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第114話 残念円卓会議

ブライトン公爵を中心に、牢から出されたパトリック、コーンウォール卿夫人、公爵夫人、シエナが集まっていた。侍女代表でカーライル夫人も隅の方に控えていた。


ここはブライトン公爵家の一番上等の客間だった。


ブライトン公爵の禿げ頭には、目立たないように絆創膏が張ってあった。

昨夜、怒り狂ったブライトン公爵夫人の手元が狂って、運悪く公爵の頭にデザート用のフォークが刺さると言う大惨事を招いてしまったのである。


絆創膏を貼ったままだが、ブライトン公爵はまじめな顔をしていた。

昨日の奥方の説教がこたえたのだろう。


「まずはシエナ嬢、昨日はどうもありがとう」


シエナは微妙な顔をした。


「誤解を呼ぶノボリを回収してくれたと聞く。ノボリを作成した連中には、今、第一騎士団長が事情説明をしているはずだ」


そう言いながら、公爵は短い期間にあれだけの騎士たちがパトリック擁護のために立ち上がったことに驚いていた。パトリックは人気者だ。


「それからリーズ伯爵。短絡的な思考から、貴殿を投獄するなど、失礼をした。申し訳ない」


「いえ。私の方こそ、お嬢様の靴擦れに早く気が付かず、申し訳ないことをいたしました」


公爵は娘の靴擦れを知らなかった。夕べ、奥方から、こんこんと説教されて、初めて全容を理解したのだった。


やっちまった感でいっぱいである。


「娘のケガに気付いて激高したことにしておいてください。その方がマシでしょう」


公爵夫人が意見を述べた。


「何ッ! それは捨て置けぬ。どこをケガしたのだ」


「夕べ説明致しましたわ。靴擦れですから。言わない方がいいでしょう」


そこで公爵は、再度謝罪する羽目になった。


「流血が靴擦れだったと思わず、投獄して申し訳なかった」


「靴擦れは大変痛いです。それに実際血が出ていました」


リーズ伯爵は大まじめで言った。


「ただ、困ったことに、噂が広がってしまって……」


コーンウォール卿夫人がため息をついた。


「騎士団には事情説明をして誤解を解いたし、ノボリは5分も出ていなかったはず。シエナが走っていきましたからね。表向き、パトリックが投獄されたのは令嬢が足から血を流してたのを見た公爵が激高したせいになっていて、ただの靴擦れとわかったため、すぐに謝罪して、牢獄から出したことになっているはずなんですが……」


末席に控えていたカーライル夫人がポツリと言った。


「リーズ伯爵とキャロライン様が恋仲で、父上の公爵が大反対していると言う噂が蔓延しておりまして」


全員が一瞬沈黙した。


いかにもありそうな話が噂になっている。


「その通り。寄ると触るとその話題ですわ」


コーンウォール卿夫人も深刻そうだった。


公爵夫人が頭を押さえた。


「違いますと否定しても聞いてもらえませんの」


「私も必死になって否定しているのですが……」

パトリックが言った。


公爵がぎろりとパトリックを見た。


パトリックはキャロライン嬢なんかなんとも思っていないと言いふらしているのか。

娘を嫌うのも気に入らないらしい。


「今度は、キャロラインの片思いという説が浮上してしまって……」


公爵夫人が言い出した。公爵の目が血走ってきた。


「もはや、リーズ伯爵との婚約をお願いせざるを得ないと言う状態に……」


「あの、でも……」


パトリックが言いかけると、赤公爵がまたぎろりと彼を見た。


「何か不満でも?」


「いえ、とんでもない。その逆で。私ごときでは、キャロライン嬢に釣り合いません。そもそも年がかなり上ですし、私は一介の騎士にすぎません」


「栄えある当家と縁続きになりたくないと」


パトリックは必死になった。


「公爵閣下のことは尊敬しております。特にワイ川の戦いは素晴らしかった。記録を何回も読みました」


「ん?」


「さらには続くチェプストーの夜襲。見事な戦略と感心いたしました!」


公爵夫人はうんざりした。この話になると、公爵は止まらなくなるのだ。


二人が全く関係ない話で盛り上がりだしたので、公爵夫人が水を差した。と言うか、ぶったぎった。


「では、キャロラインのお相手候補としてリーズ伯爵の出入りを許します」


「いえ! それは!」


パトリックが顔色を変えた。


「何か問題でも?」


今度は、公爵夫人がギロリンと睨んだ。

ウチの娘のどこに問題があるって言うの?

