第58ターン 運命の弱キック
不慮の事故から身体の自由を失った高校生、日乃本純は格闘ゲームのプロを目指して立ち上がる。涙と感動の格ゲー根性物語。
ナニワBヒロシが操るハシミコフ必殺のジャイアント・スイングが火を吹いた。花崎のキャラ、ゲンの体力は三分の一までに減った。純&花崎のフレッシュコンビ、絶対絶命か、、、否。
シタリ、静かにほくそ笑む音々。サムズアップの夢原。やってもうた!愕然とするナニワ兄弟。何が起こったのか。
画面左に立つゲン、そして右側に立つハシミコフ。なんと2人の立ち位置が入れ替わっている!
ハシミコフのフィニッシュホールド、ジャイアント・スイングは相手を反対側に投げつける技だったのだ。
肉を切らせて骨を断つ、夢原の秘策は相手の必殺技の裏をかいた。軍師夢原の面目躍如たるところだ。
「ヲタ、潰せ。」
夢原の冷酷なコマンドが発せられると花崎はすっかり落着きを取り戻し、ロジャー、と静かに応える。
体力を七割方残すハシミコフとおよそ30%のゲン。しかし、ハシミコフは右側からの攻守がかなり未熟で、とりわけコマンド技にその課題が顕著に出てくる。
「気流拳、乱れ打ち〜」
ゲンは飛び道具、気流拳を連発。それぞれに速度の違う気流拳を放ち、ハシミコフに回避の暇を与えない。垂直ジャンプのタイミングが取れないのだ。
気流拳をしたたか被弾するハシミコフ、ええぃ儘よ!とヒロシはダブルラリアットで技抜けを狙うが方向キーの操作が甘く、さらに気流拳をくらうハシミコフ。
細かい指捌きの話になって恐縮だが、方向キーを操る親指を外側から内側に動かす場合とその逆とでは、勝手が違う。人間工学上、前者に対して後者はやや複雑で修練を要する。
見ている間にハシミコフの体力ゲージは三分の一まで減じている。こうなったら形振り構わないのが関西人、ナニワ兄弟の真骨頂だ。
「お前、同じ技ばっかりすんなよ、おもんないじゃ!*」
[註] 面白くないの意
「ア~ホ~、ア~ホ~!」
そんな稚拙な雑言も会場の花崎コールにかき消されてしまう。ハッナーサキ!ハッナーサキ!イマイチ語呂が悪いが、病室は熱狂の坩堝だ。
「お前らしばくぞ!」
ナニワ兄弟が凄んでみせても所詮ゲーオタ。必死こくなとクー子がせせら笑う。純がコイツはいいやとナイスな合いの手。
心理的にも追い込まれたナニワBヒロシは被弾しながらも猛然と近づいてくる。そして渾身のダブルラリアット!プロレスファン、魂の一撃だ。
危ない!!一発当たればゲンは即死だ。夢原が息を飲み、音々は目を瞑る。フレッシュコンビの勝敗とクー子の運命を決める攻防は意外な技で幕を閉じた。
弱キック↘
初心者格ゲーマー、とりわけリョウやゲンといった空手家キャラの遣い手が苦し紛れに繰り出すこの小技が、長かった決戦の決まり手となった。
リアルファイトとはそんなもの。プロレスとは違う、違うんだよ!夢原は心の叫んでいた。
病室に湧き上がる歓喜の声。花崎、夢の連勝でフレッシュコンビがトータル2対1でナニワ兄弟エクスペリエンスを撃破した。
悔しそうにコントローラーに八つ当たりするヒロシとキー坊。これ、壊れとるんちゃうか!と喚き立て見苦しい。
「おい、コラッ関西人。コントローラーは友達だぞ、知らないのか。」
純の強烈な嫌味に応戦できず、ウッサイわ!とだけ反論する。技術もゲーム愛も薄っぺらい二人が当然の如く敗北した格好だ。
「オタク、、花崎くん、ありがとう、ホンマにありがとぅ!」
真心に飾りは要らない。クー子の花崎への感謝の言葉は自然と大阪弁になっていた。
オタク族、俺っちからも礼を言う。ありがとよ、と右手を差し出す純。花崎にしては珍しく照れくさそうする。
「ホワット?何を言ってるんだよ、日乃本クン、クー子クン。ミー達は仲間じゃないか。」
つづく
人物紹介
・日乃本 純
本作の主人公。元は少林寺拳法に汗を流す高校二年生。事故で障がいを負い格ゲーでリハビリ中。バト2では日本人空手家リョウを使う。一人称は俺っち。
・クー子
純の真ダチ。児童クラブ時代からの付き合い。ハイカラな東京言葉を使うが、実は関西出身。
・音々
純の姉。両親を早く亡くした純の母親代わり。苦学して一家を支えている博識。何か秘密を抱えているようだ。
・花崎 誇
医療法人花崎会の跡取り。純のライバルで格ゲー仲間。アメリカンな空手家ゲンを使う。一人称はミー。
・夢原 省吾
伝説のプロゲーマー。落ちぶれ飲んだくれに。純と花崎の指導者としてゲーム界に復帰。音々とは因縁が、、
・ナニワ エキスペリエンス
キー坊とヒロシ。クー子の過去を知る大阪の凸凹コンビ。キー坊はヒンドゥーの行者ダル・シン、ヒロシは旧ソ連のレスラー、ハシミコフを使う。
・ロードバトラー2
人気の格闘ゲーム。リョウ、ゲン、ダル・シン、ハシミコフなど多彩な格闘家が集う。某有名格闘ゲームとは無関係。