第41話 アラン殿下の思い
騎士学校のダンスパーティは大成功だった。
そして、アランは、結局、騎士候補生から大いに感謝された。
大勢のご令嬢方を騎士学校のパーティに招く結果となったからである。
シエナとアランが、部外者なのに、まるで嫌がらせのように、女性不足に泣く騎士学校にきて、熱々カップルを演じなければ、リオはパーティに来なかっただろう。
したがって、(さらなるイケメンの登場を促す)リオコールの計画もなかっただろう。
騎士候補生がカンカンに怒って、対抗馬を引っ張り出すなどという事態は起きなかっただろうから。
そして、イケメン対抗馬といえばリオ。
リオは最初からダンスパーティには絶対出ないと明言して、多くの令嬢たちをガッカリさせていた。
だが、シエナが来るなら、話は別だ。
それも、アランに連れられてくるなんて、言語道断、絶対に許せない。
こう言ってなんだが、そのおかげをもって、多くの騎士候補生が、いろいろなご令嬢方とお知り合いになることができた。
騎士候補生からの圧力に負けたリオとアランが、騎士候補生たちと一緒になって、二階に納まっていた女性たちに降りてきてダンスに加わってくれるよう、コールを始めたのだ。
その結果、大勢のリオファンのはずの女性たちは、騎士候補生の野太いコールに応じて、二階から降りてきて、騎士候補生の相手をしてくれたのだ。
例年、こんなことは起きたことがなかった。
「初めて、ダンスができた」
「大いなる財産だ。いつか蕾から花を咲かせる日が来ることを祈る」
「はい?」
天を仰ぎ、訳のわからないことを言い出す騎士候補生の言葉に、アランはつい、変な声を出して反応してしまった。
「お前もカッコよかったぜ。気持ちよく礼儀正しくパートナーを譲ったよな。見てて気持ちよかった。あの女の子のこと、大好きなのにな」
「す、好き?」
アランは見ず知らずの、えらくガタイのいい騎士候補生の言葉に目を白黒させた。
シエナは通訳だ。
もちろん、気に入っているけど。
「え? あれ、演技なの? 好きじゃないの? それとも女の子にはいつもあんな感じなの?」
普通だとアランは言い張ったが、ジョゼフはため息をついた。
「普通の態度じゃないって。だけど、アラン様は気がついていないんだろうなー」
騎士候補生はなれなれしくアラン殿下の肩をたたいた。
「最初は何しに来たんだと思ったけど、よかったよ! お前のおかげだ!」
だが、シエナと別れて、ジョゼフとも別れて、一人、宿舎のベッドに腰掛けて、アランは考えた。
側近もなしに、たった一人になる時間をこんなに長く持てるなんてこと、セドナの王太子の時にはなかった。
もうすぐ、留学は終わる。
アランは貴族学園で大勢知り合いができた。イケメンレポートにも載った。騎士学校でさえ、騎士候補生から人気者?になったし、わずかの期間に見事に回りに溶け込んで、ゴートの国と人を肌で感じ、セドナと違う点を理解した。
十分なはずだった。
あとは、このお忍び留学というわがままを温かく見守ってくれたゴート王家に感謝を表明し、親交を深めるために幾つかの宮廷行事に参加し、友好を深めて帰るだけだ。
「でもな……」
アランは枕を抱きしめながら、つぶやいた。
「どうして帰りたくないのかな」
プリプリしているように見えるが、人間的に信頼できるリオ。
彼はいつも職務に忠実だった。
ただ、どうも彼を見ると、つい、からかいたくなってしまうが。
毎日、学校で会っていたブライトン公爵令嬢とダーマス侯爵令嬢。二人とも、美人で頭も良いが、どことなく天然で、ただの貴族のアランにも高飛車に出ることなく、あっさりイケメンよねえなどと笑っていた。
この二人のことを思い出すと、マズいところを握られてしまった忠犬のように、彼女たちにつきまとっている二人の貴族のことも思いださないではいられない。背が高くヒョロ長い容貌コンプレックスのテオドール・クレイブンと、どM体質のアーネスト・グレイだ。
そして驚愕のイライザ嬢がいた。マンスリー・レポート・メンズ・クラシックなんて、どうして発刊しようなどと思ったのだろう?
彼女のアイデアにはいつも驚かされる。全く、自国へ誘いたいくらいの逸材だ。
それからシエナ。
いつでも控えめで、穏やかで、それでいて隈なく行き届いている。何か特別なことをしているようでもないのに。
通訳として万全なので、彼女のことが好きなのだ。他には何もない。
会う時はいつでも楽しい。毎日会っている。
学園の食堂で、庭園で、教室で必ず会って、一緒に付き合わせる。街歩きとか、図書館で下調べとか。それから、お昼も。
「これからは、会えなくなる……」
シエナはドレスもろとも自宅に帰ったが、出ていく時と打って変わって、ベイリー以下使用人全員が、あふれんばかりのニコニコ笑顔だった。
「えっ? なに?」
「シエナ様、コーンウォール卿夫人からうかがいました」
「レッドとか言う成金を振って、リオ様とダンスなさったとか」
「会場はリオ様コールで大盛り上がりだったそうでございますね!」
「私も見に行きたかったです!」
なぜ、この人たちはリオに肩入れするんだろう?
