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どん底貧乏伯爵令嬢の再起劇。愛と友情が、なんだか向こうからやってきた。  作者: buchi


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第63話 最後の夜

先生にうながされて、シエナは困った。

キャロライン嬢の前に出るだなんて、僭越も甚だしい。でも、ダンスパーティの運営に支障がないようキリキリしている監督の先生に逆らうなんて、絶対無理だ。


シエナが横に小さくなって並ぶと、キャロライン嬢は灰緑色の目を躍らせた。


「シエナ、頑張ってね」


キャロライン嬢は熱のこもった調子でささやいた。


「え?」


「いつだって、私たちはあなたの味方よ?」


「あの、はい?」


なんだか意味がわからない。私だけではなくて、私たちって誰のこと?


大体、一介の伯爵令嬢が、公爵令嬢の前に出るだなんて、許されることではない。


事情があるのだけれど、この場では説明できないし。


キャロライン嬢は、さぞ怒っているだろうと思っていたのに、彼女はものすごく楽しそうだ。どうぞどうぞと場所を譲ってくれる。


「し、失礼いたします」


シエナがキャロライン嬢の前に出ると大勢がシエナを睨みつけた。


先生はシエナが先頭に立った途端、会場につながるドアを開けた。


明るい!


パーティは夕刻からのスタートだった。

日はもう落ちて、外は暗かったが、パーティ会場はどこもここも明かりが灯され、眩しいくらいだ。


「さあ! 進んで!」


目が慣れると、ズラリと男子生徒が並んでいるのが目に入った。


一番手前にいるのが、アラン様。


令嬢方は、その姿を見た瞬間に、アラン・レッドが王太子殿下だったのだと言うことを実感した。


そこにはもう、気さくで物柔らかな様子の人物はいなかった。


見るからに高そうな服を当然のように身につけ、人を圧する雰囲気がある。


口元に微笑みを浮かべ、堂々と立っていた。


だが、パッとシエナを見て、顔を歪めた。


「早く行って!」


先生がイライラして、もたついているシエナに言った。


シエナは心臓が飛び出そうだった。


アラン様が怖い。


シエナがアラン様に逆らったのは初めてだ。


シエナのドレスは青のドレス。

アラン様が贈ってくれたドレスではない。


アラン様の贈ったドレスの色はローズ色。全く違う色合いだ。


シエナはアラン様の側によると、深くお辞儀をした。


「シエナ」


アラン様は思い詰めたような顔で言った。


「君は選んだんだね」


シエナは深くお辞儀した。


もちろん、そんな意味はこのドレスにはない。


「私には、もったいのうございます」


アラン様は少し焦って、一歩前に出た。


「君の為のドレスだと言うのに」


シエナは頭を下げた。


「ただ、僕は……」


ただ、何だと言うのだろう。


「ただ、今、この瞬間だけ、夢を見たかった」


アランはシエナの手を取った。


「君と踊れることを」


「ですから、参りました」


「それなら、どうして僕の贈ったドレスを着てくれないの?」


「それは……」


アラン様のドレスを身に纏うことは、全てがアラン様のものになってしまったような気がする。


ダンスのためには相手の手を取らなくてはならない。アランは手に力を込めた。


「僕の本気が怖くなった?」


シエナはたじろいだ。


「シエナ、好きだ」


アラン様はダンスパーティのどさくさ紛れに、握った手を引き寄せて、シエナに言った。


「本当はずっと好きだった。言いたかった。離れたくない。ずっと一緒にいたい」


だが、容赦なくダンスパーティの最初の曲が始まって、列の最初の組は、先頭を切って会場の真ん中へ進まなければならなかった。


「ああ。行こう、シエナ」


たかが学園のダンスパーティ。


軽すぎる催しだ。王太子殿下が出席するような会ではない。


だからこそ、彼が姿を表すと、かすかなどよめきが起きた。


事情を知らない人たちは、思っていた公爵のご子息ではなく、別の人物が先頭に立っていたから驚いて声を上げ、その先頭に立った人がセドナの王太子と知った人たちは、身を乗り出してその姿を見ようとした。


