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どん底貧乏伯爵令嬢の再起劇。愛と友情が、なんだか向こうからやってきた。  作者: buchi


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第52話 当てが外れる

コーンウォール卿夫人から聞いたところによると、伯爵邸から荷物を全部搬出したあの日、厩番に身をやつしたベイリー(息子)が偵察に残っていたそうだ。


「敵情視察というヤツです」


ベイリーの話によると、約束通り、ボリス・レイノルズはめかしこんでやってきた。シエナに会えると思っていたのだろう。手には、花と菓子を持っていたそうだ。


だが、一歩、建物内に入ったボリスは、思わずたじろいだ。


家具がない。椅子も机もないのだ。座るところがなかった。

床には、雑に何かを引きずったような傷が残されていた。絨毯(じゅうたん)さえ()がされて持ち出された後だったからだ。


異様な有様に、ボリス・レイノルズは呆然とした。


「人が住んでいる場所とは思えない」


尋ねてきたボリス・レイノルズは伯爵に向かって言った。


「まるで廃墟だ。シエナ嬢はどこに? なぜ迎えに出ないのだ?」


「それが……友達のところに遊びに出掛けていて……」


伯爵はシエナの行き先を知らない。友達のキャロライン嬢のところにいるので、偶然正解になったが、ボリスは言い訳だと解釈して減少気味の毛を逆立てて怒った。


「なんだと? ふざけているのか。大切な婚約者が来る日なんだぞ? それにこの有様はなんだ?」


ボリスはあたりをジロジロ見回した。


思わずベイリーは身を縮こませたそうだが、うまいこと彼は見つからなかった。

そして、伯爵とボリスの話は意外な方向へ飛んでいった。


「さてはリーズ伯爵。娘を隠したな。シエナ嬢はここには住んでいないのだな。寮か」


「寮?」


伯爵の方が聞き返した。学園に確かに寮はある。王都に居宅を構えていない貴族はワンサといる。むしろ、よほどの家でない限り、二つの屋敷を維持することは難しい。


「そんなことはありません。寮費なんかとてもとても」


貴族学校の寮費は高い。


リオの騎士学校だって、特待生のリオは全然知らないが、寮費はかなりの高額。

リオは、その高い寮の豪華な食事を、大食に慣れているはずの食堂のおばさんたちから、「気持ちいい食べっぷりだねえ!」「もう、鍋で出そうか。お皿にシチューを足し直すの、めんどくさいし!」と言われるほど、食べまくり、体を作った実績がある。



「なんてことだ。婚約自体を解消するぞ」


ボリスは居丈高に痛烈な一撃を放った……つもりだった。


しかし、伯爵から返ってきたのは微妙な反応だった。


ボリス・レイノルズは、リーズ伯爵が泣いて(すが)るだろうくらいの勢いで、偉そうに婚約破棄を告げたのだ。


ところが伯爵にしてみれば、たった今、よく考えてみれば、ずっと有利な婚約話をリオから持ち込まれたばかりだった。


正直、常に威圧的に振る舞い、金の取り立てが厳しいレイノルズ家より、ハーマン家の方がマシなんじゃないだろうか。


「そうですか……婚約破棄も……やぶさかではないというか……」


伯爵は、子どもだった頃のリオには、いつも命令口調で話をしていた。

それが逆にリオに高圧的に出られたので、脊髄反射で反発したが、ハーマン侯爵家というのは悪い選択肢ではない。


ボリス・レイノルズは、何事かを感じ取ったらしい。何やら雲行きが怪しい。


彼の予想では、伯爵とその娘は、ボリスを大歓迎してくれるはずだったのだ。


偶然騎士学校のイベントで見かけた、ぼうっとするような美女が彼の元に泣きついて、結婚をせがんでくるはずだった。


ちょっと焦らすのも悪くないかもというのが、彼の予定だった。


あれだけの美女に付き(まと)われて、結婚をせがまれるのに、冷たくあしらうだなんて絵面(えづら)的にもなかなか悪くなさそうだ。


散々、お願いされて、あちこちのパーティで鉢合わせして、その都度、ダンスをして欲しそうに近づいてくるとか、ステキではないか。


そして、最終的に根負けして婚約に応じてやるのだ。


どんなに喜ぶことだろう!


