第5回 下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ大賞&冬の童話祭2024
転生したら金魚で、推し様にポイですくわれました。
そっと手を伸ばす。
でも、あなたには届かなかった……。
だって、わたしとあなたの間には、大きな壁があるのだから。
決して乗り越えることのできない、見えない壁。
わたし達の関係は、永遠にガラス越し。
× × ×
今から1年前。確か、三日月が光る夜だった。
いつものように、人間達がわたしを上から覗き込んだ。
これがいいだの、あれがいいだの、品定めしている。
今日は、見慣れないカメラまで、わたしを追いかける。
5年続く、なんかの番組のロケだとか。
そんなの、わたしの知ったこっちゃない。
突然、あなたは何かのクエストでも始めるかのように、わたし達を追い始めた。
ポイと呼ばれるそれで、次々と仲間がすくいあげられていく。
逃げなくては!
捕らわれていく仲間達。
次はわたしの番!?
逃げ惑うわたしに、ふと、誰かの手が触れた。
ポイを持つその手は、男性のものだった。
あれ……?
なんだか、知っている気がする。わたしはずっと、あなたを探していた気がする。
その深爪も、ささくれも、特徴的な指も……ずっと愛しかったんだ!
ふいに、あの時の記憶がフラッシュバックした。
わたしは文化祭の帰り道、帽子を追いかけて事故に遭った。
「来週、推しの現場なのに……」
黒いコスモスの花言葉に揺れながら、わたしの人生はあっけなく終わった。
そして、転生して金魚になった……。
気付けば、わたしは自ら彼の手に吸い寄せられていた。
どうしたものか、つられるように、仲間達もこぞって彼の手に大集合していく。
彼の手からは美味しい何かが出ているのだろうか?
まさか、小指からミルクでも出せるとか?
いや、それはきっと別の誰か。
そして、わたしは彼のポイですくわれた。
あなたの無邪気な笑顔が弾けた。
眩しくて、直視できなかった。
そこから、あなたとわたしの奇妙な同棲生活が始まった。
正確には飼われている……と言うべきだろう。
残りの枚数を気にしつつ、眠さと葛藤しながらあなたは何かの小説を読み進める。
夜更かししてたというのに、朝からパワフルで、ごくごくと牛乳を飲み干し、わたしに顔を近づけた。
わーい!わーい!
上からご飯が降ってきたぁ!
部屋には沢山の時計がある。
あなたはいつも時間に追われていて、時計ばかりを気にしている。
それでも、自分を待っているみんなに逢いたいからと、部屋を飛び出していくのだ。
推せる!生まれ変わっても、誰よりも推せる推しだ!
わたしは、あなたとガラス越し。
今日もお仕事、お疲れ様です。