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第34話 アラン殿下 VS アッシュフォード子爵 その3

「アラン殿。あなたは片言がかわいい、快活な美少年タイプのイケメンとして、先月の四位から三位にランクアップした。だが、これは『あざとい』に書き変えるべきだな」


なんという的確な皮肉。……と、アランではない、アランの護衛兼通訳は感じた。アッシュフォード子爵は、なかなか鋭いユーモアのセンスをお持ちの方だ。


ちなみに一位はリオ・リーズという名前の『不動の一位』らしい。

ちょっとライバル意識が湧いた。

うちの殿下を差し置いて。


「いいか、アラン殿。あなたにセドナ語の通訳はいらない。これまでは、あざとかわいい、言葉がイマイチな留学生で勝負してきたのかも知れないが、もう十分だろう。シエナを返せ」


「恋人でもないのに、返せとは?」


「しかし、通訳はいらないだろう。いると言うなら、セドナ語がペラペラなことをバラすぞ」


脅されて黙っているようなセドナの王太子ではない。


「別に通訳をしてくれなくとも構わない。シエナ嬢が気に入った。それにシエナ嬢といると自然に女性と仲良くなれる」


「よし、わかった!」


子爵が怒鳴った。


「俺が交代しよう!」


アランは目を丸くした。


「交代?」


「それだけゴート語がわかるなら、セドナ語ができなくても、構わないだろう。俺が案内人になってやる」


「子爵と一緒にいても、なんのメリットもない」


アランはにべもなく断った。


「ある。女性にお近づきになりたいのだな? 俺と一緒にいれば、どうにかなる」


え? 何を言い出すの?



リオはマンスリー・レポート・メンズ・クラシックを叩いた。


「いいか。この冊子だが、こんなものに載りたいわけじゃない」


アランはムカッとした。載ってないくせに。俺は載ってるんだぜ。


「僕は載ってうれしいね。あんたこそ、興味がないなら、どうしてこんなものを持っているのだ」


「欲しくないが、編集者のイライザ嬢が義理で送ってくれるのだ」


何だ、それは? 嫌がらせか? お前は載ってないぞって?


「だが、この際、利用しよう。来週の休みだが、アラン殿はどこかに行く予定なのだな?」


「なんで、知っているんだ?」


「シエナから聞いた」


「シエナ嬢は優秀なのだと思っていましたが、顧客の情報を漏らすようでは……」


護衛兼通訳が苦い顔で言い出した。アラン様の行動は国家機密である。

シエナの悪口に敏感な子爵が割り込んだ。


「俺がデートに誘ったからだ」


「ははーん。それで断られたと」


「仕事だと言われたんだ、仕事だと」


凄まじい目力で睨みかえされた。


「通訳の仕事なんか辞めてしまえと、賃金の十倍を提示したが断られた」


アランはニコリとした。さすがシエナ。この仕事が気に入ってるんだ。


「違う! 仕事なんだそうだ。仕事は大事にしたいと。自分で働いて得た金は大切にしたい、いつかは自力で独立したいと」


「なるほど」


アランは納得した。さすがシエナ。しっかりしている。


「お前のことが気に入ったわけじゃない。好きか嫌いか、話せばわかるからな」


生まれてこの方、お前呼ばわりされたことなど一度もない。


お忍び先でも、事情を知る者たちがそんな事態にならないよう気を配ってくれてきた。


「お前呼ばわりとは、失礼な!」


アランは王太子殿下丸出しで怒鳴り始めた。


「殿下。どうか殿下」


隣で護衛兼通訳が必死になってなだめている。


「殿下?」


「すみません。殿下なんです」


どの殿下なのかは聞かないでください。


「はあ? どこの? あ、セドナのか」


殿下と呼ばれる人間は王弟とか、よっぽど身分の高い貴族か……


「これは大変失礼した。殿下なのだな。詳細は問うまい。そう言うわけか」


「どう言うわけだと思っているのだ」


「いや、先ほどからいやに態度が大きいと思っていた。なるほどな。誰かは存じ上げないが、セドナで相当のご身分の方と推察申し上げる」


護衛兼通訳がしょんぼりし始めた。


「まあ、詮索はしない」


アッシュフォード子爵が、アランの顔をジロジロ見ながら言った。


「知らない方がなにかと好都合だ。ことと次第によっては、全面的に謝らなくてはいけなくなるかも知れないからな」


もちろん、謝まっていただきたいのは山々だ。

しかし、それをすると、身分を明かさなくてはならなくなる。


アラン殿下の横では、護衛兼通訳が、それだけは止めて欲しいと目顔で訴えてくる。



護衛兼通訳は、正直バレるのは時間の問題だろうと思っていた。


こんなふうに何も知らない誰かが、身分をかさに殿下を押さえつけようとしたら……大人しく黙っているような殿下ではない。


いつか、こんな日が来るのではないかと心配していた。


これまで、どうにかボロが出なかったのは、殿下が楽しんでいたからだ。シエナ嬢の取り回しがうまかったので、学園内では、楽しい思いばかりしてきた。誰かに身分を盾に見下されたり、無視されたりといった目には一切合わなかった。