「なにしろ父親の借金の件があるからな。お前の言うなりだろうよ。土下座してでも、結婚をお願いしてくるだろうて」


父親がそう言ったのだ。


ボリスはこれまで父の言う通りにしてきた。もちろん学校の成績や、素行に関しては父の期待にまるで添えなかったが、それ以外の部分では、父親の指示通りに動いて、失敗だったことは一度もない。今回も必ず父の言う通りになるはずだった。


「シエナ嬢を大人しく引き渡さないと、父に言って、借金を上乗せするぞ。それでもいいのか」


ボリスは大声で怒鳴った。


伯爵が本気で恐れているのは、侯爵当主である父親のジョンの方だ。


伯爵は結局、婚約をお願いしたいとも、解消したいとも言わなかった。


リオのことはずっと取るに足りない人間だと軽く見ていた。それが反発してきたので、ムカッとなったが、じわじわとリオの言う内容が頭に沁み込んできた。


レイノルズ家は怖いが、ハーマン家を後ろ盾に出来るなら何とかなるかもしれない。

それで、伯爵は態度を保留することに決めた。


ボリスは、シエナから泣いて結婚をお願いされるはずだったのにと(わめ)いて帰っていった。




以上、ハーマン侯爵家でベイリーは、不愉快そうにコーンウォール夫人に報告した。


ベイリーは話が有利な方に回ると、途端に態度を変える伯爵に不信感を持ったらしい。


「でも、あのボリス・レイノルズは、シエナ嬢には相当執着していますね」


「彼にとっては、条件がいいのでしょう。若くてあれだけの美人ですしね」


美人……シエナは貧しかったので、着飾ることがなかった。


あれだけの美人が着飾らないのはもったいなくて仕方ない。


リオもベイリーも、この点に関しては意見が一致していた。


リオはいくらでもドレスを贈る気満々でいるが、いつも必要ないと断られていた。


「いつかお返しする時に、高額なものをいただくと私が苦労しますわ」


ベイリー(息子)は、そのセリフを聞くたびに眉を寄せた。


シエナはアッシュフォード子爵がリオであることを知らなかった。


そんなこと考えなくていいのですよ、贈り主様は、あなたが受け取ってくれることを無上の喜びにしているのですから。


「宝石はそのままお返しすれば済みますが、ドレスだけはあつらえて仕立てたものですから、どうしても……」


シエナのセリフを思い出したベイリー(息子)は、ハーマン侯爵邸の中にあるコーンウォール卿夫人の部屋で、一緒にいたリオの顔を眺めた。


ボリス・レイノルズ撲滅作戦の会議の場である。


「この場にシエナ様が不在というのが、もっとも問題だと思うのですが」


ベイリーが指摘した。


コーンウォール卿夫人が頷いた。


シエナはきっとリオと結婚することに異議はないと思う、とベイリーは思っていた。

ボリス・レイノルズとの婚約話を蹴るにしても、シエナ本人が若くてイケメンで実力も兼ね備えた侯爵家の後継ぎ(リオ)と既に婚約しているのに、なぜ、あなたなんかと?と言い返せば、あの評判の悪いボリスなんて、勝手に消滅すると思うのだ。


社交界は案外厳しい。全くの外野だが、無言の圧力をかけてくる。

どこのパーティでもボリスは鼻つまみになって、出席しにくくなるだろう。


リオの気持ちが伝わっていない。リオ様、何をやっているんですか、例のマンスリー・レポート・メンズ・クラシックで常にランキング一位のあなたが。


はああ……とコーンウォール夫人卿夫人はため息をついた。


「まだ、シエナ嬢に申し込んでいないとはどういうわけ?」


コーンウォール夫人の言葉を聞いていたリオが苦い顔をしていた。


「ボリスは、これを逃すと、結婚できないかもしれません。もちろん、腐っても侯爵家ですから、相手さえ選ばなければ、結婚そのものは問題ないでしょう。でも、伯爵令嬢というわけには行かないでしょう。それを思うと、どんな手段でも使ってシエナ嬢を狙ってくると思いますよ。あまり相手にしたいような人物ではありませんね」


コーンウォール夫人が万策尽きたといった様子でリオに言った。


「いいこと? リオ。あなたがシエナと結婚したいなら、気持ちを伝えることが必要よ。気持ちを通じさせて、シエナ嬢にも頑張ってもらわないと」


そうだそうだとダイアナやエリザベスやヴィクトリアも思っていた……らしい。顔に出ていた。


親族の圧力……ありがたいが、物凄く大きなお世話な重圧だった。


「自分でなんとか……」


リオは言いかけたが、


「おーほっほっほ」


わざとらしく笑われて、簡単に一蹴された。


「イライザ嬢を呼んでちょうだい」


コーンウォール卿夫人は、ダイアナに指令を出した。


「これ以上時間をかけられないわ。いいこと? イライザ嬢なら、二人きりで会う時間を作ってくれます。なんとか丸め込んでいらっしゃい」


「男前の無駄遣いって、リオ様のことだったんですねえ」


ビクトリアが後押ししてくれた。







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