第28話 ご令嬢方との楽しい会話
「アラン・レッド様ですわ」
シエナは、アラン殿下を仲間の令嬢達に紹介した。
「弟のリオから紹介されましたの」
「まあ、リオ様の?」
令嬢方の反応が妙にいい。急にざわめいて、アランの顔を見つめる。
リオって誰?とアランは思ったが、ゴート語があまりわからない設定なのと、大勢の花のような令嬢たちに紹介されている緊張の場面だ。質問どころではない。
「リオ様のお友達?」
「知人の知人ですの。でも、セドナからの留学生なので、知り合いが誰もいないのですって」
「まあ。留学生」
ここは思った通りの反応。みんな、アランの顔を見ている。アランはニコッと笑って見せた。
「皆様に紹介してあげてと頼まれました。お家柄はとてもいい方だそうですの」
確かに。
「本当でしたら、男性にご紹介しなくてはいけないのですが、私にはそんなことをお願いできる知り合いがいなくて、皆様方にお願いすることになってしまって」
シエナ嬢、やるじゃないか。ものすごく自然。
「ヨロシクオネガイシマス」
ひどいセドナ訛りのゴート語の片言は、少女たちの心を溶かしたらしい。
「なかなかイケメンじゃないの」
「カタコトが可愛いわよね」
誰かがこっそり言った言葉尻をアランの耳はとらえた。
あいにくゴート語は大得意だ。片言なんてフリなだけだ。
アランはごく自然に話の輪に入っていった。
シエナの方は胸を撫で下ろしていた。
よし。これで任務は終了だ。
セドナの護衛はゴート語の通訳も兼ねている。というか、通訳の名目で護衛がついているのだ。
護衛がつくだなんて、それこそ、どこの王族だと突っ込みが入りそうで、身バレが怖い。とはいえ、事実、セドナ王国の王太子なのだから、護衛は必要だ。だが通訳と名乗れば、全く自然。シエナが通訳する必要が本当はないくらいアランはゴート語に通じているが、片言のふりのせいで通訳が必要になれば護衛を頼める。
シエナはニコニコと微笑みながら、後ろに下がっていった。
さっそくブライトン公爵令嬢がアラン様に向かって、熱心に話しかけている。よし。
「セドナ王国では、ヤマアラシと言う動物のトゲを薬に使うって聞いたんですけど、ほんとうですか?」
「…………」
ま、まあ、ブライトン公爵令嬢については色気はゼロだと説明しておいたし、その気にさせるのが自分の顔と話術だなんて言っていたから、いいんじゃないだろうか。なかなか難易度が高そうだけど。
「シエナ様、本当にリオ様のお知り合いですの?」
この鋭すぎる突っ込みはイライザ嬢だ。
「えー、リオと言うより、騎士学校の方からのお願いなの」
「騎士学校の生徒はほとんど全員男性ですわ。その方にも、貴族学園にも知り合いの男性くらいらっしゃるのでは?」
うッ。相変わらず鋭い。
特にリオ絡みになると、頭脳の回転度数がキュイーンと音を立てて上がりそうだ。
「……細かいことまではわからないわ。何か事情があるのかもしれないわ。リオに頼まれただけなの」
「事情ですか……どんな事情でしょうねえ」
そこ、突っ込まないでもらえると助かるんですけど……国家機密なので。
シエナはひやひやした。
アランは快活で、いかにも楽しそうにヤマアラシの毒の話をしているが、あいにく毒のある哺乳類がゴート国にはいないので、適切な語彙がなく、話は難航していた。
「では、ヤマアラシと言うのはサラマンダーの一種だったですね。私、サラマンダーは伝説上の生き物だと思っていました。手を触れると焼け爛れるだなんて凄まじい生き物ですわね!」
違う。
焼けるような痛みだと説明したばっかりに。
針の先に毒を持つ種類のヤマアラシの話で、その毒が薬になると……ああ、ややこしい。
「セツメイ、ムズカシイ。図書館、イッテキマス。シエナ、イコウ」
投げるな、こら。
と思ったが、グイと腕をつかまれてシエナは思考停止した。アランが割と切羽詰まった表情で頼み込んできたからだ。
「図書館、アンナイ、タノム」
「アラン様、せっかくでございます。図書館のご案内なら、誰でも出来ます。お好みのご令嬢に依頼なさったら?」
「思っていたより、知的水準が高く……」
アランは渋い顔で、シエナ嬢にセドナ語で答えた。
「実は女性をなめていた。ダーンリー侯爵令嬢からは、セドナ特産の牛皮の強度について聞かれた」
「牛皮の強度……で、ございますか?」
「痛くない鞭の研究をしているそうなんだけど……それって、何に使うつもりなんだろう。彼女が真剣過ぎて、聞き返せなかった」
鞭は痛くなければ、商品価値がないのでは?と至極当然の質問をアランはシエナに向かって聞いたが、馬用の鞭以外の用途について、シエナには一つ心当たりがあった。
しかし、言うわけにはいかない。
シエナは歯を食いしばった。笑ってはいけない。
どうせアーネストあたりが発信源だ。アリス嬢がアーネストの異常?性癖を理解しているとは思えないので、素直に聞いたのだろう。
「他のご令嬢なら、そんな稀有な質問はなさらないでしょうに」
アランは渋い顔をした。彼の予想とはいろいろ違っていたらしい。
「リオ様とどういう関係ですか?って何人かから聞かれたけど、君の弟、有名人か何か? 僕のことにはまるっきり関心がないみたいで、リオとか言う男に興味があるだけみたいだったんだけど」
これまで王太子殿下として、全ての女性の関心を釘付けにしてきたアランにとっては、別の男に興味のある令嬢なんて、新鮮すぎて不愉快なのだろう。
「今年の最優秀成績で入学した注目の騎士候補生なんでございます。自分の弟のことを、ほめるのはおかしいですけれど、武芸に秀でた弟ですの」
「筋肉系か。たくましいのだな」
間違ってはいないかもしれない。大幅にポイントを外している感が半端ない気はするけど。
リオの注目ポイントは、多分、顔だ。
「まあ、それなら許せるかも。ジャンル違いだから。僕の場合は、多分顔だと思うんだ」
それからちょっと謙遜したような顔になって付け加えた。
「比較すれば割と整っている方だって、セドナではよく言われていてね」
全然謙遜になっていないが、間違ってはいない。ただし、比較対象がリオでなければの話だが。
図書館に着くと、アランは真面目な顔をしてセドナの生物生態と言う本を借りていた。
「ブライトン公爵令嬢のために?」
「もちろん。絵とか図を見てもらった方がわかりやすいと思うんだ。それに僕はヤマアラシの専門家ではない」
「まあ、アラン様、お優しい上に思慮に富んでらっしゃる」
ブライトン公爵令嬢が質問を覚えていてくれたらの話だが。




