第62話 勝負と賭け
「真剣勝負?」
イライザ嬢は面食らって、キャロライン嬢の顔を眺めた。何の勝負なのかしら?
「どっちが勝つか。陽気で強気なアラン様の発信力強めな愛が勝つのか、リオ様の伝わりにくいむっつり溺愛が勝利するのか!」
「え?」
「ドレスが二着シエナ宛に届いたって聞いた途端に、ひらめいたのよ!」
ひらめいた? 何が?
キャロライン様はワクワクしているらしかった。
「今、どっちがどっちから贈られたドレスなのか確認したわ!」
キャロライン嬢は勝ち誇ったように宣言した。
「家主特権よ!」
キャロライン様、なんて野次馬なことを。公爵令嬢ともあろうお方が。
「聞けば、アラン様からと、リオ様からじゃないの、これは俄然盛り上がってまいりました!」
なんだか、自分の口癖が、公爵令嬢に移ってしまったらしい。絶対、後でカーライル夫人から叱られる。
まずくすると今後出禁になるかも。
「シエナがどちらのドレスを選ぶかよ! 重要問題よ」
そう言われれば、それは確かに。
「あの二人、わかっているのかしら? 二人ともがドレスを贈ったってこと?」
「ええと、そう言われれば、知らないかもしれませんね……」
イライザ嬢もようやく気が付いた。
イライザ嬢はリオ様陣営の人間である。
リオ様の動向は概ね把握している。
だが、コーンウォール卿夫人からドレスの話は出なかった。
もしかすると、コーンウォール卿夫人も知らないのかもしれなかった。
「これは……」
「ねっ? すごいわ。シエナは、一体、どちらのドレスを着て現れるか?」
「な、なるほど?」
究極の選択だ。アラン様かリオ様か。
とはいえ、単純にどちらの手を選ぶかと言ったような問題ではないかもしれない。
いつの世のシンデレラも、お話には書いていない色んな事情を抱えていたに違いないのだ。
だがしかし、今、イライザ嬢の頭の中をくるんくるん回っているのは、そんな問題じゃなくて、来月号の表紙とタイトルだ。
何の表紙とタイトルかって?
聞くも愚かな。
マンスリー・レポート・メンズ・クラシック!
うまい具合に、以前使用した絵姿が、あの二人分そろっている。
あれに手を入れて、二人を向かい合わせ、いや、反対側を向かせて、顔を半分づつ載せる。そこは絵師さんにお願いしよう。
ちょっとバチバチな感じにしてもらおっと。
タイプの違うイケメン同志のナンバーワン対決だ。
絶対売れる! 大ヒット間違いなしだ!
タイトルはズバリ……ん? なんだろう?
いや、これは見に行かなくちゃ。見に行かなければ決められない!
「楽しみですわねっ! キャロライン様!」
「やっとイライザ嬢もわかってくれたのね! ブルー対ローズが合言葉よ!」
「まあっ! ステキですわっ さすがキャロライン様! ブルー対ローズですねっ」
絶対、流行らせなくては。
ダンスパーティに、参加しない・出来ないファンクラブのメンバーは数限りなくいる。
それぞれの贔屓のうちわを取り急ぎ作らねば!
