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第39話 ドレスがヤバい

シエナをセドナに連れて行くことはない……


ジョゼフはアラン様の顔を見た。

なんの表情も浮かべていなかった。


そこで、彼は何も聞かないことにした。


余計なことを聞いて、別な返事が返ってきたら怖い。



一方で、シエナの方は、またもやハリソン商会からドレスを受け取って、困惑していた。


今回は執事のベイリーが、非常に困った顔をしていた。


それはそうだ。アッシュフォード子爵以外、シエナに何か贈る人物はいないはずなのに。


「リオ様は、このドレスの件、ご存じなのですか?」


シエナは首を振った。


「誰ですか? このアラン・レッドという人物は?」


「私が最近学校からの要請で通訳を勤めているあの留学生よ」


「ああ」


ベイリーから侍女頭のダイアナへ、ダイアナから侍女兼女中のビクトリアとアレクサンドラへ、さらにはマーゴにまで視線が送られた。


どうやら、アラン・レッドは、家の中にたまに出没して悲鳴が上がる危険害虫並みの認定をされたようだ。


「こんなことなら、お嬢様に家庭教師のお仕事をしていただいた方が、マシですわ」


一番若いアレクサンドラが涙ぐんだ。


こんなことって、どんなことなの?


「一大事だ。アッシュフォード子爵様のご意見を聞いてこよう」


「あ、待って」


シエナは思わず言ってしまった。


ベイリーがこれまで見たこともないような、怖い目つきでシエナを睨んだ。


そうか。この人たちは魔王様……アッシュフォード子爵の味方なんだ。


シエナはズキンと胸に痛みを覚えた。


シエナの味方じゃないんだ。


止めるんじゃなかった。


アラン様にドレスを贈られるだなんて、まるでまるで……アラン様の恋人のようだ。


それを言ったら、勝手にどんどん押し入ってきたアッシュフォード子爵だって、同じなんだけれど。


「シエナ様、どうしてドレスを贈られるようなことになったのですか?」


アラン様は一緒にダンスパーティに出たいのだ。

面倒の少ないパートナーが欲しいと言っていた。


でも、ベイリーはきっと断れと言うだろう。


断るなんて、シエナには出来ない。

アラン様が好きだとか、ダンスに行きたいとかではない。


アラン様は、隣国の王太子殿下なのだ。逆らえない。


なぜ、逆らえないのか聞かれても返事できない。国家機密だもの。


「わ、私には答える権利がないのです」


シエナは必死になって言った。


「権利がない?」


「どう言う意味ですか? お嬢様?」


「こんなドレスを贈られるだなんて……知りませんでした」


「サイズやデザインの指定は?」


「あ、それは以前、当店が承りました時のサイズでお作りしたのです。デザインや色の指定はレッド様のご指示で……」


雲行きが怪しくなったことを感じたハリソン商会の店員があわてて口を挟んだ。


「お嬢様は一度も来店されていません。全部、レッド様の侍従の方のご指示でした」


侍従の方……?


よほどの身分の方なのか。


ベイリーはハリソン商会の話を聞いて、とっさにそう思った。


ハリソン商会は、主だった貴族やよほどの金持ちからの注文しか受け付けない。

そこが、一介の留学生からの注文でこれほどのドレスを作った。

ハリソン商会の店員の目は確かだ。侍従という言葉を使うなら、その発注者は少なくとも公爵家以上に違いない。


「リオ様でも勝てないかもしれない」


急いでハーマン侯爵家へ向かいながら、ベイリーはつぶやいた。


「シエナ様は実は大変な美人。いつも地味にして、おすすめしても最低限必要な茶会くらいしか出られなかった。前回の貴族学園のダンスパーティに引き続き、またそんな目立つところに行ったら、余計なファンが増えるに決まっている」


ベイリーは、リーズ家の姉のリリアスの噂を思い出した。


「どこかの侯爵家のご子息との婚約を破棄して、別の男と駆け落ちしたそうだが……」


今回も侯爵家、前回も侯爵家。


「どこの家だったっけ?」


ベイリーはうんうん言ってようやく思い出した。


「そうだ。あの評判の悪いレイノルズ家の息子だ」


リリアス嬢がどんな人だったのか知らないが、その破棄した婚約は、愛し合って結婚を約束したものだったのかとベイリーは疑問に思った。


確か年齢もリリアス様よりかなり上だったはず。お金だけはある一家だったが、父親は強欲で息子は節操がないと言われていた。


「おまけに悪い顔をしていた」


顔立ちがまずいと言うわけではなくて、なんだか悪人面だったなとベイリーは思い出した。


そして、アラン・レッドも、もしかして同じタイプではないかと心配になって来た。


「ご主人様も、もたもたしていないで、さっさと結婚を申し込めばいいのに!」


ご主人様……リオの侯爵家の書斎に、どうでもよさそうに置いてあった、イケメン番付、マンスリー・レポート・メンズ・クラシックのことを思い出した。


リオ様はとても人気があるのに!


