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第3話 婚約者のジョージの彼女を発見!

五年ぶりに戻った王都の屋敷は様変わりしていて、外から見た限りでは、全く変化はなかったが、門を入った途端、荒廃していることがわかる。


マーゴ一人では手が回らないので、多くの部屋は締め切ってあって、シエナは台所の横の小部屋で寝ることになった。


「お嬢様に失礼なんですが……でも、冬になっても台所以外、暖炉に火を入れられないんです。(ねんりょう)が買えなくて……」


マーゴのこの話には、めげた。要するに台所以外、火を入れられないので寒くて住めたものではないのだろう。


「私、仕事を見つけたの。アマンダ嬢という方の家庭教師よ」


シエナは、努めて明るく言った。


「え?」


マーゴはたまげた。


「伯爵令嬢が家庭教師ですか?」


「あら、だってお金がないんですもの。お父様だって、大変そうですし。私、こう見えて、とても成績がいいのよ」


なんかこう、魔法でも使えたらいいなと思うシエナだった。


家具の一部は売り払われて、なくなっていた。


多分、この分では、家に伝わる宝石類も売り払われているに違いない。


シエナが擦り切れたドレスばかりを着ているのも、まともな服は全部売られてしまったからだった。


新しいドレス!と叫ぶと、新しいドレスが現れる魔法があればいいのに。


いや、本気で。


慣れない手つきでジャガイモをむき、玉ねぎに涙しながらシエナは思った。


「シエナ様がお召しになるドレスはどうなるのですか?とお止めしたのですが、とにかくお金がないからと」


アマンダ嬢と知り合いになって、本当に良かったとシエナは思った。

彼女は金払いがいい。準男爵の地位を金で買う家の子だけある。


それに、あの調子なら、当分、家庭教師がつとまりそうである。アマンダ嬢は一歩間違うとすぐ落第だ。



「お嬢様、恒例のダンスパーティの時期ですけど」


「なんで、そんなこと知っているの?」


思わずマーゴの方を振り返って、シエナは鋭く尋ねた。


「リリアス様は三回パーティーにお出になって、その都度、御令息がたが大騒ぎでした」


むっ。やるな、姉。


「シエナ様は……」


シエナは手を振った。シエナはモテない。それどころではない。


「大丈夫! 大丈夫よ、誰も誘いになんか来ないから!」


モテないのもさることながら、来てもらっては困る。来ていく服がない。


「いえ、そうではなく、確かシエナ様には婚約者のジョージ様が……」


「ジョージ様は、私が学校に来ていることを、ご存じないんじゃないかしら?」


だって、探しにも来なければ、見かけたこともないもの。見つけてもらっても困るけど。

ゴアのおばさまのご希望の社交とやらが、完璧なまでに出来ていないわ。

友達と言えそうなのは、アマンダ嬢だけ。でも、あのアマンダ嬢は貴族臭がしなさすぎる。絶対、ゴア男爵夫人のお気に召さないに決まっている。


「ジョージ様がドレスを贈ってくださったら」


マーゴはエプロンの縁で涙をぬぐいながら言ったが、シエナはゾーッとした。


ゴア男爵家からお金をたくさん出してもらっているらしかったが、実はシエナはゴア男爵家の人々がいまひとつ好きでなかった。


その中でも一番好かないのが、実は肝心のジョージだった。


じぃぃぃっとシエナを値踏みするみたいに見つめるのである。気持が悪い。


だから、見つからない方がよかった。そもそも今の生活がスポンサーであるゴア男爵夫人のお気に召さないことは確実だし。




学園で、アマンダ嬢は意外と人気者だった。


貴族とは言いにくいくらいの身分だが、嘘のない、あっさりした性格ともう一つ……

多分、金払いがいいからなんじゃないかな。


密かにシエナは思った。


でも、性格が良いことが一番の理由だと思う。


「ほらさー、あそこにいるあの女」


急に立ち止まると、アマンダ嬢は指で指した。


アマンダ嬢とは一味違うが、やはり派手な衣装の女がどこかの男とじゃれ合っていた。


「カーラ・ハミルトンって言うの。でも、いつも男と一緒なんだよね。それが悪いわけじゃないけど……」


ほらきたとアマンダ嬢の友達のイライザ嬢がささやいた。


アマンダ嬢を見ると、カーラ嬢はつかつかと近づいてきた。


余りの威勢のよさにシエナは思わずアマンダ嬢の背中に隠れた。何が始まるのかしら。


「ごきげんよう、アマンダ嬢」


カーラ・ハミルトン嬢はにこやかにアマンダ嬢に話しかけた。でも、どこか高慢に見えるのはどうしてかしら?