親が決めた結婚以外、考えたこともない人物が、もう一人学園に住んでいた。寮生として。
今まで、婚約の話は何度も浮かんでは消えた。
アランは王太子殿下だったから、縁談は生まれた時からいつもあった。正式に決まったことも何回かある。
だが、結局、都合で流れていった。会ったこともない婚約者たち。
それに比べて、シエナとは毎日会っていた。美しい、美しいシエナ。
彼の住む南の国にはいないタイプの見たこともない種類の儚げな美人だった。
よその国で、誰も彼の顔を知らないところで自由に振る舞うことがどんなに楽しかったことか。
アランは、なんの気兼ねもなく、ざっくばらんに友達の悪口を言い、言われた側もまるで気にしなかった。
友達をからかったり、(本気ではない)悪口や文句を言ってみたかったのだが、品行方正な王太子殿下には許されなかったのだ。王太子殿下が文句を言ったなら、自国の場合言われた友達は命の心配をしなくてはならなくなる。
怒らせてしまった知り合いに、肩を殴られたこともある。ジョゼフは慌てていたが、翌日、自分も謝りに行ったし、向こうも許してくれて、殴った件を謝ってくれた。それからあとは友達だった。
王太子殿下だから心配してくれるわけではなく、友達だから心配して、アランと遊ぶのが楽しいから声をかけてくれる。
昼休みになると、シエナがくる。おしゃべりをしながら、昼食を取る。
キャロライン嬢やアリス・ダーマス嬢が混じることもある。なぜだか、テオドールや、ダーマス嬢に何か含むところがあるらしいアーネスト・グレイが一緒になってきたこともあった。
だが、どれほど楽しい時間にも、終わりがある。
「ジョゼフ、これでいいかな?」
学校のダンスパーティの日、アランはジョゼフに尋ねた。
「ご立派でございます。アラン様」
アランは鏡に向かって満足そうに頷いた。
王太子だから、マンスリー・レポート・メンズ・クラシックの表紙になったのではない。
この国では、そんなこと通用しない。(ちょっとは、そのせいもあったが)
あのむかつくリオほどではないかもしれないが、アランは十分に顔立ちは整っていたし、それを上回る愛嬌の良さがあった。
「要するにチャラ男なんだな」
ジョゼフは内心思ったが、それは内緒だ。
最後のダンスパーティの夜が来た。
学校の女性用の控え室に割り当てられた部屋には、令嬢たちがいっぱい詰まっていた。
厳正に定められた順位というものがあって、それに従って彼女たちはダンス会場に入場する。
場所の都合で男女別々の控室から会場で合流し、カップルはカップルとして組んで、ダンスの場へと進むのだ。
女性では、例えばキャロライン嬢が先頭になって会場入りし、イライザ嬢は後ろから数えた方が早い。もっともイライザ嬢が参加したのは婚活のためではなくて、取材のためだけれど。
「リーズ嬢、リーズ嬢はどこ?」
ノートを片手に持ちメガネを掛けた先生が急ぎ足で入ってきた。
今日のダンスパーティの監督の先生だ。なんだか気が立っているように見える。
「ああ、シエナいたのね……」
その時、先生は、目を奪われた。
シエナは素晴らしいドレスを着ていた。
宝石も一流だった。
本人は顔を紅潮させ、普段の顔色の悪さが嘘のようだった。
「なるほど。贈って頂いたのね」
シエナはかすかに頷いた。
「シエナ、先頭に出て!」
ええー?と言う声がして、周りが一斉にザワザワした。
「ダンスパーティが始まるわ」
先生がメガネを押し上げながら、言った。
「でも、今晩のパーティはプチお披露目なのよ」
お披露目? なんの?
「先生、なんのお披露目なのですか?」
イライザ嬢が列の後方からよく響く声で尋ねた。他の令嬢たちも頷いた。
「実は、今夜は、セドナの王太子殿下が来られているのです」
一瞬、静かになったのち、えええーっという大声が女性の控え室から響いた。
「静かになさい。はしたない」
先生は叱って、女生徒たちは黙った。
「実は、ずっとおられたのですよ、この学校にね」
まるで電気でも通したかのように、全員が黙った。そして先生の顔をみんながじっと見つめた。
シエナ以外。
「アラン・レッド様。それが、殿下の留学生としてのお名前でした」
キャーともワーともつかないどよめきが響いた。
「まさか?」
「ウソでしょー?」
「いいえ。本当です」
静かにしなさいと言ったような身振りで、先生は皆を静めた。
「今日でアラン様は王太子殿下に戻られます。ですから、本日のダンスパーティの先頭はアラン様の組になります」
そして、シエナに向かって言った。
「アラン様の今晩のパートナーはあなたです。先頭に出なさい。男性の中で殿下より身分の高い者はいないのだから。そしてあなたはその王太子殿下のパートナーなのですから」




