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第27話 語学マウント

恐ろしいことに、アーチボルトは完全に無視された。


何週間も前から、セドナの王太子殿下にこう話しかけられたら、ああ答えようとか、完ぺきな想定問答集まで脳内作成し、万全の体制を練り上げていたのに。


だが、今、アーチボルトの目の前をスッと通り過ぎたアラン・レッドことセドナの王太子殿下は、リーズ嬢の手を取ると早口のセドナ語で話しかけだした。


「名前はなんて言うの? シエナ・リーズ? 僕のことはアランて呼んでね? 実はゴート語はあんまり得意じゃないんだ。女の子たちに笑われたらどうしよう」


「殿下は、ご令嬢方とお話をされるのをお望みですか?」


シエナはきれいなセドナ語で聞き返した。



ここで、語学力の差が出た。


官僚で通訳兼任のエドワード・ロチェスターは完全に聞き取って、頭を抱えた。


シエナ・リーズ!


そんな希望は聞くな!



アーチボルトは、八割方しか聞き取れなかった。距離があったと言うこともある。

だから、ボーとしていた。


肝心のモーブレー公爵は、全然聞き取りは出来なかった。だから彼はエドワードの顔を見た。


「ええと、ご令嬢方とお話ししたいらしいのですが」


説明している間に話はどんどん進んでいっている。しかも、二人はアランのリードで先に進んで行ってしまっていた。


「うん。自国では、婚約者候補の令嬢方が多くて。一人とお話しすると、あっという間に噂になってしまってね。話が盛り上がってしまうんだ。わかっているから、自由にできない」


シエナはうなずいた。


王太子殿下ともなれば当然だろう。


「ここなら、誰も僕の顔を知らないだろう」


「そんなことはないと思いますわ。肖像画もありますし」


「でも、だからこそ、騎士の格好なんだよ。これなら、誰にも僕だってことわからないだろ?」


「そうですわね。身なりが変わると印象はずいぶん変わります」


シエナが身を持って体験した事実である。


「しかも、名前も違うしね。これで女の子たちと自由に話せると思う」


「でも、王太子殿下」


「アランって呼んでくれ。身分がバレちゃったら、何にもならないだろう」


殿下は熱心に頼んだ。


「では……アラン様」


ちょっと戸惑いながらも、どこまでも、真面目なシエナは指摘した。


「アラン様は、どこかの貴族のご子弟と言う設定でございますね?」


「そうだ。セドナからの留学生だ」


「でしたら、モテるかどうかわからないと思いますわ」


「えッ?」


セドナの王太子殿下ことアランは、突然の失礼な言い分に固まった。


そして、予想外のことを言いだす通訳の女性の顔をまじまじと見つめた。


アランがモテないかもしれないだなんて。


これまで、誰も、この問題(王太子殿下モテ過ぎ問題)を否定する者はいなかった。


アランは王太子殿下だ。更に、整った顔立ちをしていた。だから、アランの言動に無関心な貴族令嬢など一人もいなかった。


「今は、顔立ちの美しいご立派な騎士様であることは同じですが、権力も財力も中程度の貴族と言う設定でございましょう?」


アランはシエナと名乗る女性の顔を見つめた。


アランにとって衝撃だったのは、シエナが水のように冷静だったことだ。


王太子と聞いて平静でいられる年頃の貴族令嬢になんて会ったことがない。


だが、シエナは極めて冷静だった。同時に非常に良心的なのだということもわかった。


アランの話を聞いてくれる。


自分の欲望や野心の秤にかけず、アランの気持ちだけを聞いてくれているらしい。


「そうだね」


アランは、悔しいような興味がわくような、なんだかよく分からない気持ちになりながら、シエナの説明を聞いた。


「身分を明かさず、令嬢方と気楽にお話しなさりたいのでしたら、失礼ながら、私の知人と言う形で学園の令嬢がたにご紹介しますわ。もし、最初に紹介した方々がお気に召さなかったら、別な方たちをご紹介しますわ」


「え……」


令嬢たちの方から来るんじゃないの?


