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どん底貧乏伯爵令嬢の再起劇。愛と友情が、なんだか向こうからやってきた。  作者: buchi


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第51話 後始末

翌朝、リオは執事のベイリーをリード伯爵家に差し向けた。伯爵邸にはいろいろシエナのものが残っている。

伯爵に取られてしまうのは面白くない。


「リーズ伯爵、起きてください」


ベイリーはぞんざいに、リーズ伯爵を叩き起こした。


リーズ伯爵は台所で寝ていた。多分、元の自分の部屋は寝られるような状態ではなかったのだろう。


ベイリーは、落ちぶれ貴族の成れの果てという言葉がピッタリくる伯爵の姿を、軽蔑したように眺めた。


「こんな男のために、シエナ様が苦労なさって……」


元は裕福な貴族のものとわかるが、今やくたびれ果て、旅の過程で塵芥にまみれた汚い服を着て、ザンバラの白髪頭の男の命令など聞く筋合いはない。


余計な軋轢(あつれき)を避けるためにも、ここは早めに全員引き上げる方が賢いだろう。


ベイリーは、同様に、家に侵入してきた嫌な虫でも見るような目つきで伯爵を観察していたダイアナに、ごく小さな声で囁いた。


「今すぐハーマン侯爵家へ戻る。金目のものだけは、すでに持って行ってあるが、あの家にあるもののうちのほとんどが子爵様のものだ。置いておけない。特にお嬢様のものを先に。家具や重いものは今職人を手配している」


