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第44話 リーズ伯爵と対決

シエナの叫びを聞いたリオは、ノックもしないで、この家の客間に飛び込んだ。


「誰だ?」


思いがけない人物がそこにはいた。


もう、何年も会っていなかったリーズ伯爵だった。


ひどく険しい顔をしている。

だが、ひどい身なりだ。


埃だらけの汚い格好で、遠くからの旅の帰りだということは一目で分かったが、そもそも貴族には見えない服装だった。


「誰だ? お前は。ノックもなしに家に入ってくるとは!」


リオは金のかかった格好をしている。一目で、どこかの貴族、それも裕福な貴族だとわかる。


「リオよ!」


シエナが叫んだ。


「リオだと?」


伯爵が顔をよく見ようとするかのように、一歩前へ踏み出した。


「リオですよ」


リオは冷たく答えた。


今は、もう立場が逆転している。


伯爵もシエナも知らないが、リオは昔のリオではない。


「お前はどこに住んでるんだ。まさかこの家じゃないだろうな」


「お父様! リオは弟なんですもの、この家に住んで当たり前……」


血走った目の伯爵がくるりとシエナを振り返った。


「リオは弟じゃない。わしの息子なんかじゃない」


シエナが驚いていた。


青紫の目が大きく見開かれていた。


声もなく。


「リオは、わしの弟夫婦の忘れ形見だ。両親が事故で死んだので、田舎の屋敷に預かったのだ」


リオはシエナを見つめた。


リオは最初から知っていた。姉ではないのだと。

むしろ、リオの方が生まれ月は早い。


「従兄弟だ。年頃の娘と一緒に住むだなんて言語道断だ。リオ、お前は田舎の屋敷にいるんじゃなかったのか?」


「まさか」


リオは伯爵をあざわらった。


「あんなところにはいられませんよ。僕は、今、騎士学校に通っています」


伯爵の目がギロリと光った。


「誰の金で? 見たところ、金回りは良さそうだが」


「あなたのお金じゃないことだけは確かですね」


リオは皮肉った。


伯父が彼のためにしてくれたことは何もない。


下男の代わりにこき使ったくらいがせいぜいだ。

学校さえ行かせてもらえなかった。


「僕は特待生試験に合格して、入学しました」


伯爵は眉をしかめた。他人の幸運を喜ぶタイプではないらしい。


「その服はなんだ。特待生になると、そんな服まで支給してくれるのか」


リオは伯爵ではなくシエナの反応をうかがった。


「特待生になったことで、養子に迎えられました。ハーマン侯爵家に」


「ハーマン侯爵家……」


「今の僕の名前は、アッシュフォード子爵です」


シエナの顔をチラリと見ないではいられなかった。


「ア、アッシュフォード子爵……?」


リーズ家の父娘はリオの顔を食い入るように見つめた。


驚きから立ち直ると、伯爵が言った。


「家のようすを見て、驚いた。娘が贅沢に暮らしている。どこから金が出ているのか……」


「シエナと結婚する約束を交わしました」


リオは平然と言った。


「婚約者の暮らしをよくするのは、当たり前です」


「な、なんだと? わしは聞いとらん」


「あなたはどうやってシエナが暮らしていたのか、ただの一度も知ろうともしなかったのでは?」


「そんなことはない。いつでも、気にしていた。だが、シエナの婚約は、親が決めるものだ」


「着ていく服もなければ、冬に薪もない生活でしたが?」


リオは婚約問題は無視して、伯爵の不備を追求した。


「それは、その、マーゴが悪いのだ。マーゴの采配がいかん」


「マーゴはあなたから一ギルの仕送りもなかったと言っていますよ」


今度はリオが一歩前に出、伯爵が後じさりした。


「服どころか、食べ物さえ買えなかった。飢え死にさせるつもりだったのですか?」


「わしだって、大変だったんだ。レイノルズ家の借金の取り立てが厳しくて。リリアスが黙って息子のボリスと結婚してくれていたら、こんなことにならなかったものを」


「相手が、あの強欲なレイノルズ家では、無事、結婚していてもどうなったことやらわかりませんけどね」


リオが詰め寄った。


「あなたがご存知かどうか知らないけど、リーズ家に対するあまりの仕打ちに、どの貴族の家もあれ以来レイノルズ家とは距離を置いています。婚約破棄を理由に、相手の家を破滅させるだなんて。しかもボリスは放蕩者で評判が悪い。親からの無理やりな結婚として悪評が立ってます」


「悪評が立ったのはリリアスのせいだ。レイノルズ家とわしは被害者だ」


「ボリスはあなたの娘の美しさに目が眩んで結婚したがったのでしょうけど、レイノルズ侯爵は違う。リリアス嬢が堪えかねて逃げたことを盾にリーズ家を脅迫した。被害者はリーズ家でしょう。そんな噂があなたの耳に入らないよう、細心の注意を払ったでしょうけど」