カーラ嬢は……アマンダ嬢の真っ赤なドレスと違って、ピンクのフワフワのドレスを着ていた。どっちも学園向けとは言い難い。甲乙つけがたい。シエラは悩んだ。


「ご、ごきげんよう、カーラ嬢」


「あらあ。今日は下女を連れてらっしゃるの? 侍女やお付きを連れてきてはいけないってこと、ご存じなかったかしら?」


「ご存じだわよ。この子は、特待生だから、友達よ」


もしもし? アマンダ嬢、セリフ間違ってますよ? それに、ご令嬢らしくないですわよ?


「まあ、皆さん、お聞きになりました? 自分に向かって、ご存じですって。口の利き方がなってらっしゃらないこと! それに、特待生がお友達ですってよ? 貴族らしくありませんこと!」


あら、やな女。


「な、なによ、口の利き方ばっかり。自分はどうなの。そこの男には婚約者がいるって聞いたわよ」


アマンダ嬢は勇敢にもカーラ嬢に挑み出した。


カーラ嬢はムカッとしたらしい。そして、この問題はカーラ嬢にとって、いささか痛い問題らしかった。


「そこの男だなんて、なんて失礼なのかしら。名前くらいきちんとおっしゃってはいかが?」


「ジョージ・ゴア男爵令息だろ? 婚約者がいるのにべたべたするっていうのはいいことなのかい?」


図星だった。カーラ嬢の茶色の瞳がアマンダ嬢をにらみつけた。


一方で、シエナ嬢の紫がかった青い瞳は、カーラ嬢をポカンと見つめた。


今、なんて言ったのかしら?


カーラ嬢は気を取り直して、ツンとした様子で、何もわかっていないくせに、みたいな調子でアマンダ嬢向かって解説を始めた。


「貴族の間では子どもの頃から婚約することが多いのですよ。多くは領地や爵位の関係でね。代々続く家になればなるほど、そう言った問題は避けて通れないのです。ゴア男爵家も同様の問題を抱えているの。成金のにわか準男爵家のあなたにはわからないでしょうけれど」


ここで、カーラ嬢は扇子を取り出し口元を隠した。


「ジョージ様は愛してもいない女性と将来を結び付けられてしまわれたの。伯爵家の令嬢ですが。でも、大変な醜聞にまみれている方なのよ。本当におかわいそうなジョージ様。あの方には愛を貫く自由がおありにならないのです」


シエナは、耳がカーラ嬢の方向に向かって伸びるような気さえした。

え? ジョージの婚約者って、誰? もしかして、私? 醜聞持ち? どゆこと?


「婚約破棄したらどうなんだね。醜聞持ちなんかいやだってんなら」


「それが出来たら……あんな悪女」


悪女……。あんな悪女って、まるで知り合いみたいな言い方ですけど、私、あなたにお目にかかったのは生まれて初めてですわ?


「相手が悪いんなら、そうしたらいいだろ!」


怒鳴るようにカーラ嬢にエールを送るアマンダ嬢……。このセリフ、二人の愛を応援しているんだよね? この二人、意外に仲良しなの?


カーラ嬢は言いたいだけ言って気が済んだのか、悲劇のヒロインぶってジョージの元へ戻っていった。


そこで、シエナはそろそろと目だけ動かして、渦中の悲劇のヒロイン、もとい、ヒーローの人相を確かめた。


「ねー。あんなこと言って、悲劇のヒロインぶってるけど、二人ともてんでそんな雰囲気ないんだよね。ジョージはしもぶくれのパッとしないデブだし、カーラは趣味の悪いド派手ブスだし……」


うん。しもぶくれのパッとしないデブ……間違いない。ジョージだ。


アマンダ嬢に指摘されて初めて気がついた。ジョージは顎ががっちりしているのである。そして、家にいた頃よりだいぶん太っていた。


「お貴族様って大変だよね。数代前からのしがらみがあるなんて、私にゃ耐えられないね」


いや。

ジョージの場合、それはないと思う。


なぜって、叙爵したの、先代ですから。

領地だって猫の額ほど。自分の家の周りくらいなんじゃないかしら。親族にも貴族はいないから、そんな心配しなくてもいいのに。


「ま、ちょっとは気の毒だけどね。どっかの伯爵家の娘と婚約してるんだってさ。そりゃ大層だねえ」


その伯爵家ってウチなんです。そして、悪女の件について、シエナには少々心当たりがあった。

多分、姉のリリアスの話じゃないかしら。



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