「セドナの王太子殿下」


その名は次から次へとささやかれ、人々の耳目を集めた。



彼らが会場の真ん中の方へ向かうと、それとは違う熱量の、理由のわからない騒ぎが起きていた。


「青だわ! リオ様の勝ちよ!」


手に手に赤や青のうちわを手にした女性たちが大興奮している。


「でも、パートナーはアラン様なのね!」


「パートナーはアラン様と決まっていたのよ! 賭けは、ドレスの色! アラン様はローズ色、リオ様は青のドレスを贈ったの。そして、見て!」


シエナが着ていたのは青のドレス。


遠くからでも、ドレスの色は判別できる。


二人の踊りは見事で、背格好といい、素晴らしかったが、それだけが理由で注目を集めたわけではなかった。


「見て! リオ様はお一人だわ!」


「パートナーを断られたのね?」


「でも、笑っているわ」


リオは微笑んでいた。口元から笑みがこぼれる。



その時、リオの目の前を一人の男が横切って行った。

ちょっと、若者ばかりのこの会場にはそぐわない感じの男だった。

身なりからして貴族階級の者に間違いはなかったが、学生ばかりのこの場では、かなり年嵩に見える。


その男が急ぎ足で、シエナの方へ向かって行った。



シエナとアラン様は、一曲踊り終えて、飲み物を運ばせて話をしていた。


「今だから言うけど、どんどん惹かれていった。こんなことを言うわけにはいかなかった。だけど、君の裏切りに僕は一言言いたい」


「裏切ってなんかいませんわ」


「どうして? パートナーから贈られたドレスを着るのが、この国の習慣だって聞いたよ?」


アランは屁理屈が得意だ。シエナを責め立てた。


「お詫びが欲しいな。何か」


「あの……差し上げられるようなものは何も。アラン様や……」


リオからもらったもの以外、シエナには何もない。だが、リオの名前を出すと、アランの機嫌が悪くなることは必至だったので、シエナは言葉を飲み込んだ。


アランの目が物欲しそうに光った。


「この唇とか……暗闇での散歩とか……」


ヒィイ! 神様、助けてくださいっとシエナが怯んだ時、アランの背後に立った男が言った。


「おい、小僧」


小僧?


アラン様は仰天して後ろを振り返った。


手が伸びで、荒々しくアランの肩を掴んだ。


「婚約者を差し置いて、そんな真似をするとはどう言うつもりだ」


その男は、正装を身に着けていたが、アランの上品で上等な夜会服には及びもつかない。

慌てた警備の者がバラバラと駆けつけてくるのが見えた。

今夜ばかりは目立たないようにとアラン様から厳しく言い渡され、少し離れて警備してたのだ。


「婚約者?」


アランは目を丸くした。


「そんなものはいないと調査結果は出ているぞ?」


男はせせら笑った。


「古いんだよ、データが。婚約は最近決めたんだ。もらってやろうってね。俺はレイノルズ侯爵家のボリスで、この娘の婚約者だ。アラン・レッドとか名乗っているそうだな、小僧」


アランは黙っていた。すでに数人の警備の人間がボリスの背後には張り付いていた。


「どっかへ消えろよ」


ボリスがアラン殿下に悪態をついた。


「婚約者なら、君がこのドレスを贈ったのか?」


「ドレス? いや。この女の父親は俺に借金がある。正確には俺の親父にだがな。このドレスを誰が贈ったのか俺は知らないが、このドレスは俺のものだ。おれの婚約者のものだからな」


アランは頷いた。このドレスは、この下品な男の趣味ではない。最初からアランはこのドレスの贈り主はリオだろうと思っていた。

どことなく品があり、清楚な雰囲気はリオの趣味だろう。アランは、シエナならどんな下品なドレスでも、上品に着こなしてしまうだろうと思っていたが。


「それはそうと、どけ。どうせ地方貴族の(せがれ)だろう。顔がきれいだからって、どんな女の相手をしてもいい訳じゃない。婚約者がいる女だっているんだ。婚約は契約だからな。勝手に反故にはできない」


