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第54話 わかってくれない

狭い部屋の中でシエナは、初めてリオを見たような気がした。


田舎の領地にいた頃より、肩幅が広くなり胸の厚みを増し、身長は十センチも伸びていないだろうが、体の大きさが全然違って見えた。


そして何よりも、田舎にいた時の、所在なげで、どうでも良さそうな雰囲気がなくなっていて、今のリオの目は何か目的を持っている人間の強い光があった。


そのこと自身は、シエナにとって好ましいはずだった。

リオは大人になったのだ。


だのに、なんだか、ものすごく居心地が悪い。そして怖い。


「両親が死んだ時、僕は伯父である伯爵の家に引き取られることが決まった。とても不安だった」


リオは低い声で話した。


「僕はまだ十一歳だった。両親と伯爵家は仲が悪くて……」


シエナは従兄弟がいるなんて一度も聞いたことがなかったことを思い出した。


シエナの両親は、自分達より爵位や財産などが上の人たちのことは、しょっちゅう話題にしていた。どこそこの公爵の夫人とお話ししただの、貴族議員にお目にかかって挨拶しただの、そんな話は自慢そうによく話していたが、爵位はないが裕福にやっている弟夫婦のことは一度も話題に出たことがなかった。


従兄妹と言えば、会ったこともない母方の従姉妹がどこかの公爵家に嫁いだ話が度々出てきたくらいなものだ。


「あの屋敷にへきて、暮らしが変わったことに驚いた。ずっと貧しい生活だった。誰も僕に何かしろという人もいない。世話をする者もいなかった」


狭い小部屋で、リオは言った。


「だが、とてもきれいな女の子があの屋敷にはいた。僕より年下に見えた。なのに僕のことを弟だと言うのだ。同じ席で食事をして、一緒に遊び、同じ家庭教師に教えてもらえと当然の様に勧めてきた。誤解だとわかっていたが黙っていた」


そんな……今、その話を聞くと、自分はものすごくバカだったような気がしてきた。


「厩番の男に聞いたら、何も伯爵が説明しなかったのは、従兄妹同士で同じ家に住んで、もし恋愛感情でも抱かれては厄介だと伯爵は考えたからだろうと教えてくれた。弟を相手にする姉はいない」


聞いてシエナは嫌な気がした。父の伯爵に対して、嫌悪感が湧いた。


「伯爵のことは大嫌いだった。尊大で、いつも無視されていた。僕があの家にいたのは、シエナ、君がいたからだ」


彼女は弟を可愛がっていた。だが、弟なんか存在しない。最初からいなかったのだ。


「毎年、僕の誕生日を祝ってくれて嬉しかったけれど、僕はあなたより半年前に生まれている。翌年に生まれたとしたら計算が合わないのだ。二つ年下だとは誰も思わないと思うけれど」


その通りだ。半年違いの姉弟なんかいない。一つ半違いでは、リオは大き過ぎた。


リオが苦笑しているのがわかった。


「今すぐとは言わない。僕を候補に入れて欲しい。あなたの夫として」


夫として? 婚約者ではなくて? シエナは大混乱に陥った。


さすが魔王! 様々なドレスや豪華な家具、薪の世話から食料品まで、至れり尽くせりの域を超えていた。果ては使用人は全員リオの手の者である。


がんじがらめに絡め取られている。魔王は怖い。

だが、その魔王は、なぜか苦しげに言った。


「シエナのことが好きなんだ」


目の前の魔王様が、突然、変身した。

弟じゃない。

とても怖い。引き込まれてしまうような何かがある。でも、同時に、気がついた。


この魔王は弱っちい。

か弱いシエナだけど、彼女がピンヒールで踏みつけたら、この魔王は悶絶するかも知れない。……嬉しくて。



「僕はあなたのいとこだ。あなたのことをとても大事に思っている」


リオは慎重に言葉を選んだ。


「結婚はまだ決めないでほしい。あのレイノルズという男は論外だと思っている」


まともな言葉に、シエナはほっとした。

現実問題、魔王様はお金持ちなのだ。


「あなたの意志を最大限尊重する」


「この間、リオが私の婚約者だとお父様の前で言ったではありませんか」


シエナは気になっていたことを聞いた。


リオはシエナの顔を慎重に見た。


「レイノルズ侯爵の息子のボリスと結婚したいと言うなら話は別だが」


「嫌です」


シエナは咄嗟に答えた。

リオは、ほっとしたようだった。


「あなたと僕が婚約していれば、レイノルズ侯爵家との結婚は逃れられる」


それは、その通りだが。


「伯爵邸に置いてあった、あなたが使っていた家具やドレスは全部引き上げた」


元々、シエナのものではないから、当然だけど……魔王の威力を再認識させられる行為だった。魔王様、もしかして意外にケチ?


