第22話 アッシュフォード子爵ってどんな人?
何もかもがアッシュフォード子爵の思うがままに進んでいる。
ヴィクトリアとアレクサンドラは、何度かお屋敷でアッシュフォード子爵をお見かけしたと言う。
「とっても素敵な貴公子でした。おやさしくて」
「私どものような者にさえ、気軽に話しかけてくださいますの。でもあんまりかっこよくて、何かの理想の彫刻のような方なもので、ヴィクトリアが気を失ってしまって……」
「え……?」
気を失う?
「洗濯桶の中に頭から突っ込んでしまったのです」
アレクサンドラが一大惨事の顛末を悲し気に語った。
「すっかり若様は仰天されてしまって、すぐに助けに来てくださったのですが……」
悔し気にヴィクトリアが後を引き取った。
「ダイアナ様の方が一足早くて、私を引っ張り出してくださって、それからハーマン侯爵家の勤務は無理だと判定されてしまって、現在に至るわけでございます」
「そ、そうなの……」
シエナはなんとなくイライザを思い出した。
「その若様の心の恋人がシエナ様……悔しいけれど、シエナ様を見ると、納得ですわ」
どうも納得できないが。
翌日、シエナは意外なことに学園でリオの訪問を受けた。
正確にはリオの訪問と言うより、顎にコンプレックスを抱えるテオドール・クレイブンと感性に問題を抱えるアーネスト・グレイのセットの訪問だった。リオは単なる言い訳だった。
ブライトン侯爵令嬢およびダーマス侯爵令嬢は、リオの姉、すなわちシエナと一緒に居るに違いない。シエナを訪ねれば、偶然にも、この男子生徒三人は、見事、ブライトン公爵令嬢とダーマス侯爵令嬢に会える!
超偶然。偶然に感謝!
顎のテオドールと性癖のアーネストが、リオのお供でやってくる。
……のではなくて、テオドールとアーネストが、嫌がるリオを無理やり連れてやって来た……はずだった。
しかしながら、リオは全力でこの取り組み合わせを応援していた。
リオにしてみれば、リオがシエナを訪問する言い訳がこの二人だった。
ことほどかように、騎士候補生が貴族学園のご令嬢を訪問するのは難しかったのである。
絡み合い、余人には知る由もない大義名分、建前と本音が複雑に絡み合う中、サーチライトのように真実を見抜く者たちがいた。
イライザ嬢以下、リオ様ファンクラブの面々であった。間違っても獲得作戦の方のメンバーではない。
ちゃんと身の程をわきまえているので、冷静なのである。
「まあ、どう見ても、クレイブン子爵はキャロライン様目当てだし、グレイ卿は…ええと、そういう趣味の人よねえ」
「ええ。ああいう」
「あなたのピンヒールを見ると、どういう訳か心に痛みを感じるのです」
どうせロクなことは考えていないに違いない。アリス様、逃げてーとイライザ嬢以下、シエナも含めた面々は内心祈りをささげたが、アリス嬢は単に顔をしかめて聞いていた。
「ピンヒールに興味がありますの? なぜ?」
そこ、聞かないであげて!
全員の祈りもむなしく、どんどん深みにハマっていくアリス嬢。
「あなたの足を包む絹とビーズ……両手でおしいただきたい……」
足フェチまで!
「あれ、絶対ピンヒールで踏んで欲しいクチですわ!」
なぜ、貴族学園の花園に咲く花の蕾が、そんな余計な知識に満ち満ちている?
次は何が起きる?
固唾をのむ面々の中から、リオはスッとシエナの手を取って連れ出した。
「さあ、あれはほっといて、シエナ」
リオは言った。
「向こうへ行こう」
イライザ以下、ファンクラブは、テオドールとアーネストを見ているようなフリをして、顔だけはそちらに向けていたが、全員、全身を耳にしていた。
どこかの公爵令嬢の言い草ではないが、男の美貌には吸引力がある。
リオが動けば、まるで光の粒子がキラキラと舞うようだ。見ても見ても見飽きない。
「あっちはあっちで相当な疑問なんだけど?」
「そうよねえ? 気がついていないのはシエナ嬢だけよねえ」
「あやしい。……とてもあやしい」
イライザ嬢が締めくくった。
だが、シエナとリオは、真面目な話をしていた。
「お父様から連絡は?」
シエナは首を振った。
「先月、北の国境地帯の地方の税収調査に出ると言う連絡があったわ。なんでも、今回の調査は半年くらいかかるのですって。当分戻れないって」
「十二月祭には帰ってこれない?」
「春になるかもしれないと言ってきたわ」
「そう。じゃあ、休みには伯爵邸にお邪魔しよう」
「お邪魔しようって、自分の家でしょう? リオ」
リオは首を振った。
「伯爵とは仲が悪くてね」
息子なのに?と言いかけて、シエナは口をつぐんだ。
確かに伯爵がリオに話しかけているところを見たことがない。
シエナのことは、多少なりとも気にかけていたらしく、結婚を取りまとめてくれたり、学園へ通う手配をしてくれた。
いずれも大迷惑だったが。
あんな結末を迎えるくらいなら、婚約などまとめてくれない方が良かった。
「いない方がいい。十二月祭の休みの期間は長いから、郷里に帰る者も多いんだ。家族といえばシエナだけだから」
そう言えばリオは王都で再会した時から、絶対に姉様と呼んでくれなくなった。
どうしてかしら。
「ねえ、シエナ。これまで時間がなくて、どうして僕が王都に出てきたか、何も話ができなかった。今度、時間をとってゆっくり説明したい。それに王都にも詳しくなったんだよ」
リオはいたずらっぽく笑った。
「騎士候補生は、王都を警備することがあるんだ。それでいろんなところに詳しくなった。僕と一緒なら安心だよ。護衛なんか要らないさ。一度も王都の街中に出たことないんでしょう?」
シエナはうなずいた。
それどころではなかったのだ。
自分の家を片づけたり、洗濯したり、料理したり、それから学園にはできるだけ長い時間残って、イライザ嬢が紹介してくれる学業に問題を抱える生徒の面倒を見ていた。
その中の一部は、勉強する気がまるでなくて、シエナも降参するしかなかった。
結局、出来上がったのが例のお告げだ。
もうあきらめて、出そうな問題のヤマをかけたのだ。
そして、見事なクリーンヒットを連発したため、大人気になり、ご神託を信じた顧客が我も我もと押し寄せた。
しかし、シエナは別に神のお告げを伝えているわけではない。
単に、どこが重要かとか、教師が何を重視していたかを読んで、出そうな個所をピックアップしただけだ。だから、当然男子生徒からのお申し出などはお断りした。
なぜなら、同じ授業を取っていなかったから。
予言の下しようがない。
残念ながら、お断りは神秘性を高めただけだった。
あだ名が聖女になってしまった。
正直、一人一人の学力を高めるより、出そうなところだけをチョイスして暗記用ペーパーを作った方が効率よくお金が稼げた。よくないことだと思いながら、ついつい大々的に商売にしてしまった。
こんな話はリオにはできないしなあ……
シエナは傍らを歩く背の高いリオを見上げた。
急にリオはニコッと笑った。とてもうれしそうに。
「明日、迎えに行くよ」




