第70ターン ニヒリスト蛭田の秘策
不慮の事故から身体の自由を失った高校生、日乃本純は格闘ゲームのプロを目指して立ち上がる。涙と感動の格ゲー根性物語。
数日前、蛭田恭介は図書館の近代文学コーナーにいた。その日は坂口安吾を読み耽るためだ。
放課後、誰もいない図書館で独り悦に浸る蛭田のルーティン。これに介入したのは新井だった。挨拶代わりに文学カブレを皮肉る。
「よう蛭田。暇だな、相変わらず読書か?」
貴公には目玉がついているのか、見れば分かるだろう。蛭田はボソボソとやり返す。
「だが、ハマッてんのは読書だけじゃないよな。」
新井はそう言うと蛭田の左手首をグッと掴み、五指を開かせる。堕落論が手からすり抜ける。
「親指、親指が異常にデカくなってないか?」
意味深な表情でニヤつく新井。何が言いたい、、、睨みつける蛭田。
「コントローラーの握りすぎだろ?俺様の目は誤魔化せねえぜ。」
何処で聞きつけたのか。最近、蛭田が格ゲーにハマッていることを新井は知っている。
「貴、貴様に何の関係がある!」
蛭田のプライヴァシーに侵入する無遠慮な新井。関係あるさ。ああ、大いに関係あるとも。
「いいか、蘭子様が、蘭子様が格ゲーマーを探しているんだよ!」
な、協力してくれよ、と謙る新井。蛭田はにべもなく返す。つまらない。今更、手を貸せだと?
「小生はカムロ隊には戻らない。親衛隊活動なんてマッピラだ。もう飽きてしまったのだ。」
そう言い放った蛭田に対して、フーンッと態とらしくため息をつき、そうか、残念だったなと新井が言う。
もし、協力してくれたら個人的に会いたい。蘭子様がそう仰ってたのになあ。惜しいことだ、、、
蛭田にとって初めての格ゲー対決。ニヒリストとなった彼は友人との交際を断ってしまった為、対戦の練習相手もいない。
しかし、蘭子への憧れは未だ無くしていなかった。そもそも親衛隊長を辞めたのも彼女への思いが高じた結果、ただ見守ることに疲れ果ててしまったからだ。
格ゲーで手柄を上げれば、個人的な関係になってくれるかもしれない。だから勝つ、なんとしてでも勝ちたい。
ネットで懸命に闘い方を探る蛭田。バト2でプレイするキャラは既に決めている。が、何か特別な闘い方、負けない方法はないか。
数時間、ネットの海に彷徨った彼はついに眼を疑うような動画を探し当てた。そのプレイは神の如く無欠を誇る。相手に一切触れさせない。
「こ、このテだ!これをマスターすれば絶対に負けない!!」
つづく
人物紹介
・日乃本 純 ひのもと じゅん
本作の主人公。元は少林寺拳法に汗を流す高校二年生。事故で障がいを負い格ゲーでリハビリ中。バト2では日本人空手家リョウを使う。一人称は俺っち。
・クー子 くーこ
純の真ダチ。児童クラブ時代からの付き合い。ハイカラな東京言葉を使うが、実は関西出身。
・音々 ねね
純の姉。両親を早く亡くした純の母親代わり。苦学して一家を支える博識。何か秘密を抱えているようだ。
・花崎 誇 はなさき ほこる
医療法人花崎会の跡取り。純のライバルで格ゲー仲間。アメリカンな空手家ゲンを使う。一人称はミー。
・夢原 省吾 ゆめはら しょうご
伝説のプロゲーマー。落ちぶれ飲んだくれに。純と花崎の指導者としてゲーム界に復帰。音々とは因縁が、、
・花崎蘭子 はなさき らんこ
花崎の妹。兄を侮る高慢な女子高生。自分こそが花崎家の跡取りに相応しいと思っているようだ。一人称はアタクシ。
・蛭田恭介 ひるた きょうすけ
元蘭子の親衛隊長。今はニヒリストを気取り文学と格ゲーに耽る。一人称は小生。
・Drケーシー花崎 ドクターケーシーはなさき
医療法人花崎会の理事長にして、花崎兄妹の父。純に格ゲーによるリハビリを指導中。
・事務長 じむちょう
医療法人花崎会の事務方トップにして、花崎家の執事。
・ロードバトラー2
人気の格闘ゲーム。略称バトツー。リョウ、ゲン、ダル・シン、ハシミコフ、チャンリー、ゲイルなど多彩な格闘家が集う。某有名格闘ゲームとは無関係。