第57話 テオドールの告白 その1
翌日予定通り、公爵邸に男三人、女二人が集まった。
「かわいいな!」
アラン様は二人の淑女を迎えると、思わず感に堪えずと言った様子で、感想を述べた。
キャロライン嬢はにっこり笑い、シエナ嬢はしめやかに微笑んだ。
「では、さて、行こうか!」
アラン様は、なにかテンパっているのか、口振りが怪しい。
「アラン様とキャロライン嬢、シエナ嬢、リオ様は馬車へ」
ジョゼフが丁重に案内した。
「お前は?」
アラン様が聞くとジョゼフは丁寧に答えた。
「騎馬でお供します」
「じゃー、あいつが馬車に乗るのか?」
あいつとは、リオのことである。
「ご同乗願います。男性がお一人でご婦人方とご一緒というのは、はばかられますから」
アラン様は見る間にわかりやすく膨れた。
「ジョゼフ殿、私が馬に乗りますから」
リオが控えめに提案すると、今度はキャロライン嬢が分かりにくく膨れた。
しかし、あいにく、この場で最も位が高いのは、アラン様だった。
キャロライン嬢は知らないが、後の三人は(リオはなんとなくだが)わかっている。
そこで権力勝ちということで、リオが馬車を降りて、代わりに複雑な顔をしたジョゼフが乗り込んだ。
正直、ジョゼフにしたら大迷惑だ。
「お前、運がいいな」
馬を交代するときに、ジョゼフはリオに悪態をついた。
車内の雰囲気を考えると、なんとも微妙。
「俺、どうしよう……」
リオは知らん顔していた。
だが、後から考えたら、これがよくなかったのである。
農家に着く前に、事件は起きた。
道端で突然、大声で救いを求める声が響いた。
「なにかしら?」
うっかり好奇心で、キャロライン嬢が顔を覗かせてしまったのが運の尽きだった。
そこにいたのは、顔面コンプレックスのマグダネル侯爵令息テオドールだった。
「あっ キャ、キャロライン嬢!」
後でシエナがイライザ嬢に語ったところによると、見るも無惨なくらいの猿芝居だったらしい。
「足を! ケガしてしまったのです! 動けません! お助けください」
「ケガ?」
仕方がないから、騎馬のリオがそばに寄った。
「あっ、リオだ。しまった、バレた」
「お前か……テオドール」
うんざりしたような口調でリオが言い、ブライトン嬢はそろそろとその赤毛の頭を引っ込めた。
話は、シエナ嬢が鮮烈なデビューを飾った貴族学校のダンスパーティまで遡る。
入学してからさほど経っていないのに、すでにリオは大評判だった。
もっとも、毎年、貴族の家柄の者が特待生になると結構な注目を浴びる。なにしろ将来の有望株だからだ。そして、みんなが顔を見にいく。
この顔を見にいくと言う行為が、リオの場合、致命的だった。
どう見てもイケメン。しかも誰かに媚びを売るようにも見えない。凛としたクールイケメン。
キャロライン嬢が、イライザ嬢が、ダーンリー侯爵令嬢が、特攻をかけたって無理はないではないか。
そして、身の程知らずにも、色々と勘違いしたというか何というか、キャロライン嬢たちがリオめがけて騎士学校へ突進してきたのを、特攻をかけてきたのは自分じゃないかという物凄く都合のいい妄想に一瞬ハマってしまった、人には言えない過去の持ち主がテオドール・クレイブンだった。
リオと同じ騎士学校の生徒だったのが不幸の始まりだった。
さすがにこの勘違いは瞬時に消え去った。
他ならぬキャロライン嬢その人の手によって。
と言うか、口によって。
『見目麗しい方が(好き)』
……玉砕。
自慢ではないが,このテオドール・クレイブン、容姿だけは人から誉められたことがない。
人間は見た目ではない、中身であると言うのが、彼の持論だ。
奇しくもその点だけは、ブライトン嬢とも意見は一致した。
ブライトン嬢も、女性の見かけだけを評価する男性は大嫌いだった。
「女性も実力の時代が来たのよ」
これを聞くたびに、赤公爵ことブライトン公爵は頭を抱えていたが、男性の見かけだけを評価するマンスリー・レポート・メンズ・クラシックは、ブライトン嬢の大好物だった。製作者のイライザ嬢を庇護し、場所を提供するくらいには。
「矛盾しているとは思わないか? 人を見かけだけで判断してはならないと言ってるくせに、あの見かけだけのリオのファンクラブに入るだなんて」
テオドール・クレイブンは、幼な馴じみのアーネスト・グレイに相談したが、相手は虚ろな目をしていた。
アーネストの方は、同じダンスパーティで、アリス・ダーマス嬢と遭遇して初めて自分の性癖と向き合ったのである。
正直、それまではこんなにきっちり認識していなかったが、向き合わざるを得なくなったのである。
アリス嬢のハイヒールに踏みつけられたい。
アーネストは深く悩んでいた。
アリス嬢のハイヒール事件は、なかなかの衝撃だった。
その、性癖の中身というのが、ちょっとアレだったので、おそらく失恋する前に、由緒正しい名家の令嬢などはそもそもお付き合いからして断られるのでは? お付き合いもダメということは、つまり、結婚も無理ではないかと。親にはまだ言っていない。
「いいじゃないか、お前は。顔がまずいくらいで……」
テオドールは、アーネストに羨ましがられた。
ちなみに口では中身第一主義者のくせにリオの追っかけを始めたブライトン嬢は、美人なのである。
言動が一致していない。……ではなくて、実力主義を標榜する癖に、自分は美人って世の中は不公平だ。
「赤い髪と緑の目……」
テオドールに性癖はなかったが(そのうち見つかるかも知れなかったが)、そうかといって彼には、これと言って誇れるものもなかった(容貌も含めて)。それなのに惚れた相手は結局美人。
「あるのは情熱だけだ……そうだ。告白しよう」
その心意気、リオには見習って欲しいものである。
「うざいだけだと思うよ?」
心からの忠告を受けた。あのアーネストから。
人間、他人に対しては客観的になれるものである。自分のことになるとおかしくなる。