「そんな……」


伯爵がつぶやいた。

ある意味、誠心誠意、借金を返してきたのだ。それこそ、娘のことなど顧みないほどに。それが間違っていたと言われると、なんとも言えない気持ちになる。


「あなたが知らないだけで、僕たちは婚約者です。ゴア家のジョージと婚約破棄になったのはご存知なんですよね? ジョージの一存で。そっちは認めたのですよね?」


「認めるも何も。ゴア家から、連絡があった。ゴア家の意向だ」


「どうして、認めたのです。損害賠償を取れるチャンスでしょう」


「え?」


それこそ訳がわからなくなって、伯爵は目をむいた。


「レイノルズ家が婚約破棄で賠償金が取れるなら、ゴア家からリーズ家が賠償金を取ることだって可能でしょう」


伯爵はこれまで人に強要されて、あるいはしなくてはいけないと思い込みで行動してきた。

自分から進んで賠償金を取ろうとか、そんなことに思い至るタイプではなかった。


「今回もそうだ。この家の有様を知っていて、なぜ、婚約者がいるとわからないのです? 他の誰が、こんなに金をかけてくれるのですか?」


「身内だから……」


「弟じゃありませんよ。シエナだって分かっています。愛し合っているから、結婚する予定だから、お金をかけたのです。わからないとか、知らないなどと、世の中に通用するわけがないではありませんか。もう、何ヶ月も前からの話ですよ」


「わしは辺境にいたんだ! 知ってるわけがないじゃないか!」


リオは肩をすくめた。


「ご自分の家ですよ? 知らないではすみません」


伯爵は判断がつかない様子で、顔色は灰色だった。


「僕はシエナと貴族学園のダンスパーティで踊りました。ご存知でしょうが、学園のダンスパーティをエスコートして踊るのは婚約者と決まっています。それから、騎士学校主催のダンスパーティでも、一緒に踊りました。みんなが見て知っています」


公認だと言わんばかりだった。


「そんなことは認められん。ダメだ」


「あのレイノルズ家より、金はある。貴族の格も違う。同じ爵位だけれど、歴史も領地の広さもずっと格上です。その上、養父は騎士団長だ。リーズ家にとって、ずっと有利な結婚なのですよ? レイノルズ家が逆らえるとお思いですか?」


相手は子どもだと、ずっとみくびってきたリオなのに、伯爵はその気迫と、それから理屈にビビった。

まるで別人だ。


「それとも、あなたはレイノルズ家の味方をして、ハーマン家と今後敵対する気ですか? そこまでレイノルズ家に感謝する理由はないと思われますが」


ここまで言っても、この伯爵は納得しないかも知れない。

借金が怖いのだ。


それに……シエナはリオの婚約者ではない。

ダンスだって、周りに押されて踊っただけだ。


だが、シエナはまだ学生で、社交界に出ていない。

シエナの婚約事情は社交界には知られていないのだ。リオが婚約者だと言い張っても、逆に誰も反論できないだろう。


また、あのボリスとか言う崩れた私生活を送っている男は、社交界に出ていないシエナをどこで見かけたのだろうか。

リオは頭を巡らせた。

外部の人間が大勢やってきていたあの二つのダンスパーティのいずれかだろう。


だが、時間的に、今ごろ婚約の話を持ち出してきたと言うことは、おそらく見かけたのは騎士学校のダンスパーティ会場……


貴族学園の方のダンスパーティならとにかく、騎士学校の方は、まるでリオは嫌々ダンスをしているみたいだった。

しかも、エスコートしてきたのは別人。


「あのアランの野郎、返す返すも余計なことばっかりしやがって」


アランがシエナを騎士学校のダンスパーティへ連れていかなければ、少なくとも、見つからなかったかも知れない。

貴族学園のダンスパーティで見つかったのなら、どう見ても婚約者だから安心なのに。


伯爵の方は、まったく落ち着かなかった。

自分の家なのに、家具から使用人の顔ぶれまで変わっていて、まるで他人の家のようだ。


それに見るからに上等な服を着た、とても強そうなリオが睨みつけている。

シエナだって、高そうなドレスだった。

みすぼらしい我が身が気になった。


「シエナは連れて帰ります」


「え? どこへ?」


さすがに伯爵は驚いた。


それはそうだ。

娘が父親の家以外のどこへ行くと言うのだ。


「そうですね……」


このまま、シエナをこの家に置いておいては、レイノルズ家が連れ去ってしまうかも知れなかった。


「私の親族の女性に預けましょう。まさかまだ婚約者の間柄の女性を自分の家に連れて行ったりしませんよ。まあ、私は母代わりの伯母と一緒に住んでいますがね」


リオは正直不安だった。


今の話にシエナがどう思ったか。


だが、シエナは最初ものすごく緊張した顔になっていたが、リオの長い話の間に、顔が戻っていた。


「さあ、シエナ、行こう」


「行こうって、どこに!」


伯爵がわめいた。


「親族の女性に預けます。当たり前でしょう、レイノルズ家のボリスは、信用ならん」


「親族の女性とは誰なんだ!」


実はリオには心当たりがなかった。

コーンウォール卿夫人に預けられればベストなのだが、あっという間にバレてしまうだろう。

それに夫人を自分の事情に巻き込むわけにはいかないと思った。


「どこでしょうね。非の打ちどころのない立派な女性のところですよ」


行先が思いつかないまま、リオはシエナを辻馬車に乗せた。



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