パトリックは冷や汗をかいた。


「ご本人様のご意見もおありかと存じます。良縁が多くあるご家庭に私のようなものが、靴擦れごときで……」


途端に客間のドアがバーンと音を立てて開き、キャロライン嬢が出現した。


「そうよ! 靴擦れの責任をとってちょうだい!」




その時のことを思い出すたび、コーンウォール卿夫人はキャロライン嬢で良かったと思った。


遠慮しまくるパトリック。


いつか、どこかで見たようなデジャヴ。


シエナである。


ダメだ。この兄妹は、絶対に結婚しないタイプ。

そもそも結婚に夢がない。

婚期を逃すタイプだ。


シエナなんか、リオは弟扱いだったばっかりに遠慮してたら、それはもうすごい時間がかかっていた。


結局、責任を取れとかそう言う話で、丸め込んだらしい。そして今、歴史?は繰り返す。




パトリックは息を呑んだ。


「せ、責任?」


責任という言葉に弱いところも似ている。


しかし、シエナはリオに散々世話になった。それこそ高価なドレスから、日々のパンまで。

しかし、パトリックは、靴擦れで血をにじませただけだ。


こんなのでパトリックが納得するかしら? コーンウォール卿夫人は、パトリックを真剣に観察した。


「キャロライン様、キャロライン様は将来のある身の上」


お前にはないのかと問い詰めたい。


「素晴らしい殿方が世には大勢おられます。靴擦れごときに負けてはなりません」


何言ってるんだろう、この男。話の論点はそこじゃない。


「私は、ブライトン公爵閣下のもとで、今後とも騎士団で活躍したいと存じます。高名な閣下のお話を聞くだけでも望外の幸せでした」


そう言えば、パトリックの妹のシエナは、必死になってキャロライン嬢の侍女になりたがっていたっけ。


さすが兄妹と言うかなんと言うか。コーンウォール卿夫人は、だんだんイライラしてきた。


望外の結婚話。乗っておけば良いものを。

本気でキャロライン嬢にふさわしくないと信じている。


しかし、キャロライン嬢は言った。


「逃げる気なの?」


「え?」


パトリックは顔をあげた。


わー。本気で男前。……と、コーンウォール卿夫人はボンヤリ考えた。


「ことと次第では、父に言って牢屋に戻ってもらいます。こちらへ来なさい」


「は? は?」


キャロライン嬢が手招きして、それを見た公爵は苦い顔をし、公爵夫人はハエを追い払うように、パトリックに手を振った。

パトリックは救いを求めるように、コーンウォール卿夫人の顔を見たが、夫人は、ほんのわずか首を振った。


助けられない。というか、助からない。まあ、助からなくてちょうどよろしい。


そして、パトリックが連れ去られると、カーライル夫人が能面の様な顔をしてドアを閉めた。


残された大人四人とシエナは、言葉少なに別れの挨拶を交わし、散会した。


パトリックの運命は決まったらしい。



帰りの馬車の中で、たまらなくなってシエナはコーンウォール卿夫人に尋ねた。


「あの、兄はどうなってしまうのでしょうか?」


コーンウォール卿夫人は、ニタリとした感じの苦笑いした。


「まあ、いいではありませんか」


「いいんでしょうか? キャロライン嬢は王族と結婚してもおかしくない方なのですよ? それがうちの兄なんかと……」


「まあ、アラン殿下にも嫁がせたくなかった愛娘ですから」


コーンウォール卿夫人は言った。


「手元に置いて、忠実な部下に嫁がせ、苦労をさせない。パトリックは、その点、あれだけの男前なのに女の噂がありませんしね」


シエナは複雑な顔をしていた。

あの兄に女の噂なんて……。想像がつかない。


「あなたにとっても、親友が義姉になるのだから、嬉しいでしょう? それに一番大事なことは、キャロライン嬢がそれを望んでいることです」





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