第40話 騎士学校のダンスパーティ
騎士学校は朝からざわざわしていた。
貴族学園のダンスパーティにあたかも対抗するかのような形で行われる騎士学校のパーティだったが、当然こちらの方が華やかさには欠ける。
女性がいないからだ。それに、平民も多いので、豪華さや華やかさといった部分で劣る。
その代わり男性的な雰囲気があって、それが逆に女性には魅力らしかった。
元帥や騎士団長などは、全員ここの卒業生になる。たいてい立派な貴族の家の出身だが、それでも騎士候補生時代は身分に関係なく友情を結んだものだ。
若い頃の思い出は、決して辛いものだけでなかった。彼らは学校に肩入れした。
卒業生の姿も多かった。なぜだかオブザーバーとして参加したコーンウォール卿夫人はやたらに目立っていて、遠くからでも彼女がいるのがわかるほどだった。
「アラン様……」
アランにエスコートされて入場しながら、シエナ嬢は緊張していた。
そもそもアラン様は騎士学校には何の関係もない。
それが、美しいドレスを着た女性を伴って、これでもか、みたいにダンスをしにやってくるのだ。
えーと、この場合の目的は何なのかしら? アラン様は、なぜ、ここに来たがったのかしら?
さすがのシエナも見当が付かなかった。
何事もそつのないハリソン商会に、出過ぎたドレスはお止めになった方がと止められて、思うほど散財できなかったらしいが、それでも場違いなほど目立つドレスを着たシエナは、騎士構成の視線を釘づけにしていた。
会場は、騎士学校らしく、円形武闘場だった。二階がついていて、ダンスをしない卒業生や生徒の親などが大勢押しかけている。
「騎士学校主催のダンスパーティへ、騎士以外の方のエスコートで、入場って……」
おかしいんじゃと、言いたかったが、アランがニコッと笑って言った。
「大丈夫。護衛で親友のリオの招待だから」
絶対に嘘だ。
それに……周り中の視線が怖い。
みんな、絶対に歓迎してないわ。
だって、目付きが怖いんですもの。
殺気すら帯びている気がする……と、シエナはうつむき加減になった。
「顔を上げて」
その都度、アランの優しい声がする。
「君の顔、見えないんだもの。もっとよく見せて」
甘い。甘すぎる。
恋人同士にしか見えないではないか。
余計、悪意をそそりそう。
アランの少し緑がかった青い目に合わせた絶妙な色合いの生地のドレスだ。シエナの髪の色にもよく映える。
繊細なレースで飾られたドレスを着ると、まるで妖精のような美しさだ。
それは、アランだけではなかった。
遠くから見張っていたコーンウォール夫人の目にも、イライザ嬢の目にも、誰よりもリオの目に真実を告げた。
ただのリオの気に入りの美しさではなかったのだ。
万人が賛美する美しさだった。
その人を独占している。
妬み、そねみ、羨み。
アランは胸が高鳴るのを覚えた。
これよ、これ。
押し殺さない生の感情。
王太子殿下なら決して味わうことのない、ただの人間同士の力のぶつかり合い。
絶対に負けない。
殿下と言うだけで土俵から外へ出されることなく、実力で勝つ。
「ふっ」
アランは隠しても隠しきれない笑みを浮かべた。
「チッ……」
護衛兼通訳のジョゼフは、本日は、活躍の場がないので、隅の方で様子を見ながら考えた。
大人しく実家(セドナ王国)で、お山の大将をしてればいいのに。
余計なトラブルばかり背負い込んで。
今回は、騎士学校へ殴り込みか。
きれいな女性を思い切り着飾らせて、これでもかと堂々と入場してきた。
しかもマズイことには、チラホラと騎士目当てのご婦人方が交わすささやきが耳に入ってくる。
「とてもおきれいなご令嬢ですわね……」
「でも、エスコートされている殿方も素敵ですわ」
「整った顔立ちと、すてきなエスコート」
「そうですわ! いかにも女性を大切にしている、みたいな……なんて言ったらいいのかしら。立ち居振る舞いに隙がなくて、堂にいっていると言うのか……うっとりしますわ。あの方にエスコートされてみたいですわ!」
無理です……
ジョゼフは、内心返事した。
王太子殿下ですから。
そして、ご婦人方は、多分全員同じ感想だろうな。
ジョゼフは、(アランの)身の危険を感知してキョロキョロした。
うん。騎士候補生、みんな怒ってるよね。
「そんな硬い顔をしないで、シエナ」
セドナ語でアランは語りかけた。
「本当に美しい。君は通訳として呼ばれたの? それとも、僕の気にいるように選ばれてやってきた人身御供だったの?」
口が滑った。
思わずシエナは固まった。
「アラン様。私は通訳ですわ」
でも、シエナはほんのり微笑んだ。
「私みたいな身分の者が、王太子殿下にエスコートしていただくなんて、きっと一生の思い出になりますわ」
アランはハッとした。
別れは近い。
しかしながら、ダンスパーティは順調に開幕した。
開幕後のファーストダンスでシエナはアランと踊り、会場中の注目を集めた。
シエナは美人度で、アランは男前度で令嬢方の視線をさらった。
アラン様、ダンス、うまい。
エスコート、めっちゃ身についてる。
