第98ターン 俺っち、熱くさせてやるゼ
不慮の事故から身体の自由を失った高校生、日乃本純は格闘ゲームのプロを目指して立ち上がる。涙と感動の格ゲー小説。
「おい、カッコつけのニヒル!辞めんのか、格ゲー。逃げんのか、バトルから!」
会場を去ろうとする蛭田を制止する純。が、リアリストのクー子が耳打ちする。
「純、やめなよ。そいつが棄権ならアタイらの勝ちだよ、ヲタの家督を守れるんだゾ!」
たしかに理屈はそうだ、花崎の為には蛭田を止めなければいい。それでこの馬鹿げた兄妹ゲンカは収束する。しかし、、
「オイッ、ニヒル!お前それでいいのか?逃げちまうのか!?」
「どうせ勉強も出来ねえ、スポーツもパッとしねえ、オシャレにも疎くて、笑いも取れねえ!」
「でも、格ゲーに目覚めたんだろ?画面の中に居場所を見つけたンだろ?お前の分身に出会ったんだろ?」
どうしようもなく熱くなる純。自分の出生の秘密を知った今、自分が何者であったのかを知らされた今、格ゲーを疎んじるヤツは許せない、ゼッタイ。
「笑止。小生の闘いはやさぐれた男の猿真似。ただ同じ技を繰り返し、勝てる相手とだけ闘ってきた恥の遺産。」
「お誂え向きの現実逃避だったのだ、ハハハ。」
文學青年よろしく自虐の浸る蛭田だが、これに冷水をかけたのはあの男だった。
「それは違うだろ、イッツライ。」
黙り込んでいた花崎がやおら口を開いた。自分には蛭田の気持ちが分かる、そう前置きして語り始めた。
お前は何か特別なものになりたかった、そして蘭子の目を引きたかったんだ。しかし妹はゲームなぞ歯牙にもかけない、ゲーマーなぞ相手にしない。蘭子に一瞥をくれる花崎。妹はフンッと鼻を鳴らす。
「それで利用されているとは知りながらも、手助けすれば、いいところを見せれば、蘭子が振り向いてくれるかも知れない。」
それが蛭田、お前の本音だったんだろ。花崎は続ける。
「バッチュー、本当にそれでイイのか?ただそれだけだったのか?ノー。ユーは格ゲーにも惚れたハズだ、バトツーにハマったんだ。」
逃げるな格ゲーから、日乃本クンからと、花崎は何故か蛭田にエールを送った。
「ねえオタク族、いいの?ニヒルのヤツ、純に勝ってしまうかも知れないよ。そしたらアンタの家督が、、、」
心配するクー子の言葉を遮った花崎が純に全てを託した。
「闘って、そして勝ってくれ!日乃本クン!」
任せとけ!自分も心の動揺と葛藤を抱えたままだが、今は忘れる。仲間の為には一歩も引けない。スッと腕を突き出し掌を天に向け、指で以て手招きをする。
「来いよ、ニヒル、熱くさせてやるぜ!」
つづく
人物紹介
・日乃本 純 ひのもと じゅん
本作の主人公。元は少林寺拳法に汗を流す高校二年生。事故で障がいを負い格ゲーでリハビリ中。バト2では日本人空手家リョウを使う。一人称は俺っち。
・クー子 くーこ
純の真ダチ。児童クラブ時代からの付き合い。ハイカラな東京言葉を使うが、実は関西出身。
・音々 ねね
純の姉。両親を早く亡くした純の母親代わり。苦学して一家を支える博識。何か秘密を抱えているようだ。
・花崎 誇 はなさき ほこる
医療法人花崎会の跡取り。純のライバルで格ゲー仲間。アメリカンな空手家ゲンを使う。一人称はミー。
・夢原 省吾 ゆめはら しょうご
伝説のプロゲーマー。落ちぶれ飲んだくれに。純と花崎の指導者としてゲーム界に復帰。音々とは因縁が、、
・花崎蘭子 はなさき らんこ
花崎の妹。兄を侮る高慢な女子高生。自分こそが花崎家の跡取りに相応しいと思っているようだ。一人称はアタクシ。
・蛭田恭介 ひるた きょうすけ
元蘭子の親衛隊長。今はニヒリストを気取り文学と格ゲーに耽る。一人称は小生。
・Drケーシー花崎 ドクターケーシーはなさき
医療法人花崎会の理事長にして、花崎兄妹の父。純に格ゲーによるリハビリを指導中。
・事務長 じむちょう
医療法人花崎会の事務方トップにして、花崎家の執事。
・ロードバトラー2
人気の格闘ゲーム。略称バトツー。リョウ、ゲン、ダル・シン、ハシミコフ、チャンリー、ゲイルなど多彩な格闘家が集う。某有名格闘ゲームとは無関係。