ダイアナは一言も言わず、ビクトリアとアレクサンドラを連れて部屋を出て行った。


「なんだ、あの女たちは!」


伯爵は怒鳴った。


「あんな連中を雇った覚えはないぞ!」


「もちろんですとも、伯爵」


セリフは丁寧だが、その中に含まれた冷たさに伯爵はヒヤリとした。


「もちろん、私どもはアッシュフォード子爵に雇われています。今すぐ出ていきましょう」


事態が飲み込めない伯爵は怒鳴った。


「当然だ!」


「私どもは、ここで、あなたの娘のシエナ様のお世話をしていたのです。従兄弟のリオ様がシエナ様を気になさるので」


親として、ここは感謝するべきところだろう。

だが、伯爵は頭が働かないのか、傲慢なのか、怒鳴りつけた。


「そんなこと、誰が頼んだ!」


ベイリーは肩をすくめた。


よろしい。地獄を見るがいい。


「シエナ様がおいでにならないなら、私どもはすぐにここを出て行きます。あなたに用事はないんでね」


それから、隅の方で震えていたマーゴに声をかけた。


「どうする、マーゴ。ここ数ヶ月、お前の給料を払ってきたのはハーマン家だ。だが、元々お前は伯爵家に仕えていた人間だ。残るかね?」


「いいえ! 連れて行ってください!」


ベイリーの言葉にかぶせるように、マーゴはびっくりするような大声で返事した。


「置いていかないでください。リーズ伯爵から、私はもう何ヶ月も、いえ何年もでしょうか、お給金をもらっていなかったのです」


ベイリーは思った通りだ、仕方ないなと言う意味の苦笑いを浮かべた。


「マーゴ! お前はクビだ」


伯爵は怒鳴った。


給料を払いもせずに何を言っている。


「さあ、マーゴ、身の回りのものを持っておいで。ここに残しておいては伯爵が迷惑するからね」


ベイリーは人が変わったかのように優しくマーゴに語りかけた。


「私の荷物も頼むよ。私は、馬車を呼んでくるから」


そのあと彼らは大急ぎで自分たちの荷物をまとめて、ハーマン家へ帰ったのだった。


ベイリーが最後に見たのは、ムッとした様子の伯爵の姿だった。だが、ベイリーは薄ら笑いを浮かべないではいられなかった。

いつまで虚勢を張って居られるだろうか。




そして、次はリオ自らが伯爵邸に現れた。


おそらくシエナは、伯爵邸に帰らない。

ブライトン公爵家にシエナを送り届けたのはリオ自身だった。

シエナはブライトン家に一晩泊まるつもりなのだろう。ブライトン家のキャロライン嬢のところに招待されているなら、リオとしては異議はなかった。


「むしろ、あそこが一番安全だろう。ここ数日はとにかく、その後はハーマン家へ引き取ればいい。まずは父親のリーズ伯爵と話を付けなくては」


ハーマン侯爵家へ戻り、家事一切を取り仕切るコーンウォール卿夫人に事情を報告して、リオはそう言った。


「ブライトン家に、公爵令嬢のお友達として招待されたというのなら、私たちが口を挟む必要はないでしょう。公爵家なら、誰も、手も足も出せませんわ」


コーンウォール卿夫人はリオの意見に同意した。


「今のうちに伯爵家の中に残している一切合切を引き上げてらっしゃい。私がシエナには連絡を取りますから」


リオは驚いた。コーンウォール卿夫人は儀礼的に何回かシエナをお茶会に招き、関係は悪くないはずだが親しくもない筈だ。手紙をやり取りする仲だとは聞いたことがなかった。


「安心なさい。方法はあるのよ」


コーンウォール夫人は微笑みリオに言った。


「今はリーズ伯爵の方が問題よ。頑張って、リオ」




そんなわけで、またもや早朝から叩き起こされたリーズ伯爵は、相手が誰だかわかると不愉快そうに言った。


「リオか! 偉そうに!」


伯爵は一人で火の消えかかった台所の暖炉のそばで寝ていた。昨日の服のままだった。


リオは伯爵の態度なんかまるで気にしていなかった。伯爵に向かって尋ねた。


「シエナはどうした」


伯爵は見る間に顔をしかめた。


「どこへ行ったのかわからない。お前が連れて行ったのではないのか。今日はレイノルズ様が見えられるというのに」


「お前の自分の娘に対する態度には反吐(へど)が出る」


リオは悪態をついた。


「お前呼ばわりとは! 何様のつもりだ」


そうは言いながら、伯爵は周りの様子に気を取られた。どんどん男たちが入って来て、家具だのシエナの衣装だのを次から次へと梱包し、外へ持ち出していく。


「待て。それをどうする気だ?」


彫刻が施された樫材の客間の大テーブルが数人の男たちによって持ち上げられた時、伯爵は悲鳴のような声を上げた。


「どうする気だって、持って帰るのですよ」


「ど、どこへ?」


伯爵は目をぐりぐりさせながら聞いた。今度はソファや椅子たちが運び出されていた。


さげずむようにリオは答えた。


「私の家にですよ。私が買ったものですからね。シエナがいないなら、ここに置いておく意味はありません」


伯爵は混乱した顔をリオに向けた。


「じゃあ、やっぱりハーマン侯爵家でシエナは暮らしているんだろう」


リオは首を振った。


「侯爵家にシエナは居ません」


「嘘だ! 横から人の婚約者をかっさらうと、どうなるかわかっているのか」


「損害賠償ですか?」


あざけるようにリオが聞いた。


「そんなことで賠償金の支払いをするだなんて、伯爵、あなたくらいなものでしょう。私はシエナと結婚の約束を交わしていた。横からかっさらわれたのは、私の方です」


伯爵はなんとも言えない顔つきになった。

豪勢な家具などを見ていると、どれだけの額のお金が支払われたのか、伯爵は落ち着かない気持ちになってきた。

これは、本気だ。

自分の知らない間に娘が婚約していたと言うのは、おかしな話だが、口約束などより、お金の方がずっと説得力がある。


「今、シエナは未婚の令嬢を監督して評判を守ってくれる立派な家、立派な婦人の庇護のもとにいます。あなたのボリス・レイノルズが来るならこの家も安全と言えませんからね」


伯爵は、一瞬何と答えたものか、言葉が見つからないようだったが、直ぐに大声怒鳴った。


「お前が人のことを言えるのか! しょっちゅう実の姉でもない娘のところに、出入りしおって!」


リオは肩をすくめた。


「ゲスの勘繰りはよしてください。私は特待生ですよ? 寮に住んでいます。監督生でもあります。多忙なのです。夜歩きはおろか、日中もほぼ学校内にいますよ。先生方が証人です。それとも、あなたは騎士学校の先生方を疑うとでも?」


半分は真実、半分は嘘である。休みの日などに、この家を訪問する機会は何度もあった。

だが、事実なんかどうでもいい。


伯爵は、自分の横スレスレのところを家具運搬の職人たちが通って行ったので、一瞬そちらに気を取られた。

暖炉の上の立派な飾り時計が取り外されて、人夫たちによって持ち出されていくところだったからだ。


「待て。それは私のモノだ」


「違います」


間髪を入れずリオが否定した。


「元のぼろ時計の方は、シエナの来るずっと前に奥方様が処分されたそうですよ。マーゴが言っていました。この時計は暖炉の上に何もないと、見た目が寂しいもので、私が自宅……ハーマン家から持ってきたものです。リーズ伯爵、あなたのものではありません。新しいでしょう?」


見ればそれはわかった。目の前を通過していったのだ。前の時計より格段に高級品なのだということもわかった。


話の成り行きよりも、伯爵は台所のお茶っ葉一枚までもが持ち出されていく様子に打ちひしがれていった。


「チェ……畜生」


思わず伯爵はつぶやいた。


「ご自分で買いなおせばいいだけですよ」


リオが親切そうな調子で伯爵に言った。


「好きなようにね」


伯爵は我に返ったようだった。


「娘を誘拐した悪者め」


「伯爵」


リオは落ち着き払って言った。


「私の両親の財産はどうしたのですか?」


伯爵は突然黙った。


「私が成年になったら返してもらえるはずですね? どこの銀行にあるのですか?」


「それは……」


伯爵は口ごもった。


「はっきりさせましょう。明日、弁護士を寄こしましょう。私はもうすぐ十八歳、成年になります。財産を返していただかなくては。なに?」


一人の人夫風の男が、うやうやしくリオのそばに寄って来て何事か囁いたのである。


「ああ。なるほど。伯爵、立ち上がってください」


「なに?」


伯爵の両脇には二人の力の強そうな人夫が立っていた。よくわからないながら、なんだか威圧感を感じて伯爵は目を泳がせた。


「いいから、立ってください」


話しながら、リオも立ち上がった。二人は台所に座っていたのだ。


「なんだと?」


伯爵が意味が分からないまま、リオにつられてそろそろと腰を浮かすと、それを合図に両脇の人夫がサッとばかりに椅子を持ち上げて運んで行ってしまった。


リオが座っていた椅子も、同じように二人の男がせっせと運んで行ってしまった。


リオはおかしそうに、身の置き所もなくあわてる伯爵を見ていた。


台所にはもう何も残っていなかった。壊れかけたような木の丸椅子が一つと、じゃがいもが入っていた古いかごくらいなものだ。そのかごも中身は空だった。


「では、失礼しますよ。明日、弁護士を寄こします」


リオは愉快そうにそう言って、出て行った。


こんなところに残っていて、レイノルズの子息などと知り合いになりたくなかった。


なんでも、これから伯爵邸に来るらしい。それを思うと、リオは自然に青筋が立った。


「娘を売る気か。ならば、こちらにも考えがある」



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