびっくりした。


リリアスと違って灰色がかった金髪と濃い青の目だったが、思っていたよりずっときつそうな目つきの人物だった。リリアスはおとなしい人だと言っていなかったっけ?


「なんの用事かね? ラッフルズ商会の副会長ともあろう人物が、こんな辺境の隊長なんかに?」


声に威圧感がある。

エドワードは黙って、リリアスの手紙を差出した。


それから彼は、パトリックが読み終わるまで、石のように黙っていた。


パトリックはようやく手紙を読み終えると、ジロリとエドワードの顔を見た。


自慢ではないが、エドワードは全然イケメンではない。リリアスの兄のパトリックは、細面の目鼻の整った顔立ちで、目線の鋭ささえなければ、女性的でさえあった。すごいハンサムだ。


多分、妹の駆け落ちの相手として、なんでこんな男と駆け落ちする気になったのか、なんの説得力もないだろうなあとエドワードは思った。


自分は、彼の妹の運命を変えてしまった犯人かも知れない。駆け落ちの相手なのだ。

ことと次第によっては、なんと言われるかわからない。

エドワードは、緊張してパトリックの言葉を待った。


「それで、事情はわかった。私もレイノルズ家に対しては思うところがある。父のことは嫌いだったので、連絡していなかった。シエナには金を送りたかったが、父の手に入ってしまう可能性が高くて送れなかった。父からは援助してほしいという手紙が何回も来ていたが、どうせ無駄金にしかならないことがわかっていたので、無視していた。お前が、リリアスの夫なのか」


「はい」


もう一度、エドワードの顔つきをジロリと見て、パトリックはふうとため息をついた。


「ラッフルズ商会といえば……大商会だ。お前は跡取りか?」


「そうです」


「まあ……よかった。それなら、金の面ではリリアスは苦労はなかっただろう」


「もちろん」


「で、俺に何の用だ?」


「あなたに伯爵を継いでいただきたくて……」


パトリックはギロリとエドワードを見返した。


「あんなもの、継いでもどうにもならん。いらない。父の後始末などしたくない」


エドワードは必死になった。


「パトリック様に当主になっていただきたいのです。そうしないと、リーズ伯爵の手によって、シエナ嬢がレイノルズ家のボリスに嫁がされてしまいます。父上に引退していただいて、あなた様に継いでほしいのです」


パトリックがシエナの名に反応した。


「レイノルズ家は叩けば埃が出る家です。少額の支払いを踏み倒されて泣いている商人たちはたくさんいます。息子のボリスも、娼館で暴行事件を起こしています」


「セドナの王太子殿下への不敬事件だけでなくか?」


パトリックは驚いたらしかった。


「そうです。レイノルズ家が謹慎を命じられている今がチャンスなので、そういった商人たちが一斉に訴えを起こしています。そんな犯罪者もどきと結婚を強要されたら、嫌に決まっています。何事も程度モノです。親の決めた結婚に従うのがよい娘の条件なのかもしれませんが、娼館で暴行事件を起こしているとなれば話は別です。シエナ嬢の身が危険です」


パトリックは鋭い目でエドワードを見つめた。


「それ、本当なのか? お前たちの作り話ではないのか?」


「何をおっしゃいます!」


パトリックは真剣に否定した。


「なるほどな。続きを言え」


エドワードは冷や汗をかいたが言った。


「リーズ伯爵がうかつな人物であることは周知の事実。娘たちの結婚についても、脅されたり騙されたりで決めていったのでしょう。それにしても、レイノルズ家のような犯罪者との結婚を強要したとなれば、当然評判は悪くなります」


「レイノルズ家との結婚はお断りだ。どこの家だってそう思うだろう。それをうちの父親は、何を好き好んであんな評判の悪い家とシエナを結婚させようなどと考えたのだろう」


パトリックは吐き捨てるように言った。


「リリアスにしても被害者です。あんな、女に暴行を働くような男のところに嫁がされるところだったのです。そのうえ、駆け落ちしたので評判は地に落ちました」


パトリックは悔しそうな顔になった。エドワードは続けた。


「悪いのはレイノルズ家とリーズ伯爵です。評判が悪くなるべきはリリアスではない。あの二人です」


「というか、評判を悪くしないといけないわけだな? リリアスの駆け落ちは理由があったのだと知らせたい」


パトリックは言った。

エドワードは、うなずいた。

パトリック様はバカではない。この分だとなんとかなりそうだ。


「そして伯爵様には責任を取っていただきたい。引退してほしいのです。でないと、今度は妹のシエナ嬢が勝手に嫁がされてしまいます」


「うん。そのようだな」


パトリックはリリアスからの手紙に目を落とした。


「だが、あの親父がおとなしく引退するかな? 他に何の取り柄もないバカだ」


「引退します。今度は別口の借金の返済を求められていますので」


「は? 誰からの?」


「シエナ様の弟のリオ様から」


「それは俺の弟ということか? ばかな。俺のうちは三人兄妹だ」


エドワードはちょっと微笑んだ。


「失礼しました。お従兄弟のリオネール様です」


パトリックは苦い顔になった。


「リオネールにも悪いことをした。わかっている。叔父夫婦が馬車の事故で亡くなった時、父が引き取ったと聞いたが、どうせ財産をちょろまかしたのだろう。借金まみれだったから」


