第53話 図書室に閉じ込められたリオとシエナ
シエナはいつも通り学校には行ったけれど、心は乱れていた。
いろいろなことが一時に起きすぎる。
食堂を出たところで、シエナはイライザ嬢に会った。
「シエナ様。お久しぶりですわね」
イライザ嬢はにっこり笑った。
イライザ嬢はシエナを待っていたのではないだろうか。
「シエナ様、ちょっとお話をしませんか?」
断る理由もなくて、イライザ嬢と一緒に行ったのは、学校の図書館の中の奥まった小部屋だった。
「こんなところがあったのですか?」
シエナは驚いた。
「邪魔が入らない、いいところでしょう? 私、よく、ここで次の構想を練ってまして……」
ほんの少しだが、シエナは嫌な予感がした。
イライザ嬢の構想って、いったい何かしら。
「次は、アンジェリーナ・シークレットを創刊する予定なんです」
アンジェリーナ・シークレット?
シエナは首をひねった。
意味がわからない。
「採点方式なんですね、これ。男性目線で見た令嬢方の人気投票です。スッゴク需要はあると思うんです」
え? でもそれ、まずいんじゃあ?
なにしろ、マンスリー・レポート・メンズ・クラシックと違い、女性たちは婚活こそが全てなのだ。そんなところで勝手にランク付けなどされたら、たまったもんではない。
「絶対、載りたくないです」
シエナは、作り笑顔で一応言った。
貧乏令嬢とか、婚約破棄令嬢とかセドナ語令嬢とか、特別枠で載るかもしれない。どんな形でも載るのは嫌だ。
「ですから、シークレット」
いやいやいや。雑誌として売りに出されたら、シークレットじゃないでしょう?
「創刊号のアンジェリーナ・シークレット、ランキング一位は銀色に輝く髪と青紫の瞳の美少女です」
「……え?」
シエナの髪色と目の色だ。不吉な予感が胸をよぎる。
「その通り」
え? 本気で私?
「名前は出ません。シークレットですから。でも、みんなが見当をつけて納得するんです。腕のいい絵師も見つけました。その人の魅力だけを描いてもらうつもりです。顔形はハッキリさせないで。上品な作りになるはずです」
上品も何も、問題があり過ぎだ。もし、キャロライン嬢を載せたら、父の公爵が黙ってはいないだろう。何の勢力もないシエナだから?
「私が関わるのは、創刊号だけです。その後は売ります」
イライザ嬢がちょっと複雑な笑いを浮かべた。
「アイデア自身はいいと思ったんですけどね。やっぱり私は女性なので、男性にとっての女性の魅力を見つけることが難しくて。シエナ様の確かな実行力や気概、キャロライン様の活発で堂々とした行動力、アリス嬢の天然だけど現実的な応対力なんかに魅力を感じてしまうんです。でも男性の感じ方は違う」
えーと、えーと、それはどうでもいいんですけど。
シエナは完全に焦り始めた。
「そして、対象は貴族の令嬢ではなくて、町娘の方に取材先は流れていくでしょう。それなら問題は起きませんからね」
シエナはうなずいたが、どうして最初から町娘を出さないのかしら。
「私は演劇の方にも、関心があって」
イライザ嬢は続けた。
「そちら方面では、押しも押されぬ権威であるコーンウォール卿夫人には大変お世話になりました」
コーンウォール卿夫人! リオの伯母に当たる人だ。シエナは、イライザ嬢の話に耳をそばだてた。
「シエナ様、リオ様は、シエナ様の弟君ではありません。失礼ながら、コーンウォール様から伺いました」
「そ、それをイライザ嬢に知られると私は皆さまからの嫉妬の嵐に巻き込まれますわ!」
シエナは焦ったが、イライザ嬢はちょっと笑った。
「大丈夫ですわ。マンスリー・レポート・メンズ・クラシックは、シエナ様を応援しています。リオ様も」
そう言うと、ドアを開けた。
人の気配がして、誰かが……リオが入って来た。
「!」
魔王だ。魔王のような気がする。狭くて、机といすが数脚があるだけ、窓は小さくて格子がはめられていた。が、出口は一つ。体の大きなリオが出口をふさぐとその脇をすり抜けることなど、絶対に無理だった。物理的に。
「少しお話をなさってくださいませ。それは、私の恩人、コーンウォール夫人からのお願いでもあります」
イライザ嬢が言った。
「それでは、夕食までにはお戻りくださいませ。帰りの馬車は私が使わせていただきます。間に合えばご一緒いたしましょう。間に合わなければ、リオ様が送ってくださるでしょう。ただ……」
今度は、イライザ嬢は、リオの顔を見上げた。
「ブライトン家の夕食は正六時でございます。必ず間に合うようにシエナ様をブライトン家にお返しくださいませ」
「わかった」
イライザ嬢は愛想良くニコリと笑ってみせると、部屋を出て行ってしまった。
残されたシエナは、リオと狭い部屋に二人きり。
しかも、リオは魔王オーラを放っている。
だが、リオはため息をついた。
「シエナ、伯爵邸に行って来たよ。伯爵に会って来た」
シエナはほっとした。これは昔、領地にあるぼろ屋敷に住んでいた時のリオなのかもしれない。
「僕の両親が残した遺産はどうなったか伯爵に聞いた。僕は、あなたの弟ではない。従兄妹だ。それは話したから知っていると思うけど」
「……ええ」
「僕の方が数ヶ月だけれど、生まれ月も早い。どうして兄妹だと思い込んでいたのか、わからなかったよ。僕たちは全然似ていない。それに、僕はあなたをずっと……姉だとも妹だとも思っていなかったのに」
全然、ほっとできない。
一挙に緊張感がみなぎった。




