第112話 まるで何かあったみたいな
ブライトン公爵家では、公爵夫人が娘を問い詰めていた。
「まあ。単に四人で十二月祭りに行きたかっただけなのね」
「ええ、そう。でも、リオとシエナが邪魔だったので」
「邪魔?」
「だって二人は恋人同士で、私たちはいない方がいいと思って。それに、シエナのお兄様、素敵な方よ?」
「それは、まあ」
「なのに、パトリック様ったら、本日は護衛として勤めさせていただきますって」
しまった。夫の部下を使って、パトリックを非番にさせたのが裏目に出たか。パトリックが勘違いしたな。
だんだん有力ご子息の縁談もまとまってきていて、キャロラインのお相手候補が減っていく。公爵夫人は少々焦り気味だった。
四人でお出かけデートを娘が希望した時、まあ、リーズ伯爵くらいなら(婿は鑑賞に耐える方が良い)許容範囲だろうと許可してしまった。
パトリックが仕事では、話が始まらないので、公爵の名前を使って、軽い気持ちで手を回したのだが、パトリックは下手に勘のいい男だったらしい。
自分は護衛だと勘違いしたのだろう。
「シエナと四人のはずだったのに、リオは大喜びでシエナを連れて行ってしまうし。腹が立つから、パトリック様とお祭りを回ったの」
「……それで歩き過ぎて靴擦れを起こしたと」
公爵夫人は白魚のように細く美しい指で額を抑えた。
パトリックにはなんの罪もない。
完全に娘が悪い。自分も悪かった。
しかし娘は、はしゃいでいた。
「おかげで、パトリック様にだっこしてもらって帰ってきたの。あと、お姫様抱っこも経験しました!」
公爵夫人は顔をあげた。
「で? それだけ?」
「とんでもないわ! 楽しかったー。あと、串焼きとレモネードとりんご飴とソーセージ焼きとブドウジュースとチーズ焼きと、なんだか知らないお菓子をいっぱい食べました! 全部、おいしかったわ!」
夫人は娘の顔を注意深く見た。侍女から、お嬢様の服は食べ物のシミだらけでしたと報告を受けている。それだけ食べたら、時間的に話は合う。全品、公爵家では作らない品々だし、あの場で食べ物の名前を覚えたのだろう。嘘は言っていないようだ。
でも、だったら余計、楽しかっただけじゃ済まないでしょ?
「いいですか? あなたの軽はずみな行動のせいで、今、リーズ伯爵は投獄されています」
へっ?……
「投獄? な、なぜ?」
公爵夫人はため息をついた。
「お父様が勘違いなさって……」
そう。脳みそが急速回転した赤公爵は深夜まで帰ってこなかった娘の最悪の事態を想像して、パトリックを投獄したのだ。
パトリックが猛烈にイケメンだったことが、嫌疑に拍車をかけた。
イケメンだからって、娘も抵抗しなかったにちがいない。なんてことをするんだっ!
リオの推し活以来、キャロライン嬢は家族から超の付くイケメン好きと認識されていた。あながち間違いではないけれど。
パトリックは危険人物だ。
「なぜ、投獄されたのですか?」
キャロライン嬢は必死になって聞いてきた。
それを考えると頭が痛い。夫の公爵の想像は、何も考えていないらしいキャロラインに説明するのもはばかられる。
それに公爵の行動は、言い訳が立たない。まるで、何事かあったかのようだ。
パトリックもパトリックだ。なぜ、抵抗しない? 黙っておとなしく投獄されるだなんて、まるで何かあったみたいじゃないの。
「お母様! 私、パトリック様に会いに行ってきますわ!」
それこそ、止めて。
ますます二人の間には何かあるみたいだ。
「いいから。お父様の誤解ですから。あなたはおとなしく家にいなさい」
そう言い置いて、公爵夫人は家を出た。
こうなったら仕方ない。社交界の大物コーンウォール卿夫人を頼るしかない。それに(こっちの方が理由としては大きかったが)コーンウォール卿夫人は、シエナを通じてパトリックと縁がある。
どう考えてもパトリックは被害者。今頃、リーズ家側は激怒していることだろう。詫びを入れねば、おさまるまい。
娘に十二月祭り参加の許可を出したのは、軽率だったかもしれない。
とは思うものの、祭りに出かける貴族のご令嬢方は結構いる。
婚約者連れだったり、護衛が付き従ったりして、それなりに楽しんでいる。絶対ダメという訳じゃない。
雑踏の中に踏み込んでいったのは、キャロラインの性格によるものだろうが、そのためにトラブルに巻き込まれて靴擦れをおこしたのはただの偶然。
だから、ブライトン公爵が、パトリックを牢獄にぶち込みさえしなければ、何事も起きなかったのだ。
ここはひとつ穏便に、コーンウォール夫人に話を通し(なにしろ夫人は噂話の総元締めみたいなもんだから)、パトリック本人にはひたすら謝り倒し、何食わぬ顔で早く牢屋から出してしまえば、一応の解決を見るだろう。
「コーンウォール夫人は賢くて寛大な方。事情を話せばわかっていただけるわ」
それにブライトン公爵家は大物一家なのだ。その影響力を考えた場合、たいていのことはどうにかなる。
訪問の知らせを大急ぎで先に走らせ、着替えてから公爵夫人は外出した。
窓からその様子を見ていたキャロライン嬢は、さっそく牢屋に出かけようとしたが、カーライル夫人につかまった。
「奥様から部屋から出すなと厳命を受けております」
「あら。違うのよ。シエナを呼んで欲しいの」
たちまちキャロライン嬢は方針を変えた。こうなった時のカーライル夫人は、絶対だ。
だけど、キャロライン嬢は、カーライル夫人の表情が気になった。なんだか、悲しそうだわ?
