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どん底貧乏伯爵令嬢の再起劇。愛と友情が、なんだか向こうからやってきた。  作者: buchi


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第31話 アッシュフォード子爵、手紙を出す

家に帰ったシエナは、リオが来ていると聞いてびっくりした。



「リオが?」


客間には、正式な訪問用の黒の服に身を包んだ男性が、端然と座っていた。


リオなの?


いつも騎士服か、街行き用の町人風のくだけた身なりをしているところしか見たことがない。田舎の屋敷にいた時は、完全に馬丁の恰好だった。


それが、今日は違っていた。


後ろ姿を見ただけで、高位貴族のって(たたず)まいだとわかる。




リオは、伯爵邸の中に入ったことがない。


自分の家なのだから、いつ来てもいいだろうと思うのだが、リオは絶対に入らない。


まあ、来ても、魔王様のおかげで様変わりした邸内の様子に驚くはずだった。


「様変わりに驚く……」


シエナはふと気がついた。


「リオはこの屋敷に来たことがないと言ってたわ」


以前の様子を知らなければ、変化に驚きようがない。

シエナはこれまで深く考えたことがなかったが、リオと初めて会ったのは、領地の屋敷だった。


家を留守にすることが多い貴族の家庭の常で、シエナも両親よりお付きの乳母や付き添いと過ごす時間の方が長かった。

兄姉と少し歳が離れていたので、兄姉たちは学校へ行くため田舎の家におらず、王都の邸宅にいることが多かった。

だから、弟と会う機会がなくても当たり前だと思っていた。


田舎の屋敷の誰も否定しなかったので、姉弟だと信じていた。


だけど、よく考えたら、十歳以上になってから初対面はさすがに妙ではないか?



リオが人の気配に振り返った。


シエナは、声が出なかった。


きちんとした恰好のリオは、どこの誰よりもカッコ良かった。

かわいい子だと思っていたけど、もうそんなことはない。

炯々(けいけい)とした鋭い目、威圧的なくらいの高い鼻、見惚れるような顔立ちだ。


だが、声が出なかったのは、そのせいではない。


リオは怒っていた。


なんだか知らないけれど、これまで感じたことのないオーラを感じる。


「シエナ」


声も素敵だったんだ。だが、ズシンと響く声だった。


「リオ……」


「聞いておきたいことがあって」


掛けろと言わんばかりの様子に、シエナはちょんまりと座った。


なんだろう、この緊張感。


「忙しいそうで……」


しばらく黙ったのち、リオは声を絞り出した。


「え? あ、そうなの。アンダーソン先生から通訳を頼まれてしまって」


リオにさえアランの正体を言えないのはつらかったが、セドナの王太子の件は国家機密にあたる。モーブレー公爵から、さんざん念を押されている。


「誰からバレるかわからない。警備が甘いと命を狙われるかもしれん。ゴートの責任を問われるわけにはいかない」


シエナはアンダーソン先生の名前を使った。


「あのアランと言う留学生か」


そのアランです。だけど、それがどうかしましたか? 十二月祭りの後すぐに帰ってしまうのですよ?


「親切過ぎないか? いくら、先生の頼みとは言え」


「セドナ語の勉強にもなるかと思って」


「あの男が気に入ったのか?」


へ?


シエナが目を大きく見開くと、リオはパッと口元を手で覆った。なんだか言うつもりのない言葉を出してしまったらしい。


シエナもリオからまさかそんなことを聞かれるとは思っていなかった。


ちょっと態度が柔らかくなって、リオが言葉を続けた。


「シエナ、今度の休みはちょっと遠出に出ない? 湖のほとりにあるレストランの予約が取れたんだ」


「いえ」


次の休みはアランの希望で、街歩きに付き合うことになっている。


「次の休みは予定が……」


リオに逆らうのは怖かった。だけど、決まっていることは覆せない。


ガタンと音を立てて、リオが立ち上がった。


恐ろしい顔をしている。


こんなに美しい顔立ちなのに、こんなに怖いなんて。


「アランとか?」


「だって、仕事なのですもの」


「報酬はいくらだ」


渋々シエナは金額を言った。


リオはポケットからその十倍の金貨を出してきた。


二人は顔を見合わせた。


これはリオが間違っている。


「リオ」


シエナが言った。


「私は、お金を稼がないといけないの」


リオが顔をしかめた。


「私には何もない。唯一何かできるとしたら、勉強だけ。セドナ語ができると言うことだけ。だから頑張らないと。伯爵家にお金はないわ。いずれ独り立ちしなくてはいけないの」


「君には魔王がついているじゃないか」


シエナは首を振った。


「いつ消えてしまうかわからないご厚意なの。私はいつか返せるものならお返ししたい。もちろん無理なことは分かっている。私には感謝の気持ちしかないけど」


リオはどう思ったのか知らないけれど、顔をくしゃくしゃにしかめて出ていった。



「どうして、リオがあんなに物分かりが悪いのかしら?」


「それはですね、お嬢さま」


珍しくダイアナの方から話しかけてきた。


しかし彼女はそこで黙ってしまった。


正直、単なる嫉妬ですよと言い切れたら、みんなとても楽になるだろうと思うが、一使用人の立場でそんなこと、言えなかった。





やがて、翌日、いつものように午後になってから、勤務に忠実なシエナはアラン様のところに伺った。


あくまでも雇われ通訳、仕事なのである。


だが、どうもアランの方が勝手が違っていた。


あのあと、どんなことがあっても単独での面談……すなわちシエナを連れてきてはいけないという手紙が届いたのだ。


なんでシエナを連れて言ってはいけないんだろう?


