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どん底貧乏伯爵令嬢の再起劇。愛と友情が、なんだか向こうからやってきた。  作者: buchi


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第65話 アラン殿下によるザマアプレゼント

彼らはパーティ会場を抜け、裏出口に用意されていた馬車に乗った。


そして、乗るとすぐに、誰にも何も命令されていないのに、馬車は動き出した。


「場所はどこだ?」


「セドナの大使館ですよ。モーブレー公爵も呼びつけました」


「早いな」


アラン殿下は馬車の背もたれにもたれかかった。


「当然でしょう。殿下に向かってあんな失礼な口を利くやつは見たことがありません。あんな手合いに、殿下だと名乗ってやったのに」


大使館の応接室には、明かりがたくさんついていて、モーブレー公爵のほかゴート側の人間も大勢来ていた。


そして頑丈そうな衛兵何人かに周りを囲まれた例のボリスと、その父らしい小柄な男が一緒にいた。


この小男がレイノルズ侯爵だろうとアラン殿下は思った。


黒い髪が半白になった頭、シワが多くゲジゲジ眉毛の下の目は、たいていは厚いまぶたの下に隠されていたが、時々ギラリとまわりを見ていた。


人好きのしない男だと殿下は思った。


アラン殿下とジョゼフは、自国の大使たちから丁重に迎えられた。


「アラン殿下、並びにブルーノ伯爵」


ゴート側の代表のモーブレー公爵がいかにもへり下った様子で言った。


「この度の不始末、なんともお詫びの申し上げようもございません」


手を縛られたボリスが訳がわからないと言ったように顔を上げた。


「なんだと? ブルーノ伯爵?」


隣の小男は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「こちらが、レイノルズ侯爵子息のボリス殿と、父君のレイノルズ侯爵でございます。ボリス殿は殿下に手をかけたため、やむなく拘束しております」

モーブレー公爵が説明した。


ブルーノ伯爵と呼びかけられたジョゼフが、苦々しげな調子でレイノルズ侯爵へ声をかけた。


「この男、貴殿のご子息だそうだが、パーティ会場に於いて、セドナ王国の王太子殿下に対し、暴言を吐き手をかけた」


「それは、殿下とはまったく存じ上げなかったため……」


「名乗ったのだが」


「それは、あの、まあ、件の女性が当家の婚約者であったため、頭に血が上ってしまったのでございましょう。一時的なことでございますれば、何とぞ……」


モーブレー公爵が割り込んだ。


「その場にいたリーズ伯爵令嬢には、私が通訳を依頼していた。ただの仕事だ。それと少なくとも、私が通訳を依頼した時点において、リーズ嬢には婚約者はいなかった」


モーブレー公爵は婚約者のいるような女性を斡旋したとは思われたくなかった。彼は言葉を続けた。


「婚約の件だが、リーズ伯爵にも確認したが、事実無根とのことだが?」


「ええっ?」


叫んだのはボリス。


「そんなバカな」


傍らの侯爵は顔色を変えた。


「リーズ伯爵は知らないと言っていた」


レイノルズ家の二人はたちまち顔色を悪くした。


他人の婚約者と仲良くしていては、多少荒い言葉をかけられても仕方がない。少なくとも情状酌量の余地があると考えていた。


だが、真っ向から婚約者ではないと言われれば、その言い訳が成り立たない。


「そんなことはないはず。伯爵は婚約契約書にサインすると……」


「婚約契約書はどこにあるのですか?」


モーブレー公爵が丁重に尋ねた。


レイノルズ侯爵は、言葉を詰まらせた。


「リーズ伯爵の手元にあるはずだ。近日中にサインして送り返すと……」


モーブレー公爵が言った。


「そんなものは、ないとリーズ伯爵は言っている」


ボリスにはわからなかったが、父親のレイノルズ侯爵にはわかった。

リーズ伯爵が裏切ったのだ。


正確には裏切ったのではないだろう。ひよったのだ。


きっと騎士か憲兵が、伯爵のところへ話を聞きに行ったのだろう。


小心者で臆病な伯爵の性格をこれまで散々利用してきた。

もし裁判にでも出て争いになったら、姉のリリアスの婚約破棄の賠償金は、負けるか、少なくとも額は減らされるに決まっていた。だが、レイノルズ侯爵の剣幕に押されて、伯爵はずっと支払っていた。


その性格が裏目に出たのだ。

リーズ伯爵は、レイノルズ侯爵より怖いものが出現したら、そちらの言うことを聞くに決まっていた。


「そんな。シエナに聞けば婚約していると答えたはずだ。父親に聞いているだろう。俺と結婚しないと借金が増えるだけなんだ。シエナに聞いてみてから話をしてくれ。喜んで結婚すると答えるはずだ」


ジョゼフは目の前が暗くなる思いだった。


それでは、シエナはまるでモノのようだ。借金のカタに売り買いされる娘。


このバカボリスは、どうして自分が手を縛られて、父親まで呼び出されているのか、まったく理解していない。


「リーズ嬢がお前と結婚したがっているだと?」


案の定、隣がアップし始めた。

アラン殿下、お願いだから馬脚を現さないで。黙ってて。

ジョゼフは心の中で祈った。


不敬罪で終わらせて。


でないと異国の地での殿下の熱愛物語が出来あがっちゃうから。


しかも、マズいことに、この熱愛物語は事実らしい。シエナをセドナにお持ち帰りになる勢いなのだ。


それだけは勘弁して欲しい。

監督不行き届きで、セドナに戻った時に問題になる恐れが……いや、確実に大問題だ。


せめて、公的にはバレないで欲しい。例えば、モーブレー公爵なんかには。


しかし、場の空気を読むどころか、アラン殿下は王太子だとこれだけ直接的に教えられても理解できないボリスがまた余計な発言を始めた。それも、得意そうに。教えてやろうと言わんばかりだ。