「おっしゃる通りです。リオネール様は、返還を求めていらっしゃいます」


「リオネールは確か、騎士学校を特待生枠で突破したと聞いた。非常に優秀なはずだ。今後、金に不自由はしないだろうが、腹に据えかねたと言うところだろうな」


同じ騎士学校出身なので、そう言った情報は耳に入るのだろう。


「返済を猶予する代わりに引退を求めると交渉される予定です」


「なるほどな」


「それから世評があります」


「他人の家のお家騒動など、どうでもいいから誰も興味を持たないんじゃないか?」


「それだったら、リリアスだって堂々と社交界に出入りできたはずですよ。締め出されてしまったのは、レイノルズ家のせいです。リリアスが悪かったことにしないと、伯爵家から賠償金が取れない。金蔓みたいなものだった。多分、伯爵を脅して、期日までの返還がなかった際の違約金とか、利率の嵩上げとかやってたんじゃないでしょうか。もっと穏便に済ますことだってできたはずです。その後も、リリアスに責任があると言って、それをネタに脅迫して、金を巻き上げていたんでしょう。でなければ、あんなに長く借金を払い続けることなんかないはずです」


「まあ、脅迫の証拠が出るかどうかわからないが、ありえるだろうな」


「リオネールが伯爵をそそのかして調査しています」


パトリックはちょっと驚いたようだった。


「そうか? 熱心だな……? 騎士希望だったよね? 普通、騎士は脳筋だ、そんな文官みたいな真似はしなさそうだが。」


今度はエドワードがニヤリとした。


「気持ちはわかりますよ。シエナ嬢を好きなのです」


「え? リオネールが?」


「そうですね。どうやらシエナ嬢はリオ様を弟だと思い込んでいたようですが……」


「どうしてそんなトンマな思い込みができるんだい? 兄妹なわけがないだろう?」


「伯爵が誘導したようです。間違いでも起きたら困ると考えたらしいですね」


「……変なところだけ、用意周到だな」


「リオネールには通じなかったらしいですがね。彼は今必死です。このまま捨てておくと、また、別な婚約者を決められてしまうと」


「またって? ボリスだけじゃないのか」


「領地の近くにゴア男爵という家があるそうで、そこの嫡男の方と最初は婚約されていたようですが、家が貧乏すぎると向こうから破棄されて……」


パトリックは頭を抱えた。


「次は、例のレイノルズ家のボリスが素行が悪くて有名で、売れ残っていたので、責任を取れとシエナ様の知らない間に婚約が決められて……」


パトリックがガタンと音を立てて立ち上がった。


「エドワード、わかった」


彼は言った。


「わざわざ来てくれてありがとう。家族のために爵位を継ぐ。領地がどうなっているのか知らんし、仕事を辞めたところで俺は領地経営なんか全然わからんので、どうしたらいいのかさっぱりだが……」


エドワードは、パトリックを押しとどめた。


「お辞めにならないで下さい。領地経営なんか、ラッフルズがやります。あなたが当主になれば、父上に土地からの上がりをお渡ししなくてすみます。パトリック様がお好きなだけ父上にお渡しになればいいわけで」


「それだと、全然、お前たちの得にならんぞ?」


「領地から儲けようなんて考えていません。妻の実家です。それにラッフルズは商売人です。何とかします。ご心配は要りません」


「ラッフルズに恩を売られたいわけではないが……」


「そんな貴族っぽい矜持なんか捨ててください。家族が心配ではないのですか?」


パトリックはエドワードの目を見つめた。


「リリアスは私の妻です。さえない男だとお思いでしょうが……」


「とんでもない。申し訳ない。俺が悪かった。あなたの世話になろう。俺にはできないことだ」


「妻と子どものためなのです。だから私はなんでもします」


パトリックはゆっくりと立ち上がると、エドワードの手を取った。


「ありがとう。リリアスに良い夫を持ったと伝えてくれ」


それからパトリックは照れたように付け加えた。


「真実の愛か。物語の中の戯言(たわごと)だと思っていたよ。だが、まあ、そりゃそうだな。妻と子どもは大事だ。あ、それなら俺はオジサンか!」


プハハッと思わずエドワードは笑った。


「シエナ様も同じことをおっしゃっておられました。叔母さんかって」


「シエナに会ったことがあるのか?」


「いいえ。私は会ったことはありませんが、シエナ様の貴族学校のご学友が、私の弟のアルフレッドと結婚したのです。その縁があって、ここまでたどり着けました」


「そうか。その方にもお礼を言わねばな」


アマンダ嬢が、この貴族然とした男に、いい男じゃね? とかなんとか言っているところをうっかり想像して吹き出しそうになったが、エドワードは急いで帰りますと伝えた。


「シエナ様はお美しい方ですが、大変……」


シエナ嬢には味方が大勢いる。説明できないが、どうしてだか彼女の周りの人たちはいい人たちばっかりだ。そして彼女を助けようとしている。


美人だから、ではない。

賢いから? それとも謙虚だから? 守りたくなるような人物?


エドワードは言い淀んだ。


「大変な人格者なので、お友達も助けようとしてくれています」


「なんだ、それは。どこかの修行僧などの話ではないぞ?」


パトリックは大口を開けて笑った。



エドワードは、来た時と違って、パトリックと目つきの鋭そうな警備兵に丁重に見送られて帰途についた。



「なんとかなる!」


彼は馬車に乗ってから独り言を言った。


「リリアス、待っててくれ。あと、もう少しだ」



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