「シエナ、実はもう一通手紙が来ていて?」


「まあ! 今度はテオドール・クレイブン様ですか?」


「誰? それ?」


シエナの失言だった。


しまった。余計な情報、個人情報だ。


「ええと、そのお、クレイブン様はマクダネル侯爵の嫡子なのでございます」


「それがどうした?」


「ええと、アラン様が懇意にされているブライトン公爵令嬢のファンでして……」


アランは苦い顔をした。またか。


「恋人同士だったり、婚約していたりするの?」


「そんなことはございません。その場合、必ず、事前に申し上げます」


あわててシエナは答えた。


「それでも手紙は来るんだね?」


「ええっと、単なる心配というか嫉妬ですわ、多分」


「全く」


アランは手紙を手でもてあそんだ。


「言えばいいのに。ちゃんと本人に告白しようよ。それから僕に文句を言ってほしいな」


「やっぱり、いざとなると勇気が出ないのだと思いますわ。クレイブン様は、ご自分の御容姿にコンプレックスがありますし」


「なるほどねー」


アッシュフォード子爵もそのくちか。


アランはいい気になった。

彼はありふれた栗色の髪の持ち主だが、まるで宝石のようと自国では称えられた美しい目をしている。目鼻も整っていて、宮廷でのお世辞を()()いても、実際かなりのレベルだと自負していた。

ゴートに来てからも、女性の反応は悪くない。


シエナは、アランの性格を考えると、伝えたほうがいいのかどうか、どうも判断しかねたが、イライザ嬢謹製のマンスリー・リポート・メンズ・クラシックによると、アラン本人は四位にランクインしている。


マンスリー・リポート・メンズ・クラシックというのは、イライザ嬢たちが、毎月作成しているイケメンランキング表だ。貴族学園と騎士学校の男子生徒全員が対象となる。


なぜ、毎月作る必要があるのか、どうしてクラシックという言葉がつくのかよくわからなかったが、とにかくこの表は水面下で流通していて、なかなかの人気を博している。


不動の一位は、言うまでもなくリオである。


シエナは密かに、アッシュフォード子爵の名前を毎月探していたが、彼がランクインしたことはなかった。

マンスリーレポートメンズクラシックは、上位十名の他、今月の注目というタイトルでその時、編集長の目についた数名をピックアップして紹介してくれる。これが翌々月くらいにランクインすることもあるのだが、そこにもアッシュフォード子爵の名が出たことは一度もなかった。


イケメンではないのね。


シエナは諦めた。


魔王様は魔王様なのだろう。

こう、イカツイ系だとか。


「まあ、読んでみて」


アランはシエナに手紙を渡し、横目で彼女の様子をうかがった。


次から次へと手紙がやってくる。


それだけ愛されている証拠なのだろう。


今回の手紙は、二通来ている。


そして、二通目にはシエナの名前が載っている。


意味するところは明らかだ。



シエナは美人だ。


ゴート国も気の利くことをするとアランが思った程度には。


熱心に手紙に目を通しているシエナ嬢は、艶のある髪が柔らかく巻いている。目は澄んだ紫青だ。背は高い方だが、とても華奢だ。本当に細くて、顔も小さくてその中に目が星のようだなどとアランは訳のわからないことを考え始めた。まあ、惚れる男がいても仕方ない。それに、ダーンリー嬢やブライトン嬢より明らかに長い時間アランと一緒だ。


もしシエナに思いを寄せる男が居たなら、さぞかしヤキモキしているに違いない。

それはわかる。アランは学習した。


「え?」


小さな声で、シエナが叫んだ。


「知り合い?」


「ええと、あの……」


文章は簡潔で要領を得たものだった。もちろん、色々うるさい作法というものが文章を書く場合にも存在するので、手紙自体はけっこうな長さだが、内容は簡単だ。お目にかかりたいと言うだけだ。


「騎士学校の方なので、まったく存じ上げませんが……」


「会ったこともないの?」


ちょっと意外だった。


それなのにどうしてこんな手紙を書いて寄越すのだろう?


「はい。ですけれど、経済的な面も含めて面倒を見ていただいているのです」


「経済的な面……」


意外だった。


「どう言うことなの?」


アランは問いただした。





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