第102話 リオの愛し方
「シエナがリオを嫌いなわけないじゃないですか。でなきゃ、アラン殿下の猛攻撃に平静でいられるわけないわ」
コーンウォール夫人は、パタパタと顔を扇であおった。
「シエナは、婚約騒ぎでは相当ひどい目に遭ってきましたしね。それに見本となるべき両親はあの有様。姉の結婚だって、彼女にとってはいいお手本ではなかった。結婚に消極的でも無理はない。しかもリオは弟のはずでしたからね」
バラの館から帰ってきて以来、あの静かなシエナが、リオが近付くと猛烈に恥ずかしそうにもじもじし始めるのを見ると、ベイリーはじめ使用人一同、およびハーマン侯爵まで、全員が納得した。
リオの求婚がやっと実を結んだのだ。
「まあ、かわいい婚約者が恥じいっている様子は愛らしいものだ」
ハーマン侯爵も、眉を下げてそう言ってくれた。
そこまではよかった。
しかし、ヨカッタ、ヨカッタとみんなが喜んでいる裏で、リオはひたすらに恥じらって逃げ回るシエナに加虐心をそそられたらしい。
「これまでの扱いは酷かった。シエナは何とも思わないの? 僕がプレゼントしたドレスを着なかったね?」
リオが嫌がるシエナに無理を働くのではないかと心配していたのだが、婚約者同士がどうやら心を通わせ始めたことに家人は安堵して、警戒が薄くなった。
それをいいことに、リオは、過去にシエナがリオに無理に頬ずりしたことなどを持ち出して、脅迫し始めた。
「まず、手を出して」
シエナが困るとリオは喜ぶらしい。シエナは、すごくためらいながらフルフル震える細い手を差し出したが、あっという間にリオの口元に持っていかれてしまった。
「あの……?」
リオは指先にキスをした。だが手を放さず、シエナの目を見つめたまま、指を口に吸いこんだ。じっくりと指を吸いなめるリオンの舌と唇の感触がぞくぞくする。
「……は、放して」
そういうと、指を歯で甘噛みされた。
でも、なんだか逃れられないのだ。
「なめられるだなんて……」
誰にも言えない二人の秘密ができてしまった。(大したことではない)
「次は別なことをしたいな」
熱っぽくリオが聞く。
今度は何をされるのだろう。
「嫌なら、君が僕のほくろを撫でまわしていたことをコーンウォール夫人にばらすよ」
それ、ヤバい。
アーネストをどうこう言っている場合ではなくなってきた。
リオがこわい。でも、逃げられない。……だけど、会いたい。
一方で……イライザ嬢にプロデュースされたパトリックは、勤務の傍ら社交界に出入りしていた。
仕事があって、暇ではないので、たまに夜会に出入りするくらいである。
「社交は当主の義務です」
説教をかましたのは、イライザ嬢と同類というか先輩なのか、とにかく趣味と傾向を同じくするコーンウォール卿夫人である。
パトリックは、うっとりするような繊細な美貌だが、雄の顔だ……などと、コーンウォール卿夫人は、勝手にギャップ萌えしていた。
しかもシエナと同じく無自覚。無意識。夜会に行っても、どうやらほかのこと(主に酒の銘柄)を考えていらしい。全く、未婚の伯爵家当主が、一体何のために夜会に出入りしてるのだ。
自分の美貌がどういう影響を及ぼしているのか、真剣に検討したことがあるのだろうかとコーンウォール夫人(とイライザ嬢)は、疑った。
元々辺境の警備隊という男だらけの環境にずっといたからなのだろうか。
そんなことないよね?
「鈍感って罪ですわ」
イライザ嬢が嘆いた。
無意識、無自覚は、どことなくシエナに似ていると、コーンウォール夫人は思った。
意識してもらえていないと思うと、勝手に相手が燃え上がることがある。
シエナも美人だったが、自分自身に無頓着だった。
王太子殿下であるアランが、その美貌を惜しんで自らドレスを発注したほどだ。
リオもシエナを飾らせたがった。
美しい恋人を、さらに美しく飾り立てるなんて、婚約者の特権だろう。
「お金があればの話ですけどね」
コーンウォール侯爵夫人は注釈をつけたが、リオは今、十分にお金持ちだった。
リーズ伯爵家から自分の両親の財産を取り戻しつつあったのだ。
ラッフルズ商会の弁護士は腕利きで、きわめて効率よくレイノルズ家の財産を巻き上げてリース家に返却し、当主のパトリックは父のリオへの扱いに恐縮してリオに返済した。
あまりに気前よく返したので、例の腕利きの弁護士が逆にパトリックを心配して言った。
「そりゃ確かに前リーズ伯爵はリオ様の財産をネコババしましたが、伯爵様のお手元にも残さないといけません。仕方ありませんね。この手だけは使いたくなかったのですが、侯爵領を競売にかけましょう」
この手だけは使いたくなかったとか言っているくせに、弁護士は、うれしさが隠せない様子だった。
弁護士も。レイノルズ侯爵のやり方を憎んでいた。
この調子では、レイノルズ家にはビタ一文残らないのではないか。
婚約を成立させ、手元に両親の財産が戻ってきつつある今、リオは、ハリソン商会や宝石商を呼びつけて、シエナを飾り立てていることだろう。
いずれ侯爵夫人としてデビューするのだ。
ドレスは何枚あってもいい。
コーンウォール夫人はリーズ家の三兄妹に思いをはせた。
リリアスについて言えば、ラッフルズ家のエドワードが手中の珠として大事に守り、来るべき社交界への復帰を待ち構えている。
パトリックからリリアスの社交界復帰計画を聞かされてから、かねてよりのエドワードの秘めたる野望、リリアスを社交界に戻したいと言う希望が現実味を帯びてきたので、エドワードはやる気満々だった。
夫は平民だから、最高の貴族社会に入ることはできないかもしれない。
だが、これまでのような悪評にまみれさせたくない。リリアスは、悪くないのだ。
シエナは、リオが熱愛している。
何事も控え目で穏やかなシエナだったが、いざとなれば戦う人だと、夫人は知っていた。
ボリスと婚約話が来た時、キャロライン嬢のところに侍女になりに行くと言って、家を出てしまった。
「あんなふうに見えて、強い子よね」
現在、シエナは全く強くない。それどころかリオに迫りまくられて防戦一方である。
シエナは誠実で我慢強く賢い。リオは良い妻を選んだ。
「でも、もう一人いるのよねえ。社交界を騒がせる超大型爆弾と言ってもいいかもしれないわ」
その名はリーズ伯爵パトリック。