「誰だかわからない男性とお話しするのを令嬢がたは遠慮されるものなのです」


それなら、誰だかわからない令嬢の相手を散々させられた俺は被害届を出してもいいのか?


「自然にお話をと言うことでしたら、他の女性から紹介されることが自然で簡単にお話しできる方法ですわ。皆様安心されますから」


「こ、こら! リーズ嬢! 殿下をたぶらかすんじゃない! 令嬢方を紹介するだなんて、万一、この国で殿下の恋愛事件でも起きたらどうしてくれるんじゃ!」


「モーブレー公爵様……」


シエナは突然割り込んだ公爵に当惑した。公爵の耳の側で、エドワードが早口で何事かささいている。多分アランとシエナの会話を通訳しているのだろう。


「殿下のご希望は、お話したいだけのようでございますが?」


「ダメだ、ダメだ! 本気で婚約破棄されて、真実の愛とか騒がれたら、接待役の我々はどうなると思っている」


「婚約者はまだいない、婚約者候補がいるとアラン様はおっしゃっておられましたが……ブライトン公爵令嬢とダーマス侯爵令嬢をご紹介しようと思っていたのですが……」


その名前を聞いて、モーブレー公爵はムムムと口を引き結んだ。


両家ともこの上ない名門である。


セドナの王家とも縁戚に当たる。自国の王家とも血繋がりだ。家柄的にはあり得る話だ。セドナの状況がわからないので、何とも言えないが、結婚する可能性はある。


トンデモ男爵令嬢とか紹介された日には世も末だが、どうしてもセドナの王太子殿下が女性とお話ししたいと言うなら、確かにこの二人が最良の選択だ。


モーブレー公爵としては、彼の斡旋で裕福で強大なセドナ王家と結びつきが作れれば、それこそ大手柄だった。大金星になる。


ただ、現在の王家にちょうど年回りの良い頃合いの姫君がいないので、あきらめていたのだ。


だが、もし、万一、少々身分的に劣るとはいえ、真実の愛とか言うカードで、王太子自身が結婚したいと言い出したら?


セドナ王国は恋愛には比較的自由なお国柄だった。


ブライトン公爵家もダーマス侯爵家も、家柄的にも富裕さ加減から言っても圏内だ。これに殿下の真実の愛を付け加えれば、どうにかなるかもしれない。


「そ、そうだな……試してみる価値はあるかも知れぬ」


ついにモーブレー公爵は許可を出した。


シエナは黙っていたが、そう言う意味で紹介しようと言ったのではない。

結婚とか、あの二人のご令嬢は全く考えていないに違いない。


「貴族たるもの、王家の婚姻をまとめることは……」


以上、すべてがネイティブのゴート語である。当然、アランにはわからない。



「アラン様、この国で真実の愛を見つけてしまったらどうなさるおつもりですか?」


シエナが平然とアラン殿下に聞いていた。エドワードは眉をしかめた。


またもや聞きにくいことを平然と聞いている、この娘は。


「わからないな。だけど、基本的には楽しみに来たんだ。自由な雰囲気を。僕が滞在できる時間は一ヶ月だけなんだ」


「真実の愛のためには短すぎますわね」


シエナも認めた。


「そう。令嬢方の話をしたのは良くなかったかもしれない。僕は幼馴染や学友には恵まれた。全員、男だけどね。言いたいことも言えるし、友情だと信じている。だけど、女性は知り合いになるのが自国では難しい。だからチャンスだなと思っただけだ。ここで、トラブルを起こす気はない」


