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第46話 衝撃過ぎて誰にも言えない

ブライトン公爵令嬢のお茶会は、天気が良かったので庭で行われていた。

もし悪天候だったら、小広間で執り行われる予定だったらしい。


「そのように好き放題に召し上がってはなりませんと常々申しておりますのに!」


キャロライン嬢のお目付役らしい年配の婦人が、きゃあきゃあ言う令嬢たちをジロリと見回して苦言を呈した。


「大丈夫よ、エリザベス。今日だけよ!」


大はしゃぎでキャサリン嬢が言い、多分、大親友らしいダーンリー侯爵令嬢アリス嬢もニコニコしながらうなずいている。


背が高くて痩せていて、いかにもお目付け役然とした年配の夫人は、ため息をついた。灰色の髪をきっちりとまとめ上げ、地味だが仕立てのいい服を着ている。


「皆さま、ドレスのサイズを直すことがないように祈っておりますよ」


クリームパイやアップルパイ、胡桃やレーズンなどがぎっしり入った重めのケーキ、ふんわり柔らかいスポンジケーキには生クリームが飾られている。

果物たっぷりのフルーツタルト、アーモンド入りクッキー、サクサクの小さなパイが何種類も、積み重ねられ、口直しなのか一口サイズのサンドイッチまである。


生のフルーツもあったが、何種類ものコンポートやジャム、色とりどりのゼリー、それからキャンディやキャラメルなども用意されていた。


「よく来てくれたわね、シエナ」


彼女達は楽しそうで、よく笑い、シエナも時折微笑んだが、心の中はそれどころではなかった。


「だけど、ブライトン家しかないのよ」


シエナはこんな楽しそうな席に、暗い表情で混ざり込んだことに申し訳なさを覚えつつ、一人思った。


ブライトン家は王家と並ぶほどの力のある家だった。


キャロライン嬢は実は三女で、末娘。両親を始め二人の兄もとてもかわいがっているという噂だった。公爵は末娘の愛らしさにメロメロで、好き放題にさせていた。


「そのキャロライン様にお願いがあるのよ」


でも、どうやってキャロライン様とお話ししたものか。


今日のパーティの主人公の彼女は、大ぜいに取り巻かれてそれはそれは楽しそうだ。そんなところへ、シエナの個人的な悩みを持ち込んでも気分を台無しにするだけだ。

だが、シエナは急いでいた。


もう、帰る家もなかった。


伯爵邸に帰れば、あのボリスの妻にされてしまう。借金のカタに。


シエナはせっかくのステキな甘いデザートにも手が伸びなかった。


「シエナ様」


その時、背中から声がかかった。


思いがけないことに、そこにいたのはキャロライン嬢だった。


「ねえ、どうしたというの? 貴方は、リオのファンではないのに、どうして参加してくださったの?」


「キャロライン様……」


シエナはこのチャンスに必死になって食いついた。


「以前、私にセドナ語の教師になって欲しいと言われたことを覚えてらっしゃいますか?」


キャロライン嬢は驚いたようだった。

もちろん覚えている。だけど、パーティの最中だったので、ちょっと記憶が戻るのに時間がかかった。


「ええ。覚えているわ」


「もし、お差支えなければ、ぜひともお雇いいただきたいのです」


キャロライン嬢は当然驚いた。


「あなたほどの教師はいないわ。だからそれは歓迎だけど。実はアンダーソン先生から、ふた月ほど前に推薦を受けていたのよ。ぜひ、シエナ嬢に教わりなさいって。あなたなら、うちに出入りしても問題がないし、セドナ語のレベルは教師顔負けだからって。でも、その後、あなたはアラン様に取られてしまって、お願いする間がなかったの」


ちょっとキャロライン様は不審そうな表情に変わった。


「あの、アラン様は、爵位もない隣国の貴族だって聞きましたのよ? それなのに、どうして私を差し置いて、あちらの通訳に就くことになったのかしら?」


これまた、ムズカシイ質問を。

シエナは国家機密と、キャロライン嬢の当然の疑問の間に挟まってしまった。

キャロライン嬢は、シエナの困った様子を見て、言ってくれた。


「いいのよ。あなたが困ることはないのよ。あなたのせいじゃないことは、わかっているの」


シエナは表情を出さないように気をつけながら話を聞いた。どう言うこと?


「だって、父にあなたを教師にお願いしたいと頼んだのですもの。そしたら、四、五日してから父が妙な顔をして、あきらめろって言って来たわ。父のお願いが通らないだなんて、なんだかよっぽど訳があったんだと思うの」


「ええと、あの」


「アラン様の通訳はもうなくなったの?」


それは続いている。アラン様に、シエナの事情なんか通用しない。


「ですから、キャロライン様、私を住み込みで使っていただけませんでしょうか。家庭教師として。夕方や夜、数時間お教えできます」


シエナは必死だった。


「家に帰ってまで、勉強するのは嫌」


キャロライン嬢は、世にもあっさりと言った。


シエナは真っ暗になった。どうしたらいいんだろう。


「でも、あなたが住み込みで家庭教師をしてくれるのは歓迎よ」


「え?」


シエナはたまげた。


「あなたは、いい人よね。それにいろいろ事情があるのよ。だから、かまわないわ」


事情ってなに?