アッシュフォード子爵はどうした?
シエナの弟だから、多少は当然だし、イライザを始め、ファンクラブがあるくらいだから、ビクトリアやアレクサンドラが夢中になるのはわかる。礼儀作法のマチルダは、週に何回か来るだけなので、使用人の中に混ざらないかもしれないが、実はどうも熱狂的なリオファンらしいことをシエナは知っていた。
それにしてもベイリーまでが、恐ろしく肩入れしている理由がわからない。
だが、全員が上機嫌なのはいいことだ。
誤解は、説明すればきっと溶けるだろう。
アラン様は、もうすぐセドナに帰ってしまわれる。
説明も要らなくなる。
今となっては、シエナも寂しい気持ちが出てきた。
無理やりドレスを送ってきたり、理由がどうも分からないが、リオと妙に張り合ったり、アラン様は好き放題。
街歩きでは、変な食べ物ばかり買っては一緒に試食させられた。
だけど絶対に嫌いになれない人だった。
だが、彼の存在自体が実は秘密だったので、その分、無理が生じていた。
あのパーティの時だって、アラン様に小僧と呼びかけた無礼者がいたらしい。
いかに高位の貴族だったとしても、騎士候補生(かそれに準ずる地位の招待客)をいきなり小僧呼ばわりはないだろう。
そんなトラブルが起きる可能性を抱えながら、暮らしていくのは大変で、少々窮屈だったとしても王太子殿下のまま生涯を過ごす人の方が多いだろう。
冒険心とは言うものの、両親や周りを説得して、誰も知り合いのいないゴートへ留学することは大変だったろうなと、ぼんやりシエナは考えた。
「それで、シエナ様、誰か素敵な方はパンスパーティでは、見つからなかったのですか?」
この頃ではすっかり親しくなってしまった、アレクサンドラとビクトリアが話しかけてくる。
「見つかるどころではなかったわ。リオコールで大変よ」
「そのリオ様コール、私も聞いて見たかったですわあ」
すっかり仲良くなった同じ年頃の彼女たちにダンスパーティの話をしていると、途中から鬼のような顔をしたダイアナが入ってきて、二人を仕事に追い立てた。
くるりと振り返ると、割と強面のその顔に満面の笑顔を浮かべて(他人には、ただの怖い顔にしか見えないと思う)シエナに尋ねた。
「それで、シエナ様、ダンスパーティで、素敵な男性と踊ったりなさいませんでしたか?」
「だって、誘ってくださったアラン様と、リオとしか踊らなかったわ。みなさん、遠巻きになさるばかりで」
ダイアナは、我が意を得たりと言わんばかりに満足そうにニンマリと笑った。
「そうでしょうともねえ」
これでは、アレクサンドラやビクトリアと同じではないか。
でも、使用人とこれだけ親しくなれたことは暮らしていく上で、とても気楽だった。だって、この使用人の給料を払っているのは自分ではない。ハーマン侯爵家なのだ。
たわいのない話をしていると、急に階下が騒がしくなった。
誰かが来たらしい。
「きっと郵便ですわ」
郵便? シエナは不審そうな顔をした。
そんなものがくるはずがない。
なぜなら、シエナの友人や、コーンウォール卿夫人など付き合いのある貴婦人たちは、みんなお使いを寄越すのだ。
よほど遠距離でないと、郵便などは使わない。誰が……
下から、誰かが急いで階段を上がってくる。
「シエナ様……」
ベイリーだった。
「お父上様からのお便りでございます」
「お父様?」
なんだろう。
ろくな話でないだろう。
「開けましょう」
ベイリーが硬い調子で言った。
「開けなくてはわかりません」
それから彼は続けた。
「シエナ様。私どもはあなたの味方です。何があってもあなた様をお守りします」
一体、何を言い出すのかしら?
恐る恐る開けてみると、父の字で簡単に数行書いてあった。
『シエナへ。
お前の婚約が決まった。大変に有利な条件だ。リリアスが婚約破棄したレイノルズ様から連絡が入った。お前との婚約を決めたいというありがたい知らせだった。お前が嫁げば、リリアスのせいで発生した賠償金を半額まで減らしてくださる。
じきにレイノルズ様から連絡がいくと思う。丁重にお迎えするように』
シエナ、ベイリー、ダイアナは顔を見合わせた。
「追伸がありますわ」
ダイアナが震える声で注意した。
『騎士学校のダンスパーティで見かけたそうだ。よくやった。今度は婚約破棄など絶対に許さない。くれぐれも丁重にお迎えするように』
ベイリーは真っ青になって立ち上がった。
「私、ハーマン侯爵家へ参ります。このことを報告せねば」