「そりゃそうだろ。でなきゃ親父の借金が増えるんだ。俺の嫁になるしか生きていけないんだ。大喜びさ。シエナを呼んでくれ」


ボリスも煽らないでくれ。


この男は正真正銘のバカだ。

こんな調子では、社交界でどんなに探しても妻なんか見つかるはずがなかった。


「王太子殿下に向かって、何という口の利き方だ」


ものすごく慌てたゴート側の高官が、ジョゼフの目配せに反応した。


「これ以上、殿下に不愉快な思いをさせたくないものですな」


ブルーノ伯爵ジョゼフが要求した。


殿下が愛を叫び始める前に、ご退場願おう。

シエナなんか連れてこられたら、態度でいろいろバレてしまう。


「牢へ入れておけ」


焦ったモーブレー公爵が命じた。


「なぜだ? シエナを連れてくれば済む」


「リーズ嬢が何と言おうと、婚約を決めるのは父上になる」


「シエナは俺と結婚したいに決まっている」


そんな訳ないだろと、正直、その場の全員が突っ込んだが、ボリスは本気でそう信じているらしい。


「未成年のリーズ嬢には自分の運命を決める権利がないのだ。だから、呼んでも意味がない。伯爵が決めることだ」


ジョゼフはそう言ったが、この悲劇の始まりは全部そのせいだったなと思い起こした。


もし、リリアス嬢にしたところで、父のリーズ伯爵が少しでも娘の意見を聞いてやれば、こんな悲劇にならなかったのに。


リオの様子に気をつけてやれば良かったのに。


そしてシエナをまるで道具のように扱って、こんなろくでなしとの結婚を決めてしまった。


横でアラン殿下がため息をついた。


きっと同じことを考えているに違いない。


手を縛られたまま連れていかれるボリスを黙って見送った侯爵に、モーブレー公爵が伝えた。


「ボリス殿の処分はセドナに任せようと思う」


レイノルズ侯爵がたちまち顔色を変えた。何をされるかわからないと考えたに違いない。


「何ですと? この国はいつからセドナの支配下に置かれるようになったのですか?」


「もちろん、この者の処罰は、ゴートにお願いしたい」


いきなりアラン殿下が割り込んだ。

それまで黙っていたのだが。


「この者が言う通り、セドナが、個人の暴行の責任を国として取るというなら、それはそれで大いに結構だ」


留学中の王太子に外交上の義務などないが、両国の間には懸案事項がもちろんある。

ゴートがレイノルズ侯爵家をかばって、譲歩してくれるなら、とてもありがたい。


「レイノルズ侯爵、貴殿の意見は拝聴に値する」


ジョゼフことブルーノ伯爵も深くうなずいた。そして、モーブレ公爵に向かって言った。


「貴国の人間の処分を任されて、不適切だったと言われれば困ってしまう。自国の法にはそれなりに詳しいが、貴国の法律に通暁しているわけではない。ただ、あれほどまでの無礼三昧、しかもなんの根拠もない権利を振りかざして殿下を侮辱するなど不快極まりない」


随分強い言葉だ。だが、リーズ伯爵が婚約を否定したことで、レイノルズ侯爵に言い訳はなくなってしまった。ただの言いがかりと隣国の王太子に対する狼藉(ろうぜき)である。


モーブレー公爵は、自分では気が付かなかったが、小刻みに震え出した。

レイノルズ侯爵に向かって怒りが抑えられなったのだ。

これではセドナの言いなりだ。

こんなところで、外交的な失点は避けたかった。

それをこのバカ親子のせいで、ゴートはセドナに頭を下げなくてはならなくなってしまったのだ。


「レイノルズ侯爵、ご子息の言動に対して、セドナの王太子殿下に申し上げるべき言葉はないのか」


せめてお前は謝れと言いたい。


「……申し訳もございません。勘違いのために、この上もなく高貴な方に大変な失礼を働いてしまいました。お詫びのしようもございません」


しばらく黙っていたが、ついにレイノルズ侯爵が口を開いて、謝罪の言葉を述べた。


ボリスほど頭が悪いわけではない。

この場で謝らなかったら、どんどん歩が悪くなる。

個人の問題ではない。ゴート側の失点だ。その責任はボリスと自分にあると言うのが、ここにいる連中の言い分だ。


しばらく誰も口を利かなかったが、ジョゼフが言った。


「殿下が殿下であることは勘違いではない。何回も説明した。注意されてもなお殿下に手をかけた。これは事実なので、モーブレー公爵にご確認いただきたい」


モーブレー公爵は緊張した面持ちでうなずいた。


「婚約の有無に関しては我々の知るところではないが、当事者であるリーズ伯爵が否定した」


「私はっ……」


レイノルズ侯爵が言いかけた。成立したつもりだったと言いたいのだろうか。


「それは我々の関知するところではない」


「妥当で納得のいく処分を期待している」


王太子殿下とブルーノ伯爵はレイノルズ侯爵には答えず、モーブレー公爵に言葉を投げかけると応接室を出て行った。


「ジョゼフ」


アラン殿下は呼びかけた。


「何でございましょう?」


「リオに、今の話を伝えてくれ」


ジョゼフは片眉を上げた。

どう言う意図か計りかねたのである。


「リオに言えば、シエナに伝わる。シエナは自由だ」


アラン殿下は平静な様子で言葉を続けた。


「僕はこの国を離れるから、リオに言わなくちゃいけないだろう」


お前が守れと。






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