騎士候補生は平民も多く混ざるので、全然太刀打ち出来ない。
ものすごく悔しいけれど、こればっかりは専門外でどうしようもない。
「剣や馬術、戦略論なら、負けないのだが!!!」
「くそう。表に出ろ。勝負してやる。あんな見た目だけヤローなぞ粉々にして海に散骨してやるわ!」
騎士候補生は悔しがったが、なにせ得意分野ではない。
「ホーホッホッホ。こう言う時は、侯爵家直伝の礼儀作法特訓を受けたリオの出番ね」
コーンウォール卿夫人が高笑いを始め、傍らのイライザ嬢に合図した。
するとイライザ嬢が心得たと言わんばかりにうなずき、リオ様命と銘打たれたピンクの扇子を高々と掲げた。
「イライザ様からの合図が来ましたわ!」
「今がその時ですわね!」
「皆さま、準備はよろしくて?」
会場中に、リオ様命のピンクの扇が次から次へと点々と上がっていく。
「いきますことよ! せぇーのっ」
イライザ嬢が最初にあげた扇を振った瞬間、
「リーオ様ッ」
「リーオ様ッ」
「リーオ様ッ」
会場のそこここで黄色い声が聞こえてきた。
騎士候補生たちも気が付いた。
「そうだ! リオがいるぞ!」
「女っ気ないんで、忘れてたけどヤツなら対抗出来る。どっかのお貴族様の出のはずだ」
わらわらと騎士候補生たちがリオの背中を押し出した。
「行ってこい! あの貴族ヤローから、あの美人を取ってこい」
「いいか? ダンスを申し込んでこい。そして、あいつより上手く踊ってこい」
「え? ハードル高いな」
「コールかかってる。腹立つけど行ってこい。騎士学校の代表として!」
リオが前に出てくると、わあああっと言う声が会場中に沸いた。
「リオさまー」
「やったわ、出てきてくださったわ!」
「リオ様あっ」
なんなの?この騒ぎは……
シエナは周りを見回して、騒ぎにたじろいだ。
「畜生! イライザ嬢だな、仕掛け人は……」
リオが、アランに負けないように、しっかりした足取りで進んでくる。
「殿下、失礼いたします」
ダンスフロアには、もう誰もいなかった。
リオはシエナの方に手を差し伸べて、ダンスの許可を求めた。
「ギャー」
「いけー! リオ!」
この騒ぎは何なのだろう。
「こんなの、絶対、宮廷舞踏会ではあり得ないよね」
アランは仏頂面になって言った。
リオコールがすごい。
「まあ、下品な騎士学校ですから」
リオが苦笑いした。そしてシエナに向かって言った。
「さあ、シエナ」
「僕が二回目の相手になったら……」
アラン殿下が素早くリオに言った。
「騎士学校が黙ってないと思います。ここは、ひとつ、お譲りください」
もう、観衆が立ち上がって見物していた。
「シエナ、君が今日の主人公だよ。君を争って、今日の騒ぎになったんだ」
絶対違う。シエナは思った。そんなことないわ。アラン殿下のせいよ。それとリオのせいよ。
「シエナ、大好きだ」
心を込めて、リオが言った。
「この頃、私、リオが弟じゃないみたいに思えて仕方ないのよ」
リオは思わずドキッとした。それはつまり、リオがずっと望んできたことが、遂に……。
「なんだかね、リオがお兄様みたいな気がしてきて……」
……………
兄妹枠か。階段を一つ登れた気がしたのに……
そして、はるか遠くの観客席では、コーンウォール卿夫人がサムズアップ(的な何か)をしていた。
「さすが、リオ! 大人気ね!」
もう、夫人には、かつての見下したような気持ちは微塵も残っていなかった。
もはやリオファンクラブの名誉会長に就任したいくらいの気持ちだった。
「シエナ……確かにかわいいわ。ベイリー(息子)も認めてるし。あとは、リオのプロポーズだけね! もお、リオったら、じれったいわねー。そこがいいかも知れないけど!」
一方で、アランは初めて感じるモシャモシャした気分を持て余していた。
むろん、リオコールは不愉快だった。
だが、それだけではない。
「そこの騎士候補生」
後ろから誰かがアランに声をかけてきた。
アランはゆっくりと振り返った。
背の高い大柄な、金持ちそうだが、なんとなく品のない、それなのに絶対にかなりの身分の貴族なのだとすぐわかる男だった。
「きれいな令嬢を連れてきたな。リーズ家の娘か? それともリーズ家の親戚かな?」
アラン殿下はぞんざいな口を利かれるのには、もう慣れていたが、この男のことは気になった。年がかなり上だ。学生には見えない。
だが、その男はすぐに人ごみに消えてしまった。
だが、すぐに興奮した様子の何人かの騎士候補生に囲まれた。
「ねえ、君、アラン」
彼らは目をキラキラさせていた。
「かっこいいな! 君って、エレガントだ」
「エレガント?」
リオは面食らった。
「かっこいい。エスコートがね。それに、あのきれいな女性をリオに譲る時もスムーズで、鮮やかだった」
真摯な誉め言葉は、決して不愉快ではない。
「そんな褒められるようなことじゃないよ」
アランの言葉を聞いて、彼らは笑った。親し気で何の気どりもてらいもない笑いだった。
「いや。貴族の品とか優雅さがわかったよ。俺達には無理だけど、うん、値打ちはあるんだな。かっこいい」
アラン殿下は、なんとなく感動した。