「あの家に残しておくと、伯爵が売ってしまいかねない。子どもへなら、何をしても良いのだと考え違いをしている」


シエナはリオの言葉にハッとした。


その通りだった。


「ダイアナやヴィクトリアやアレクサンドラ、それからベイリー、そのほかマーゴも、伯爵に雇われることは断って、今は全員ハーマン公爵家で働いている」


「マーゴまで」


シエナはポツンと言った。でも、わかる気がする。


「給料を払っていなかったのだから当然だな」


リオが言った。

当たり前のことだった。マーゴは、必要な費用ももらえず、給料ももらえず、どうしたらいいのか、本当に困っていた。

家具やドレスはリオが買ったものだ。置いておくわけにはいかない。


だが、これで、シエナは本当に帰るところがなくなってしまった。


ボリス・レイノルズとの結婚を進める父の家になんて帰れたものではない。


「ところで、今後はどうするつもり? いつまでもブライトン家の厄介になっている訳には行かないだろう?」


シエナは魔王様に逆らうことになるとわかっていたが、言った。


「できれば、このままブライトン家で、キャロライン様の家庭教師になりたいと思っていますの」


「家庭教師?」


リオは驚いた。

お友達として、招待されただけだと思っていたのだ。


「セドナ語の。以前からお誘いがあったのですわ」


リオは焦った。それは想像もしていなかった。


「しかし、キャロライン嬢は、別にセドナに嫁ぐわけではないだろう。学校を卒業したら、セドナ後の専属教師なんかいらないだろう?」


「ええ。今のうちだけの契約です。例のボリス・レイノルズとの婚約話が消えれば、アンダーソン先生とも相談させていただいて、宮廷の女官として勤めるか、どこかの家の家庭教師になるつもりです」


シエナの声はしっかりしていて、考え抜かれたプランなのだと言うことがリオにも伝わってきた。


そこには、婚約者だとか、恋人だとか、旦那様だとか、そう言った単語は微塵も存在していなかった。


「シエナ……客観的に言って、あなたと結婚したい、どこかの令息はたくさんいるのではないかと思うのだけど?」


僕もその一人だけど。第一人者だけど。


「いいえ、いませんわ」


シエナは自信たっぷりに答えた。

リオは少し苛立ってきた。


「私、貧乏です。結婚するメリットなんかありません。誰にも欲しがられません。ボリスみたいな評判の悪い人物以外からは」


リオは泣きたくなった。どうして、この人は自分のことを認めないんだろう。

絶対、モテてる。狙われまくっている。なんでわからないんだ。

ダンスパーティの時も、リオが気づいただけでも、かなりの男がシエナのそばに近づこうとしていた。行動に移そうとしたヤツらの前に、リオがなんとなく立ちはだかったら、連中は察したらしく、何もなかったような顔をして去って行った。でも、絶対、次の機会を狙ってくるだろう。


「あのね、シエナ……」


だが、シエナは急に熱心に話し始めた。


「リオには、きっともっといい奥様がきますわ。身近で育った私を心配してくださるのはありがたいのですけど、弟でないなら、もう、そんな必要はありませんわ。申し訳なさ過ぎて」


これだ。なんとなくリオが感じていた恐怖がはっきりした。

シエナは義務感と誠実さと真面目さでできている。

そして、まだ恋を知らない……

リオの気持ちは空回りしている。これほどまでに好きなのに。


「アッシュフォード子爵には、これまでお世話になってお礼を言いたいと思っていました。でも、お礼を言うだけしかできないことはわかっていました。私、稼がなきゃいけないんです」


「シエナ。あなたは僕が嫌いなのだ」


リオはついに言った。シエナはびっくりしてリオを見つめた。


「そんなことはありません」


長いことためらった後で、リオは言った。


「身内として大事だと言うだけなのだろう。そうじゃないかと思っていた。僕の一方通行なのだろう……だが」


もう、拗ねたいくらいだ。なんで、わからないんだ。リオは口ごもった。


「ハーマン家は、つまり僕と伯母のコーンウォール卿夫人は、シエナが来てくれることを待っている」


リオにはうまく言えなかった。なんと言って伝えたら良いのか。恋心というものを。


「さっき言ったことは本当だ」


シエナは何も答えなかった。リオは続けるべき言葉が分からなくなってきた。


「いつでも頼ってほしい。お金でもなんでも」


二人は黙って座っていて、だんだん夕方になってきたのか、窓からオレンジ色を帯びた日の光が斜めに差し込んできた。


「なんでも」


リオは小さな声でもう一度言った。


シエナはなんとも答えなかった。




二人は、そのまま黙って外に出た。


「僕の家の馬車で送る。公爵家の馬車に乗るには少し遅くなったようだから」


リオがポツンと言った。


「僕は、馬で帰るから」


実際には、まだ時間は十分あった。


だが、この場をセッティングしたのが、イライザ嬢だったことを思い出したので、シエナはリオの申し出を受けることにした。


イライザ嬢と同じ馬車に乗って行くのが、ちょっと嫌だった。なぜなら、絶対色々聞かれると思ったからだ。


「忘れないで欲しい。いつでも、なんでも言ってほしい。待っているから」



まだ、午後を少し過ぎたくらいの時間だったが十一月の日が落ちるのは早い。


「早く戻ったほうがいい。暗くなるから」


そう言って、シエナを見送ったあと、リオは落ち込んでいた。


もっともっと長く一緒にいたかったのに。


シエナは自分のことを好きに間違いなかったが、弟として愛してくれていたのだろう。

弟ではないと言うのに。

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