コーンウォール卿夫人も実はこのレポートに興味津々だった。


「まああ! リオが? リオが載っている?」




実は最初は、コーンウォール卿夫人は、ハーマン侯爵の急な養子縁組に反対だった。


コーンウォール卿はむしろ文化人、本や絵を好む趣味人で、夫人の方は音楽に熱心だった。オペラとか。オペラ歌手とか。バリトン豊かな歌手とか。テノール歌手も好物だった。


「演劇にもなかなかお目が高い」


とはいうものの、生まれが侯爵家なら嫁ぎ先も爵位こそ低いが名門中の名門のコーンウォール家。


パトロンという名の文化活動では、誰もが一目置く趣味人だった。



そのせいか、弟の侯爵が、養子を筋肉と成績だけで拾ってきたと聞いた途端、何かこう、一挙にやる気を無くした。


どうせ無骨で筋肉自慢の田舎者に違いない。礼儀作法なんか期待する方が間違っている。


かといって、名誉ある侯爵家の跡取りに決まった少年を放置できない。侯爵はベッドから動くことも難しい状態だ。夫人しかいない。後継の少年には、早急に礼儀作法をしつけて、人前に出せるようにしなくては。


悲壮な決意を固めた夫人は、どう見ても田舎者の馬丁のような格好のみすぼらしいリオの様子にがっかりした。


だが、顔を見た途端に、考えを百八十度変えた。


「私は、未完の大器を発見したわ」


細い顎、高い鼻、キリリとした眉、形の良い唇は引き締められている。そして目。


「繊細で豊かな精神の宿る目だったわ」


コーンウォール夫人は興奮気味に語ったが、ベイリー氏(父)は、うさん臭そうに夫人を眺めた。


「まずは形から。ハリソン商会に連れてお行きなさい」


そして貴族らしい服に身を固めて現れた少年を、満足そうに眺めた。


「ベイリー。礼儀作法についてしっかり教える教師を呼びなさい。ダンスの先生とね」


「あのう、僕は、騎士学校に入学して強い騎士になるつもりなんです」


「ダメです。筋肉バカは許しません。文武両道の爽やか騎士が私の理想なの。黙って立っているだけで女性にキャアキャア言われる素敵なイケメンが息子に欲しかった……」


え? それ、ちょっと待って。俺になんの関係もないじゃん……と思ったリオだったが、フッと笑う威厳たっぷりの風格のオーラを漂わせるコーンウォール夫人の迫力には全く勝てる気がしなかった。


「行きましょう、リオ様」


執事のベイリー(父の方)は悟りの境地に達しているらしく、夫人に反論すらしなかった。時間の無駄らしい。



その後、コーンウォール卿夫人の理想に燃えるスパルタ教育のおかげで、リオは立っているだけで、女性の嬌声を欲しいままにするまでに成長した。


「姿勢一つに色気が溢れる」


コーンウォール卿夫人は大絶賛だったが、


「立っているだけですよね」


ベイリー(息子)は言った。


「ちゃんと申し込んだら、どうですか?」


「何を?」


外出先から帰ってきたリオが、きっちりした上着を脱ぎ、タイを外して聞いた。


なんべん見てもいい男である。男には全く関心のないベイリーから見てさえ、いい男だ。


「シエナ様のところに、明日のダンスパーティ用にって、ドレスが届いていましたよ?」


「何ィ?」


あ、やっぱり知らないんだ。


「アラン・レッドという男からです」


あっ……という顔にリオがなった。


「ベイリー、夜会服の支度をしてくれ」


「え? アラン・レッドはどうするんですか?」


リオは、顔をしかめた。


「どうしようもない。だが、俺もダンスパーティに出る」


この様子を扉の影からそっとのぞき見ていた人物がいた。


「コンスタンス様、イケメン爆誕って、やっぱりいつ見てもワクワク致しますね?」


「キリッと礼装のリオもかっこいいけど、ああやって礼装を邪魔そうにしているリオもいいわね!」


「今度のダンスパーティ、波乱含みですけど、絶対観察に行かなくては」


「私も弟の侯爵のツテで、騎士学校の保護者会のオブザーバーの地位をもぎ取ったの。特別席から、リオの様子を見物に行きます」


「コンスタンス様! 眼福ですわ!」


「あなたの情報力は高く評価しているわ。力の限り頑張るのですよ、イライザ」


無名のイライザ嬢がマンスリー・レポート・メンズ・クラシックを刊行するに至った裏には、経験豊かな見るからに重厚なパトロンの存在があった。


「コンスタンス様。でも、私、決して贔屓は致しませんわ」


贔屓しまくっているイライザ嬢が真剣に言った。


「掛け値なしに、今輝いている方を力の限り推して推して推しまくるのですわ」


「わかります。イライザ。推し活動というものには、研ぎ澄まされたセンスがいるのです」


今、リオはシャツを脱ごうとしていた。


二人の貴婦人は、自主規制ということで、ドアを静かに閉めた。




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