第122ターン 決戦は来週日曜日
不慮の事故から身体の自由を失った高校生、日乃本純は格闘ゲームのプロを目指して立ち上がる。涙と感動の格ゲー小説。
音々が医療法人花崎会の受付奥の事務室、通称「夢の穴」に顔を出すと、純、花崎、クー子が一生懸命にコントローラーを握っている。
純と花崎にはmakoが、クー子にはムードが付いて細かく指導を行っている。レジェンド夢原の後任コーチ達は見事にその役割を果たしている。弟子らの成長が目覚ましい。
「皆さん、差し入れですよ。」
音々が声をかけると、ありがとうございます、助かります、サンキューソォマッチ、などなど感謝の返事が帰ってくる。弟の純だけは高菜お握りは俺っちのだぞ、とぞんざいに言ってみせる。姉への甘えだ。
じゃ、お姉タマのご好意をおよばれしようか♡そうムードが声を上げると皆もコントローラーを置き、一服一服と差し入れをパクつく。
おにぎり、一口サイズのサンドウィッチ、ハムカツに厚切りバームクーヘン。コンビニのメニューの充実を思う時、長期デフレの正体とは?などと、つい思い巡らせてしまうのが社会派の音々。エヘッ。
ケチャップとマスタードを丁寧に塗ったアメリカンドックでモニター画面を指さしながらmakoが言う。
「ええか、皆。仕上げは連続技、コンボや。休憩の後は、各自」
と、その時、makoの言葉を遮るかのように、にわかに画面が切り替わり、スノーノイズの後、男三人組が写し出された。青木、白井、玄田の神獣倶楽部が「夢の穴」の全モニターをジャックしたのだ。不快指数200%青木が話し始める。
「チーム夢原の皆さん、ご機嫌よぉ。この間の約束どおり、いよいよ来週日曜日が私達の決闘の日となりまぁす。時間は正午、場所は、」
すると、再度画面が切り替わり今度はナツメ色の顔に豊かな顎髭をたくわえる、ちょっと物知りなら誰もが知っているあの漢が写し出される。
横浜中華街の関帝廟、ここが会場だ、青木がそう宣言し、三人組はしばらく哄笑したかと思えば、モニター画面は再びスノーノイズに変わった。
古の英雄が眠る聖地が決戦の地。武者震いする純をよそ目に、音々は会場までの車賃を弾いていた。
つづく
人物紹介
・日乃本 純 ひのもと じゅん
本作の主人公。元は少林寺拳法に汗を流す高校二年生。事故で障がいを負い格ゲーでリハビリ中。バト2では日本人空手家リョウを使う。一人称は俺っち。
・クー子 くーこ
純の真ダチ。児童クラブ時代からの付き合い。ハイカラな東京言葉を使うが、実は関西出身。
・音々 ねね
純の姉。両親を早く亡くした純の母親代わり。苦学して一家を支える博識。何か秘密を抱えているようだ。
・花崎 誇 はなさき ほこる
医療法人花崎会の跡取り。純のライバルで格ゲー仲間。アメリカンな空手家ゲンを使う。一人称はミー。
・夢原 省吾 ゆめはら しょうご
伝説のプロゲーマー。落ちぶれ飲んだくれに。純と花崎の指導者としてゲーム界に復帰。音々とは因縁が、、
・花崎蘭子 はなさき らんこ
花崎の妹。兄を侮る高慢な女子高生。自分こそが花崎家の跡取りに相応しいと思っているようだ。一人称はアタクシ。
・蛭田恭介 ひるた きょうすけ
元蘭子の親衛隊長。今はニヒリストを気取り文学と格ゲーに耽る。一人称は小生。
・日乃本尊 ひのもと たける
純と音々の父にして、夢原の師匠。格ゲー黎明期の知る人ぞ知る英雄
・神獣倶楽部 しんじゅう くらぶ
青木、白井、玄田の格ゲー三人組。日乃本尊の実相を知るとされる。純らの次なる対戦相手。
・ムード むーど
夢原が自分の代わりに純らのもとに送りこんだ新コーチ。ちょっとエッチでお尻が好き。
・mako まこ
むーど同様、夢原の仲間で純らの新コーチ。大阪からやって来た理系女子。
・Drケーシー花崎 ドクターケーシーはなさき
医療法人花崎会の理事長にして、花崎兄妹の父。純に格ゲーによるリハビリを指導中。
・事務長 じむちょう
医療法人花崎会の事務方トップにして、花崎家の執事。
・ロードバトラー2
人気の格闘ゲーム。略称バトツー。リョウ、ゲン、ダル・シン、ハシミコフ、チャンリー、ゲイルなど多彩な格闘家が集う。某有名格闘ゲームとは無関係。