第69ターン 夜の格ゲーキャンプ
不慮の事故から身体の自由を失った高校生、日乃本純は格闘ゲームのプロを目指して立ち上がる。涙と感動の格ゲー根性物語。
夜八時の事務室、宿直の受付職員のみを残して後は純たち三人。レジェンド格ゲーマー、夢原ブートキャンプの始まりだ。
クー子は既に帰宅しており、今からは純と花崎二人の格ゲー強化合宿。明日は日曜日、朝まで特訓に明け暮れる勢いの青少年二人の姿がそこにある。
晩くまでやり過ぎか、夢原は些か疚しい。が、夜更かしは青春の特権、こんな一夜があってもいい。あらためてそう思う。
「よし、まずはスパーリングだ。純、ヲタ、始めろ。」
夢原の掛け声を合図に純のリョウと花崎のゲンが相対する。ロードバトラー2の主役キャラ達による伝統の一戦、所謂クラシコだ。
二人は夢原に習った技を思い思いに繰り出す。ややもすると、大味な展開になる素人格ゲー。丁寧に行けッ、夢原の厳しい指導が入る。
これまで基礎として教え込まれた前後のステップ、要所要所での飛び道具。一生懸命に学習成果を見せてくれる二人の若き格ゲーマーの姿が初々しく、夢原は嬉しい。
格ゲーを始めた頃、俺もそうだった。夢原は思い出す。そう言えばやさぐれた時もあったなぁ。そんな時、あの人が、、、
「あまり、晩くまで無理しないでね。」
聞き慣れた優しい声。男三人が画面に喰らいつき、ゲームに熱くなる姿に呆れたような声にも聞えなくもない。
差し入れよ、と純の姉、音々がコンビニの袋を机に置く。コイツは有り難え、と純は早速、好物のハムカツにソースをかける。高菜にぎりは俺の!と領有権を主張する。
スイマセン、気を遣わせてと、夢原は無糖缶コーヒーのプルトップに指をかけ、花崎は一口サイズのサンドウィッチを開けてサンキュー・ソウマッチ。ウィンクしながら得意のイングリッシュを披露する。
格ゲーには今でも複雑な思いの音々だが、大事故に遭った弟が持ち前の明るさを取り戻し、新たな仲間を手に入れつつあることは素直に嬉しい。
音々は思う。純にとってタイプの違う二人の兄貴分が出来たこと、これは意外と大きなこと。父親のいない純に大切なものを与えてくれるかも知れない。音々は純を囲む二人の男達をじっと見つめる。
夢原は好物の缶コーヒーを飲みながら、純と花崎に教える次なる技術を考えている。二人が格ゲーを好きなったのは確認出来た、これからは辛く退屈な練習にもきっと耐えてくれるだろう。ヨシッ。
「お前たち、休憩は終わりだ。防御の基本テクを教えるぞ。」
夢原はそう言うと純たちにコントローラーを握るよう促した。
つづく
人物紹介
・日乃本 純 ひのもと じゅん
本作の主人公。元は少林寺拳法に汗を流す高校二年生。事故で障がいを負い格ゲーでリハビリ中。バト2では日本人空手家リョウを使う。一人称は俺っち。
・クー子 くーこ
純の真ダチ。児童クラブ時代からの付き合い。ハイカラな東京言葉を使うが、実は関西出身。
・音々 ねね
純の姉。両親を早く亡くした純の母親代わり。苦学して一家を支える博識。何か秘密を抱えているようだ。
・花崎 誇 はなさき ほこる
医療法人花崎会の跡取り。純のライバルで格ゲー仲間。アメリカンな空手家ゲンを使う。一人称はミー。
・夢原 省吾 ゆめはら しょうご
伝説のプロゲーマー。落ちぶれ飲んだくれに。純と花崎の指導者としてゲーム界に復帰。音々とは因縁が、、
・花崎蘭子 はなさき らんこ
花崎の妹。兄を侮る高慢な女子高生。自分こそが花崎家の跡取りに相応しいと思っているようだ。一人称はアタクシ。
・Drケーシー花崎 ドクターケーシーはなさき
医療法人花崎会の理事長にして、花崎兄妹の父。純に格ゲーによるリハビリを指導中。
・事務長 じむちょう
医療法人花崎会の事務方トップにして、花崎家の執事。
・ロードバトラー2
人気の格闘ゲーム。略称バトツー。リョウ、ゲン、ダル・シン、ハシミコフなど多彩な格闘家が集う。某有名格闘ゲームとは無関係。