第104話 気が付けば、お茶会のテーマ変更
お茶会!
ブライトン公爵家で何回か参加して、なんなら一回くらいはブライトン家の侍女と一緒に計画する側に回ったことがある。
結構、得意だと思う。
だが、わかっているだけにシエナは悩んだ。
呼びたい要員はキャロライン嬢、アリス嬢、イライザ嬢と、えーとそれから……
たかがお茶会とは言え、未婚の貴族令嬢を、女性の監督者のいない家に招くわけにはいかない。
ましてや、キャロライン嬢、アリス嬢を呼ぶとなれば、家格の劣る伯爵家からのお招きだ。
そこで、まず、社交界でも名の通ったコーンウォール卿夫人を監督としてお呼びした。
公爵家も安心して娘を寄越せるように。
次に、親戚でもないコーンウォール卿夫人がなぜ取り仕切っているのかという理由を作らなくてはいけない。
どうしようかと思ったが、現在の状況で言えば、お茶会のテーマは「内輪の婚約お披露会」しかないだろう。いつかは正式に発表しないといけないわけだし。
これなら、コーンウォール卿夫人が取り仕切るのも当然だ。
最初に、コーンウォール卿夫人と当主のパトリックが挨拶して、リオを婚約者として紹介し、姉のリリアスがお茶を持ってきた侍女の監督といった格好で、加わってちょっとおしゃべりする、と言うスケジュールにした。
「どう思う? イライザ嬢?」
リオのファンクラブ会員を集めて、リオの婚約披露会の開催するというのは、相当大胆なプランじゃないかと、シエナは不安だった。
「なんか山盛りですけど、リリアス様以外は、全員もう顔を知ってますしね。大丈夫じゃないでしょうか」
常に新たなスターを探し求めているイライザ嬢は冷静だった。
「まあ、リオ様ときたら、シエナ様一筋ですからね。もう、最初から仕方なかったですもんね」
他人にもそう見えるのか。
ちょっとシエナは赤くなった。
他にも、子爵家のご令嬢マーガレット嬢とベアトリス嬢が来てくれることになり、賑やかな会になりそうだった。
「あの二人なら大丈夫ですわ。余計なことは言いませんし」
イライザ嬢は保証した。一方、キャロライン嬢は無邪気に言った。
「へええ! シエナのお家に呼ばれるのは初めてだわ!」
あのボロ屋敷には呼べませんから……
シエナは苦笑したが、お茶会はつつがなくスタートした。
ラッフルズは、家の改築に相当奮発したに違いない。
あのキャロライン嬢とアリス嬢が、いいおうちねと感心していた。
まあ、お宅拝見も、コーンウォール卿夫人とリーズ伯爵が現れるまでだったが。
「妹をよろしく」
今度こそ、本物の兄登場だった。
地味で飾りの少ない服を着こなしていたが、なぜかカッコイイ。シエナによく似ている。それから、リオもやってきた。
「この度正式に婚約が整いまして」
リオは微笑んで言ったが、どこか満足げだ。
「では、ごゆっくり」
三人が去り、ドアが静かにしまったとたん、
ゴクリ。
新旧二人のマンスリー・メンズ・レポート・クラシック、ナンバーワンの登場だった。そして、同時に政権交代の瞬間でもあった。
シエナ以外の五人娘は、お互いに顔を見合わせた。
「見た?」
「見たわ」
リオはどこへ置き忘れられたのか。
話題はひたすらにパトリック一色になっていた。
「パトリック様……素晴らしい逸品ですわ」
イライザ嬢が満足そうに言った。
うちの兄はモノではない。
令嬢方はソワソワ相談を始めた。
「どうしましょう?」
どうする気なのか聞きたいのはこっちである。シエナは兄が心配になってきた。パトリックをどうするつもり?