エドワードは目に見えてほっとした顔をした。


あんな、変な王太子殿下らしからぬ格好で現れたが、割とまともだ。


「早速、君のプランに乗るよ。ブライトン公爵令嬢とダーマス侯爵令嬢だね?」


「その二人ですと、お話プランだけになってしまいそうですけれど。実は、お二人とも……」


「婚約者がいるの?」


「いいえ、そうではありません。ただ、男性を見ても婚活対象とは思わない人たちなんですの。一言で言えば、色っぽくはないのです」


「それはいいじゃないか。代わりに僕が彼女たちに色っぽく声を掛けて、その気にさせれば……」


「アラン様、先ほど、トラブルは起こさないとおっしゃっておられましたが……」


シエナが慌てて聞いた。


「あえて、トラブルを起こす気はないけど、一つ気になるのは、君が言うように王太子と言う看板を取り去ったら、僕の魅力はないってことなんだ」


「そんなことは申しておりませんわ!」


「いいんだよ。事実だ。でも、残った本当の魅力で勝負したいんだ。どこまで通用するか」


キランとアランの目が光った。口元がニヤリとしている。


ああ、と頭を抱えたのはシエナだけではない。

エドワードも頭を抱え、エドワードから説明を受けたモーブレー公爵も頭をかかえた。


やっぱり何をやり出すかわからないじゃないか……。


「まあ、外国の公子なんて、そんなものでしょう」


しばらくたってから、エドワードはモーブレー公爵に向かって言った。


「最低限のわきまえはあるようですし。トラブルは起こさない方針みたいですから。貴族学園内のご令嬢方を引っかき回しても、セドナの王太子の仕業とわかれば、どのご令嬢もその父親も文句は言いますまい。それこそ、妊娠でもされたら困りますが」


「たった一ヶ月だ。そこまで心配は要らないだろう」


モーブレー公爵は独り言のように返事した。


アーチボルトは呆然としていた。


話についていけないのである。校内一の成績と自負していたが、あっさりシエナに覆されてしまった。


実践ではシエナ嬢の圧勝だった。


「シエナ嬢が気に入られたようでよかった」


「意外でしたが、彼女のセドナ語は完ぺきでしたね。しかも、殿下に媚びないので好印象だったようです。殿下はこれまで散々女性に付きまとわれて嫌気が差していたようですし。シエナ嬢は仕事と割り切っているんでしょうな。王家の女官としても使えそうです」


モーブレー公爵は、ここはシエナ嬢にお任せしようかと言い出した。


「まずいことも言わないようだし、セドナ側の護衛も付き添っている。ゴート側があれこれ口を挟むと嫌がられるだろう。シエナ嬢なら、セドナ側も警戒しないだろう。適任だ」


それから、公爵は思い出したようにアーチボルトを振り返った。


「ああ、君。学内案内の件だけど、どうにかなりそうだ。毎日出てこなくても大丈夫だよ。用事があるときは、使いを出す」


アーチボルト・カミング、一生の屈辱だった。



先の方では、アランが楽しそうにシエナに話しかけている。


「ねえ、余計な質問だけど、ブライトン嬢とダーンリー嬢って、美人?」


「もちろんですわ。ですけど、アラン様」


シエナ嬢がちょっと真剣になった。


「アラン様、ゴート語ができないだなんて、ご冗談ですわよね?」


「え? どうしてそんなこと思ったの?」


「私のブライトン公爵令嬢とダーンリー侯爵令嬢の説明は、モーブレー公爵とエドワード様へのゴート語の説明でしたわ。ちゃんと聞き取ってらしたではありませんか」


テヘヘとアランは、ちょっと赤くなって笑った。


「しまったと思ったんだけどね。気づかないでいてくれたらと思ったんだが、気づいてた? でも、これからも留学生で行こうと思ってるんだ」


アランは悪戯っぽくシエナの顔を見た。


「あんまり、言葉が得意じゃない風を装ってね。その方が関心を持ってもらえると思うんだ」


だが、この言葉を聞いたのは、アーチボルトだけだった。お任せしようかの言葉通り、モーブレー侯爵とエドワードはさっさと王宮に向けて歩き出してしまったのである。


アーチボルトは、隣国の王太子殿下の通訳に選ばれて、気負いこんでいた。服だって、それらしく整えてきた。

だが、この結果に彼は悄然としていた。とぼとぼ帰って行くしかなかった。





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