もう一度、ボリスはアランの肩に手をかけた。途端にがっしりした手が、ボリスを抑えた。


「なんだ?」


「不敬罪で逮捕します」


「なんだと?」


「王太子殿下の肩に触れた罪で」


「お、王太子殿下? 俺は王太子殿下が誰だか知っている。まだ五歳の子どもだ。ふざけるな」


「セドナの王太子殿下であらせられます」


びっくりして、ボリスは改めてアランを上から下まで眺めた。


良い服を着ている。それこそ、ボリスではとても手が届かないほどの服だ。


「セドナの王太子……」


ボリスは、シエナの方を振りかえった。顔を歪めている。


「この尻軽の淫売め。姉と同じか! 父親に言って借金を増やしてやる。お前のところの伯爵家が身動き取れないほどのな!」


それからアラン殿下に向かって言った。


「失礼しました。知らないこととはいえ。でも、この女が悪い。父親との話がついたので、婚約を結ぶことになったのです。本人も知っているはずです」


シエナはこっそり首を振った。


「契約書は?」


「は?」


「貴族の婚約に契約書は必須だ。必ずあるはずだけど。作成されるまで正式とはいえないな」


「そんなもの。この女の親に言えばすぐ作ります。なにしろ、うちに借金があるのでね、だから、存在するも同然です」


「一応、その借金とやらも調べさせてもらったよ。根拠は薄弱だね。伯爵が同意しているので成立しているようだが。裁判になればどうなるかな」


ボリスは、明らかにそう言った問題について考えたことはなかったらしく、少し困った様子だったが、こう返事した。


「どうでもいいさ。なにしろ、この女は俺の婚約者になるんだ。王子様だって、口出しできない」


だが、がっちりと掴まれた護衛の手は離れなかった。


「王子様。この護衛さんに手を離すよう言いつけてくれませんか。それからその女……」


「リーズ嬢と呼べ」


アラン様が冷たく言った。


「お前の婚約者ではないだろう」


「婚約者だ。この女の親がこれからサインする。同意しなければ、借金の額が増える。俺と結婚すれば借金は半額になる。お前のような子どもにはわからない法律の世界なんだよ」


ボリスは偉そうに肩を揺すった。

揺すろうとした。

だが、護衛の手はまるで鋼鉄のようだった。動くと指が肉に食い込むだけだ。


「痛いよ!」


アランは見下げ果てたように、もう三十代半ばくらいのダブダブに肉をつけた男を見た。


「借金のカタか」


そんなふうな結婚を強要される女も多い。それも知っているが、面白いとは思わない。


「今、お前の親を呼びにいっている」


「え? なぜ?」


「セドナの王太子殿下に対する不敬罪だ」


護衛が説明した。


「僕は、ゴートの王太子殿下とは砂遊びしかしたことはないけど」


アランは冷たく微笑んでボリスに言った。


「国王陛下とはよくお話をする。君、ボリス君、僕は君の行動について、陛下に申し上げたいことが出てきたよ。今、名乗った通り、僕はセドナの人間でね、そういう法律的な問題についてはゴートでは唯一の知り合いである陛下の手をわずらわせることになってしまう」


国王陛下など、拝謁したことすらないボリスにはピンと来ない話らしかった。


「こ、国王陛下?」


アラン様はうなずいた。


「ゴートの知り合いに相談するんだ。君の話には、いろいろおかしな点があるよね」


おかしな点があると言われてボリスは黙った。


後ろをこわごわ盗み見てみると、彼の後ろにいたのは、腕を掴んでいる男一人ではなかった。


どう見ても本職の騎士、それも相当の手練れではないかと思われるような連中が何人も立っていて、全員、極めて真剣な表情をしていた。遊びとか友達の加勢ではない。本気だ。


「ちょっと。俺は、当然の権利を行使してるだけだぜ? どこの世の中に婚約者を取られて黙っている男がいる?」


「婚約者でなかったら?」


ボリスは困惑した。


「婚約者に決まってるだろう! 俺の親父がそう言ってるんだから」


「お前の父親には呼び出しをかけている。だが、これ以上の会話は不快だ。この場の雰囲気を壊している。不敬罪だけでも、十分な拘束の理由が立つからな。連れて行け」


護衛がサッと動き、騒ごうとしたボリスは口を塞がれ、あっという間に連れ去られた。


「アラン様……」


アラン殿下はシエナに向き直った。


「うん。僕にできることが見つかったよ。君を自由にすることだな。あのつまらない頭の悪い男から、まずは解放しなくちゃね」




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