これでいいのか? この方がいいんだろうなあ。
ノックの音と同時に茶器の音がしたので、お茶が運ばれてきたのだとすぐわかった。
次はリリアスの登場だ。みんなが緊張した。
ちょっと恥ずかしそうに現れたリリアスは、シエナに本当によく似ていた。
シエナが姉のそばに寄った。
「姉のリリアスですわ」
シエナが落ち着いた調子で紹介する。
全員が穴が開くほど、噂の駆け落ち伯爵令嬢、現在のラッフルズ夫人を見つめた。
シエナのほうが背が高い。でも、リリアスも大変な美人だとみんな思った。
確かにこれでは執着する男が出てきても不思議ではない。シエナの場合は、リオとそれから圧倒的権力者のアラン殿下が守り切ったけれど。
しかしながら、イライザ嬢が声をかけた。
「失礼ですが、パトリック様とはおいくつ違いですの?」
せっかく出てきたリリアスに関係ない、なんだか不適切なような質問だったが、なぜかこれに令嬢方はグイと乗り出した。
「三歳違いですのよ。シエナと私たちが少し年が離れていて……」
イライザ嬢以下全員が、今度はくるりとシエナに目を向けたので、シエナは解説した。
「姉とは四つ離れていますの」
全員が一生懸命計算していたのは、リリアスの年齢ではない。パトリックの年だ。
3+4+17(シエナの年齢)=24?
若い。思っていたよりずっと若い! これなら十分圏内だ。
リリアスがケーキやパイを説明しながら勧めてくれたが、残念なことに誰も聞いちゃいなかった。
友達のカレシを奪うことを考えるような不届き者はここにはいない。
だがしかし、リオをも吹き飛ばすような絶対王者……ではない、絶対的イケメンが先ほど登場した。
そして生声も聞かせていただいた。
いい声だ。全員の感想が一致した。
なおかつ、ずっとみんなが気になっていたパトリックの年齢が判明したのだ。
「ということはリリアス様、リーズ伯爵様は、二十四歳ですか?」
常に恐れを知らないアリス嬢が堂々と聞いた。
「パトリックは十二月生まれなので、もうすぐ二十五歳になるわ」
「何日生まれなのですか?」
食い込むイライザ嬢。
「十二月祭りの日なのよ。それでパトリックという名前なの」
リリアス夫人はゆったりとほほ笑みながら、教えてくれた。
そうか。十二月祭りは、勇者パトリックが悪竜からこの地を救い、国を開いた記念の祭り。
「なんだか、勇者みたいなお名前ですね」
アリス嬢が感想を述べた。
勇者の名前である。本人は別に勇者でも何でもないけれど。
「でも、パトリックは勇者っぽいのよ」
リリアス夫人が解説した。
「どういうことですか?」
リリアス夫人はにっこり優雅に答えた。
「辺境の南部地域の軍にいたころは、国境線なので、結構、小競り合いなどもあったみたいなの。血が騒ぐらしくて、切り込み隊長をしていたらしいの」
え? あんな顔なのに?
「危ないでしょ? 妹の私としては、ぜひとも止めて欲しかったのだけど、そう手紙に書くと、それっきりその話題はしてこなくなってしまって。でも、ラッフルズは自国他国を問わず、支店が多いもので、いろんな噂が届くのよ。パトリック兄さまは敵側から銀騎士というあだ名で呼ばれていたらしいの」
「銀騎士?」
パトリック様のことなら、なんでも聞きたいイライザ嬢が聞き返した。
「髪の毛の色のことらしいわ。パトリックの髪は銀ではないのだけど、南部地域は帝国との国境線であちらの人はみんな黒っぽい髪でしょう。パトリックの髪色が目立ったらしくて。それに、やたらに強かったらしいわ。こっちに帰ってきてくれて安心しました。本人は嫌みたいですけどね」
ほおおおお。
なんとなく、好物感のあるお話ですわ。
「パトリック様に剣は似合いそうですわね」
キャロライン様が素直に感想を述べた。
「それより、飲み物はいかが? このタルトのストロベリーは温室で育てましたのよ」
ストロベリーの一言に、はっと我に返った一同は、様々なスイーツに目を向けた。
豪華。公爵家でもなかなか出ない品々だ。
「おいしいわ」
特にシエナは感慨深かった。圧倒的なまでのラッフルズの財力!
冬の最中に温室栽培のイチゴを惜しげもなく使い、薫り高いお茶は初めて飲む舶来の高級品だった。
ついこの前まで、この伯爵邸は荒れ果てて、シエナは着るものも食べるものなく、本格的な冬になったらどうしようと怯えていたのに。




