第111話 イケメン不幸
一夜明けて……リオとシエナは、コーンウォール卿夫人に叱られていた。
「キャロライン嬢を放っておいて、あなた方は何をしていたのです?」
「キャロライン嬢が、単独行動をしたいとおっしゃったので」
リオが言い訳した。
「だからって、バラバラになってしまったら、パトリックの立場がないでしょう? ブライトン公爵はパトリックの上司なのですよ? 上司の娘を色仕掛けで誑し込んだ、悪人になってしまいます」
リオは幸せだった。
夕べ彼はずっとシエナの手を握っていた。なぜなら、離したらはぐれてしまうから。
鐘の音を聞きながら、リオはまだ引き気味なシエナを抱きしめてキスすることができた。シエナは真っ赤になっていたけど、彼から離れようとしなかった。そのことを思い出すと、彼はシエナをどうにかしたくなってしまう。無茶苦茶にして、彼のものだと印をつけたい。鐘の音を聞きながら、リオは長かった求婚時代を思い出していた。きっとこれから幸せになれる……
てな訳で、頭がフラワーなリオには説教があまり効かず、シエナの方は困りきった顔をしていた。
リオとキャロライン様の勢いに飲まれて、実の兄を窮地に陥れてしまったらしい。
一方、キャロライン嬢の方は、父親に叱られてもあんまりわかったような顔はしていなかった。
「でも、一緒に街歩きをしただけで……」
「あんな混雑した祭りなんだ。変なやつから声がかかったり……」
「それは仕方ありませんわ」
仕方ないってなにかあったの? さすがに公爵も公爵夫人も、心配そうな顔つきに変わった。
「でも、パトリック様が……」
娘が言い淀むと、赤公爵は文字通り顔を真っ赤にして聞いた。
「パトリックが何をした?」
「私を抱いてくださって……」
「なんだとおっ?」
割り込んだのは、母の公爵夫人である。
「抱いてどうしたの?」
「その場から離れました」
「おのれ、パトリック! 逃げるな。戦ってこい!」
「戦って、どうするのですか? 祭りの最中に。見当違いなこと、おっしゃらないで」
公爵夫人が頭を押さえて言った。
「ここで流血騒ぎを起こすと騎士団に迷惑がかかるからと、おっしゃっていました」
「むっ……」
「それに声がかかったのは私ではありませんわ。パトリック様です。パトリック様は困ってらっしゃいました」
「まあ。どんな方からなの?」
と身を乗り出したのは公爵夫人。
「男性からですわ。ぜひにと望まれてらっしゃったので、私が追い払ったのですわ」
キャロライン嬢、得意げ。
男性から望まれたって何を?
「公爵様。キャロラインは無事ですし、詳細は私から聞いておきますわ。今日は隣国からの使節団との会見がおありなんじゃなくて?」
さすが公爵夫人。夫の運用方法に長けてらっしゃる。
だが、赤公爵は用事が済むと、そそくさと第一騎士団へ乗り込んだ。
普段なら騎士団長を呼びつけるところだが、頭に血が上ると行動が異常になるとウワサがあった。
異常というか、冴え渡るのである。
戦場において、これは有効だった。
彼の頭の中で、すべての優先順位が冷酷なまでにキッチリと整理され、勝つために必要な事項が些事を無視して命ぜられるのである。
だが、しかし、今回は平時。逆回転した。
「その男を牢へ!」
その男って誰?
第一騎士団長以下、全員が目を見張った。
「パトリック・リーズ! お前だ!」
パトリックは前へ進み出た。
キャロライン嬢の警備に不備があったことは認める。両足に靴擦れが出来ていたことに気付けなかった。
赤公爵は、初めてパトリックの顔を見た。
覚悟を決めて、キリッとした表情の彼は、それでも猛烈に美しかった。
赤公爵はあまりの男前っぷりにびっくりした。だが、つぶやいた。
キャロラインのヤツ、面食いだったのか……余計、腹ただしい。彼は声を張った。
「知っての通りの罪状だ。牢へ連れて行け。追って指示する」
そして、質問は許さずクルリと向きを変えるとすごい勢いで戻って行ってしまった。
「知っての通りの罪状……」
パトリック以外、誰も見当がつかなかった。
「どんな罪状だ?」
公開の場で聞くのは気の毒なので、騎士団長は一緒に牢屋へ向かいながら、パトリックに尋ねた。別にパトリックは逃げそうもないので、手錠など要らない。
「実はブライトン公爵令嬢の護衛に抜擢されまして」
「抜擢か?それ」
騎士団長は首を傾げた。
キャロライン嬢に公爵がデロデロの甘々なことは知っている。婚約のお話を全件断ってしまって、公爵夫人が困惑していることも有名だった。
あまりに鉄壁のガードなので、令嬢に声をかける者はいなかった。
なにしろ、些細なミスが公爵の不興を買う恐れがあるからだ。
そんな令嬢の護衛って、危険極まりないのでは?
「キャロライン嬢の靴擦れに気が付かなかったのです」
些細過ぎる。というか、それはミスですらなさそうな。
「それで、投獄?」
思わず第一騎士団長は聞いた。
「私は護衛だと承ったのですが、実は公爵はご存知なかったらしく……」
第一騎士団長は、思い当たることがあった。
「あっ、でも、俺も公爵からお前を非番にしろと命令を受けていた」
パトリックは、美しい目を見張った。
「やっぱり?」
なんで、こんな切羽詰まった時にさえ、男前なんだろうと第一騎士団長が思ったほどパトリックはイケメンだった。
「イケメンが不幸を呼ぶこともあるんだな」
第一騎士団長は、思わず独り言を言った。
「え?」
「とりあえず、どこからその命令が出たかだな。公爵ではないようだな」
この男は極上のイケメンかもしれないが、完全無自覚である。たいていそんなこと忘れているらしい。
よろしい。無罪だ。これが美貌を鼻にかけてるヤツだったら容赦しないところだが。
第一騎士団長は、なんとかパトリックを助けようと悲壮な決意を固めた。