「シエナ様ですか。それは良いかも知れません」
しかし、その頃、シエナは決死の覚悟で、パトリックが在住している牢屋を訪問していた。
リリアスと一緒だった。
「面会?」
「はい。私たちは妹です」
牢番は、パトリックのことを覚えていた。
全収容者の顔と名前を覚えるなんてことはないのだが、パトリックはものすごく印象的な収容者だった。主に顔が。
そのほか、貴族然とした態度や、諦めたように牢に入っていく様子が、何をしたんだろうと牢番の好奇心を誘った。
首を伸ばして、二人の妹を見ると、キリッとした顔の娘と、いかにも心配そうなご婦人。だが、美人。すごく美人。
牢番は、この二人の為なら、何でもしてあげたい気分になってしまった。
おかげで二人は、最速で犯罪者のもとにたどり着けた。
「お兄様!」
二人はパトリックが、騎士の格好のまま、汚くて、暗く狭く寒い牢に座っているのを見て声をあげた。
「なんてことに!」
「お兄様、牢屋入りした理由は何ですの?」
パトリックは顔をあげた。
「キャロライン様にケガをさせてしまったのだ」
「ケガ?」
「足に傷を負わせてしまって。護衛として失格だ」
一体、どんな事態が起き得てそんなことになったのだろう?
「悪漢にでも切りつけられたのですか?」
「いや。妙な男に絡まれて。天使のように美しいとかほざきやがって」
「まああ。かわいそうなキャロライン様。美しいとほめながら、切りつたのですか?」
シエナも護衛に問題があったのかと青くなった。護衛ではないかもしれないが、娘を傷つけられては、ブライトン公爵が怒るのも無理はない。
「絡まれたのは俺だ。小うるさいので、キャロライン嬢と一緒にその場を離れたのだ」
「え? 絡まれたのは、キャロライン様ではないのですか?」
パトリックは嫌そうな表情になった。
「俺の絵を描きたいと言うのだ。細かいことは聞かなかった。そのままその場を離れたからな。だが、キャロライン嬢は深窓の姫君。歩きなれていないので、靴擦れを起こして足に血がにじんでいた」
……靴擦れかい。
「痛恨の極みだ。わかっていたら、最初から抱くなりなんなりしたのに」
それはそれで誤解を招くような。
「それだけですか?」
「誠に申し訳ないことをした」
兄は天を仰いで反省しているらしかった。
赤公爵は愛娘キャロライン嬢のことになると、デロデロの甘々なので、ときたまおかしなことをしでかすそうな。
今回も、それだな。
負けるものか。
シエナは兄を絶対に助けると心に誓った。
「お兄様、少しの辛抱です。何とかいたします」
まずは、キャロライン嬢、本人に会わねば。
差し入れ品を考えているらしい姉を引きずって牢から出た。自分たちが牢にいても前には進めない。差し入れは姉に任せよう。
「おや、お早いですね?」
帰り際、牢番にあいさつすると、大勢の面会希望者の応対に追われていた牢番はちょっと驚いたらしかった。
だが、その大勢の面会希望者と言うのは、第一騎士団の非番のメンバーだった。
「シエナ嬢!」
彼らはシエナの顔を知っていた。何のためにこんな所にいるのかも、察しがついた。
「俺たちはパトリックの味方だ」
「パトリックは、はめられたんだ」
「何であんな忙しい晩に非番なんだと思ったけど、赤公爵の差金だったんだ。それなのに投獄するだなんて」
彼らは口々に言った。
「皆様、どうか兄を助けてくださいませ」
シエナは頭を下げた。一歩下がったところでリリアスも頭を下げていた。
「あの……そちらは?」
「姉のリリアスです」
あ、あれが噂の駆け落ち令嬢!
だが、美人だ。なるほど、すごい美人だ。納得いった。
二人揃って、美人姉妹だ……第一騎士団は余計な感想を抱いた。全員が男だったので、残念ながら、美人には大変弱い傾向があった。
「なんとお気の毒な……兄上のことがさぞご心配でしょう!」
「我々は、どんな命令が下されようと、お兄様を助けるために全力を尽くします」
それは『上司に逆らう宣言』なのでは?
「よろしくお願いいたします」
これも、結果論として、『上司に逆らう宣言の応援宣言』なのでは?
しかし、二人の美人に頭を下げてお願いされると、騎士団の連中の胸には、高揚感と使命感が燃え広がった。
彼女たちに出来ることなんか、限られている。
途方に暮れている儚げタイプの美人に頼られて、知らんぷりするような騎士たちではない。彼らは義侠心に溢れている。でなきゃ騎士なんかやっていない。
「おまかせあれ」
第一騎士団の面々は、胸を張り堂々と牢の奥へ消えていった。