それどころか、自由な身の上を利用して、気軽に人と話をしたり、授業で先生に質問したり(わざと下手なゴート語でからかったり)、剣の授業で誰からも手加減されなかったり、愉快な時間だった。


殿下はだんだん欲を出してきて、街中の探索に出たいと言い出した。


一生、行けないかも知れない街の喧騒を一市民として楽しむことができるかも知れなかったのだ。


護衛は相当渋ったものの、ゴートの王都は安全だったし、大通りから奥には入らないとアラン殿下は約束した。


そしていよいよ街に繰り出そうと言う時になって、これだ。案内役を取り上げると言うのだ。

とても、楽しみにしていたのに。


カフェでランチだとか、下品だと絶対に止められるに決まっている買い食いだとか、ぷらぷら歩いて面白そうな店先を(のぞ)いて見て歩くだけとか。


それには案内役のシエナが絶対に必要だった。


シエナは気に障らない。それとなくカバーしてくれる。


「シエナを返してほしい。あなたにとっては取るに足りないただの通訳だが、俺にとっては大切な人なのだ」


「シエナ嬢は便利で気の利く得難い通訳だし、本人も喜んで働いている。あなたの大切な人は、逆境の中でも、自力で生きて行こうともがく素晴らしい女性だ。本人の頑張りを認めない気か?」


アランは口はうまいのである。シエナの希望を持ち出した。


「いいかね? 俺を連れて行けば、護衛が二人になる」


子爵が護衛に向かって話しかけた。


護衛はびっくりしたが、つぶやいた。


「騎士学校でしたな?」


「しかも、騎士学校の生徒として、街の巡回に何回も出ている。街をよく知っているし、知り合いも多い。これほどうってつけの人物もそうそういないと思うぞ。腕前の方が心配なら、何だったら手合わせしてもらおう」


「いや、別に疑うわけではないし、興味もないから……」


アランは断ったが、相手は粘り腰で食い下がった。


「いいかね? アラン殿。楽しく気兼ねなく女性とお話ししたいんだよね?」


アランは、何だか馬鹿にされたような気がしてムッとした。しかし、事実である。それだけではないと思っているが。


「このマンスリー・レポート・メンズ・クラシックだが……」


アッシュフォード子爵が汚いものでも触るかのように、冊子を指先だけでつまみ上げた。


「二位になりたくないかね?」


「一位になりたいもんだな」


「一位は、どうかな。なにしろ、作成者のイライザ嬢達が一位のリオを激推ししているので」


「どんな面つきのやつなんだ。アッシュフォード子爵は見たこと、ないのかね?」


この質問は無視された。


「それはとにかく、俺とニコイチデビューを果たすといやでも女性からの関心が高まる」


「関心が高まる?」


何言ってんだかわからんが、確かにこの男は人気がありそうだ。

ただし、愛想が悪い。

なるほど、キャラ不足なのか。


殿下の顔がキラキラし出した。


こんな提案をしても、絶対に乗ってこないだろうと思ったのに、乗り気っぽい。


いやに俗っぽい殿下だなとリオは思ったが、まあ、それはそれでいい。


この素直さは確かに好感が持てるかも知れなかった。


いつでも、取り繕っている自分が対比でちょっと嫌になった。


「どうかな? 王都に精通した護衛だ」


セドナの護衛兼通訳にとっては、実は願ったり叶ったりの話だった。


街行きは、さすがに不安だった。王太子殿下という身分がバレなくても、街なんかでは何が起きるかわからない。


年回りも近そうだし、街に詳しいし、街の警戒にあたっていたなら道もよく知っているだろう。本人に言わせると、商店やカフェ、飲み屋の店主にも顔が利くという。


「騎士学校の生徒では、腕が不安だな」


護衛兼通訳が、つぶやくように言うと、リオがいきなりニコリとした。


笑うとこんなにも幼い顔になるのか。アランはびっくりした。


「通訳殿。通訳だけではないとお見受けした。明日にでも、手合わせしてくださらないか?」






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