シエナは困り当てた。世の中にはこんなに事情と言う一言だけで片づけられる、結構深刻で得体の知れない事柄があるのか。


「このお茶会が終わったら、ゆっくりお話しましょう」


ふふっと笑いながら、ゆっくりと席を外すキャロライン嬢をシエナは呆然と見送った。何か威厳すら感じられる。


キャロライン嬢のことはこれまで、ダーンリー家のアリス嬢ともども、どちらかとと言えば、高貴の身の上にふさわしく、おっとり型のご令嬢と思って来たのだ。


だが、今の話だと、何か国家間の謀略に通じているような気さえするではないか。


大丈夫か、自分!


なんだかだんだん深みにはまっていっている気がする。


本来もっとも頼りになるはずだった父親は、好色で評判の悪い放蕩者の貴族の男に自分を売ろうと画策している。


リオは、かわいらしい弟のはずだった。だが、その正体は魔王。アッシュフォード子爵を名乗り、着々と、食料品からドレスまでシエナが断れない必需品を贈り続けた。

(「魔王様の割に芸が細かいけど」シエナはつぶやいた)

更に、シエナの周りを魔王様の手下で囲み、監視体制を敷いている。愛しているとしか説明がないので、真意は不明だ。


アラン様は、陽気で明るく、実はマンスリー・レポート・メンズ・クラシックの第一位に掲載されることを熱望しているくらい軽いチャラ男だが、その実、隣国の王太子。割と勝手だが、彼の言うことには唯々諾々と従うしかない。


もう、最初の婚約者のジョージなんか、小物中の小物。問題外。どの登場人物と比べても完敗するだろう。


そして、今度は筆頭公爵家の令嬢の登場だ。


「王都に出て来たのが間違いだったのでは?」


木陰の気持ちのいいテーブル席に、一人ポツンと座ったシエナは、ふるふる震えた。



華やかなパーティは終わって、シエナはどうやらキャロライン嬢の教育係らしいミス・エリザベスに手を引かれて、邸内を歩いていた。


「さあ、こちらへ」


そこはエリザベス嬢の私室らしかった。


「キャロラインお嬢様が、あなたをどうしてもこの家の住み込みの家庭教師としてお呼びしたいとおっしゃっておられます」


キャロライン嬢はエリザベスと呼んでいたが、この公爵家総取締役の女性は、カーライル夫人と言って、公爵家の遠縁にあたるらしかった。


「大体、若い娘の家出なんて感心しませんね」


まったくもっともだ。

シエナはうなだれた。


「一体、どうして家を出たのです?」


「御承知のことと存じますが、父は多額の借金を、姉のリリアスの一方的な婚約破棄の代償としてレイノルズ家に負っています」


シエナは仕方なく、一言一言選ぶように説明を始めた。

カーライル夫人は眉を吊り上げた。

その反応が、悪感情の意味なのか、同情の意味なのか、よくわからない。だが、シエナは話を続けるほかなかった。


「そして、今日なのですが、父は、姉のリリアスの婚約者だったボリス・レイノルズとの結婚を決めたと伝えてきました」


カーライル夫人は少し驚いたようだった。


「ボリス・レイノルズ様は確か三十代半ばは過ぎていると思いますが」


「どんな方なのか、私は全く存じ上げません。父によると、私が結婚すれば、姉の借金を減らしてやると言われたそうです」


自分で言っていて、とても悲しい。

そんなことのために、一生の結婚相手が決まってしまうのか。


「実は、その前から、ある方が私に援助を与えてくれておりまして」


「援助?」


カーライル夫人は不審げに聞き返した。


「家には、冬用の薪も食料品を買うお金もありませんでした。伯爵家先祖伝来の家具や絵画などを手放して、生活費を捻出していましたが、私のドレス代などはとても手が出なかった。でも、学園に通っている以上、ドレスが必要なこともあります。貴族社会の一員なのですから。困り果てていた時、名前をおっしゃらない方が支援してくださったのです」


「名前をおっしゃらなくても、その方に会ったことは?」


「ありませんでした」


「何か対価を求められたのですか?」


「いいえ。何も」


カーライル夫人はますます不審そうになった。


「なぜまた、その方は、そんなにあなたに肩入れしてくださったのでしょうか。一体どなたなのか、見当もつかなかったのですか?」


「それが……今日、その方が誰だかわかったのです」


「え? 誰だったのですか?」


「弟のリオでした」


「えッ?」


弟……。


それは確かに姉を援助するだろう。

それなら安心だ。

弟が姉を心配してくれる。それは自然な成り行きで……


カーライル夫人は、シエナがとても悲しそうだということに気がついた。


「それなら、よかったではありませんか。安心して甘えればいいではありませんか。家を出る必要はないのでは?」


シエナはその続きを言えなかった。

リオが実は弟ではなかったこと。シエナを愛している、結婚して欲しいと言われたこと。





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